第90話来襲

南の王都に続く道から、蟻の大群のような集団が吐き出され

黒雲のように砂漠に広がっていく様は、外輪山の高い位置から良く見える。


「………不愉快だな」と蟻将軍ハンニバル。胸には翻訳機を下げている。


音妖精の翻訳機はアクセサリー程度の大きさにすることが出来た。

とはいえかなり大振りなネックレス。しかも音妖精の変顔は健在だ。

シリアスな話をする時は本当に困るのだが、

音妖精どうしは一定の周波数で音を飛ばし合う事が可能だった。


これを無線に利用できないかと、ガルムル他開発部が研究し

中継地点で送受信の作業をする必要はあるものの、

連携が取れれば遠くまで声を届けられるまでになった。


部隊ごとの人型サイズの蟻兵、蜂兵に翻訳機を渡し、中継兼将軍の指示を伝える役をお願いしている。


音声は一方通行だけど、別回線でモールスが使えるので

ガットやジャンなど主要メンバーにも渡して、潜伏先に着いたら連絡を入れるように言ってある。



「実に不愉快だ。

数だけは揃えてきたようだが、統率が取れておらん、やはり烏合の衆か?」

ニヤリと笑った気配がするけど、虫系の方は表情がわかりずらい。


「女王国軍と比べるのは酷ですよ」

そう言って渾身の悪い笑顔を返すと、機嫌が良さそうに鼻で笑い

「本物の戦術をお見せしよう」と自軍と合流すべく持ち場に向かった。


こちらも用意はしているが、指揮は歴戦の猛者であるハンニバル将軍にお願いして

我々も彼の指示で動くことになる。


すると「暑苦しいオッサンよの…」と、柱の陰から女神が現れた。



「最終決戦に呼ばぬとは水臭いではないか」

スイーツ作りで大人しくなったかと思っていたが、またギラギラした目に戻っている


「こんなところで兄妹喧嘩を始められても困りますので」

「喧嘩をするのはお主らじゃろ?我は見物に来ただけじゃ」


避難の際に獣人村のお目付け役から

「連れ出そうとしたが消えたしまった」との連絡は受けていた。


この兄妹は愉快犯だ。

来てほしくはなかったが、騒動が起こるのが分かっていて来ないはずがない。

だが女神がこの場にいるのなら、こちらとしても大義名分が出来る。

折角来たのだ、お付き合いいただこう。



砂漠を見下ろすと男神の軍は

最前列の大盾重装歩兵が横に広がりながら密集して進み

その後ろに騎兵とチャリオット、そして投石機が続く

映画から出てきたような中世風の軍隊だ。


当時は最強と言われた戦い方だが、砂漠に投石機は無理があるだろう。

何とか移動させようとしているが、車輪が砂に埋もれて置いていかれている。


実はハンニバル将軍もこれに近い戦い方を支持していたのだが、

自軍の被害を抑えるために陣形を変えていただいた。


「なんだか砂が動いておらんか?」

「あれがハンニバル隊ですよ」


高い所から見て初めて確認できるのだが、

砂の中を二列縦隊がさざなみを立てて進んでいるのが解る。

そして隊列前の砂が、突然噴き上がり始めた。


歩兵が中央から壁を割るように動くと、そこから騎兵とチャリオットがなだれ込み

砂の噴き上げ部分に果敢に向かい、後から歩兵がついて行った。


喜んではしゃぐ女神を他所に、犠牲者が出ないようにと心から祈った……。



<神軍サイド>

鋼の甲冑に身を固めた我らは、神の御旗の元に進軍する。

敵は悪の枢軸魔王と、その軍隊である。


魔王は邪悪な力を持って、人類を半分にまで減らした。

『覚めない悪夢』と呼ばれる、あの日である。


あの日を境に、人類の平穏は奪われた。

多くの者が家族も財産も失い、生き残った者の命すら刈り取られようとしていた。


そんな時、救い主が現れた。

神は悪の魔王を倒すため、我々に強靭な肉体をお与えになった。

力を得た瞬間、服のボタンは弾け飛び、肉の鎧があらわとなった。


「なんだこの湧き上がる高揚感は……」

湧き上がる力が体現された様な肉体。逆立つ毛髪。勝利を確信させる圧倒的パワー。


我々は武器を手に取った。我々の平穏を取り戻すために。


南の王都を出発した我らは、休むことなく歩き続け、ついに砂漠に足を踏み入れた。


荒涼とした大地は生命を感じさせないが、魔王の城は砂漠の中央にあるらしい。

隊列を広げ砂漠を進む。


森から随分離れ、視界が砂漠の白と空の青だけになると、

隊の中央前方で砂が噴き上がった。


現れたのは二頭のドラゴン。

山のような高さから我らを睨みつけ大地を揺らす。

先頭の重装歩兵が道を開けると、騎馬とチャリオットが走り出し果敢に挑むが

ドラゴンの巻き起こす風に翻弄されている。


そしてドラゴンの前の砂が突如として盛り上がり

乗り上げた騎馬が次々と倒された。ドラゴンの前に立ち塞がるように現れたソレは…


「…砂の化け物だ……」砂の中に顔がある。

立ち上がろうとしているが、これが立ったらどれほどの大きさになるだろう。


恐怖に身動きが取れずにいると、頭上を投石機の大岩が飛んで行った。

投げつけられた岩は、砂の化け物の腹に当たったが

取り込まれるように化け物の一部になった。

だが効いているのだろうか?よろめいて膝をついた。


「やったのか?」そう思ったのは一瞬だった。

オレは化け物から吐き出された毒を頭からかぶり、流されてしまった。


神の力を持ってしても倒す事の出来ない悪魔。

そんなものに挑もうとした事自体が愚かだったのか?

世の理不尽を呪いつつ、意識を手放す他なかった。










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