第89話いちばん長い日

良く晴れた朝だった。

どの村でも、みんな早朝の仕事をこなし、ラジオ体操をして朝食を食べた。


外輪山から朝日が覗き込むように顔を出し始め、仕事の続きをしようと解散した。

その時だった。


突如として不気味なサイレンが鳴った。

ハーピーの叫び声である。


各村に届くように、叫びながら上空を旋回するハーピーに気が付いて

慌てて鐘を打ち鳴らすコカトリス

「緊急退避ーーー‼」という大声が鐘と共に鳴り響く。


『南の王都で進軍の兆しあり』と連絡を受けた

俊足の伝令、ネズミのマラトンが中央に駆け込み開戦を知らせたのだ。


マラトンはすぐに治療院に運ばれ、

中央からは、ありったけの直送船が各村に向かった。


朝食後すぐだった事が幸いし、村人は迅速に港に集まった。

大切なものを取りに帰りたいと言う者もいたが、騒ぎが収まれば家に帰れるからと

村長達は打ち合わせ通りに説得してくれた。


避難は子供のいる家庭と年配者。それと療養中の者達が優先だ。

魔族転送の際に怪我の治療はできたが、心を癒すには至らず

湖対岸の施設で療養中の者達は、別の小型船で搬送する予定になっている。


『所在が分かるように、全員直送船で移動するように』と通達しておいたんだけど

案の定、待ちきれずに走って避難しようとする者が現れ、それを飛脚部隊が阻止。


乗船説明をお願いしていたのだが、トカゲ村では

真面目すぎる飛脚ダチョウが、勝手に行動しようとしたものを止めるため、

実力行使で大暴れしたため被害者が多数出た。


そしてここで住民台帳が役に立った。

船員ネズミが村人を優先順に分けて並ばせ、チェックした上で乗船。

日々の積み荷チェックの賜物だった。


混乱しそうなトカゲ村が意外にもスムーズで、毎日並んで屋台村に入る習慣が生かされた。

逆にフェンリル村は混乱したようだから、食前の神事の在り方も今後の課題となった


サイクロプス村の直送船は大きく作ってはいたのだけど、

乗車定員ギリギリまで乗ろうとして危うく転覆しかけた。

ピストン輸送をしたが心細かったとの声が上がったらしい。


魚人村はウラシマさんの頑張りと半魚人の引き回し訓練が上手くいった。

到着は最後だったが、結果としてそれが丁度良かった。



サイレンを聞き妖精達もすぐに配置についた。


魔王の館前の湖の水を職業訓練所のドアーフが止め、

アクアたちが水を移動させると空中に巨大なシャボン玉のような水の塊が出来た。

そして空っぽになった湖底にあるマグマトンネルを、メラ族が溶かす。

溶けたマグマはクーラーボックスに入ったジャックとシルフ達が冷やして回収。

そうやってシェルターの屋根が開いた。


ネフィリムにオベリスクを動かしてもらって、歩ける者は階段から

ウラシマさんや高齢のスィクロさんとクロープさんは

造船用のクレーンでシェルターの天井部に開けた穴から入り、

体の大きな鳥族達もそれに続いた。


そして到着順に脱出船に乗り込んだ。

はじめて見る船に喜ぶ者もいたが、

更に移動する事に疑問を持つ者や戦闘の準備を気にする者もいた。

だが説明は船ですると順に押し込められた。




そして同じ頃、遊撃隊は外輪山の南側に居た。

既に女王達は避難を終えている。


女王にハルトを託したかったけど、

神くんとの交渉の切り札になると残されることになってしまった。

こういう時のガットは非情だ。だがそれも解る。同意したくはないけど……。


遊撃隊も最低限の人数に絞るはずが、幹部と有志は残ってしまった。

竜族も避難してもらう予定だったのに

フィンが残ると言い出し、芋蔓式にラノドまで残る事に。


「わ、わたたしは、魔王ささまの、ののりものれすから!」って

気持ちだけは頂くから、今からでも避難してほしい……。


避難民に同行したのは、ガットを筆頭に

バーキン、キュクロ、ナンナ、ジェニファー、ジャン。

船の見守りとしんがりをお願いしているビルだ。


『最悪の場合』とジャンに引継ぎをお願いしたら「ご冗談を」と鼻で笑われた。

だが彼ならやってくれるだろう。


タワシを預けようとしたら、タワシ本人に拒否された上に

「大事な部下をお願いします」とジャンに言われてしまった。


先程、全員のシェルター避難が完了し、入り口を塞ぐ作業が始まったと連絡が来た。

塞いだ後は水を戻し、アクアは世界樹様の足元の水路から避難して、脱出船の動力に加わる。

そして国中の水を供給している魔法も止め、脱出経路を除くすべてのシェルターに

繋がる通路を塞ぐ事になっている。


避難民はガット達に任せよう。

あとは遊撃隊をどのタイミングで下げるか。

最初からミサイルを撃ち込んでくるかと思っていたら、歩兵が来るらしい。

無限に兵を湧かせる事が出来るなら、終わりなんてないではないか……。


長い一日が始まった。










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