第86話ポジティブトカゲ

ここに来た時からサンバとは別の

体が動き出してしまうようなリズミカルな音がずっと響いている。


「この曲もウツボカズラが踊るのか?」

「次の場所で踊るのはトカゲ」


ちょうど籠を背負った沼トカゲがやって来た。

籠に入っているのはコウゾ。紙の原料だ。


集めてきたコウゾの枝は、一晩水に漬けられてから大釜で蒸される。

大釜担当はチビメラとアクアとシルフ。


蒸し上がったコウゾは湯気が出ているうちに皮が剥かれる。

ここのスタッフは熱さに強くて器用な砂トカゲが多い。


この皮を干して、表皮を削り落として真っ白にしてから、

繊維が解すために棒で叩くのだけど、誰が始めたのか次第にリズムがついてきて

いつしかアフリカンミュージックの雰囲気になってきた。


楽しいこの仕事は力の強い沼トカゲや川トカゲに人気の仕事になったが

叩き続けていると流石に疲れるので、職人たちは交代で踊る。

そして楽しく叩いているうちにコウゾは解れる。


解れたコウゾをトロロアオイさんが足湯をした、トロミのついた水に混ぜて

簀桁すけたで一枚ずつ漉き上げる。

力のいる作業なので、主に川トカゲが担当してくれている。

最後にみんなで天日に干して完成。


工房の広場はコウゾ叩きのリズムに合わせて踊るトカゲと、

日の当たる場所で見守るトロロアオイさん。

風通しの良いひさしの下では染色の糸が揺れ、妖精も交代で踊る。


「カオスだろ!」

「でも楽しそうでしょー。

タワシが戻ってきたら、ダンス会場も見に行かないと」


「そのタワシちゃんのメモだが、フードが凄い事になってるぞ」

言われて手を伸ばそうとしたら

「触るな!刺さる!」ってそんなに凄いのか………。


いつの間にかフードをオフィス代わりにされていたようだ。

トカゲ村は暑いので正直コートを脱ぎたいのだけど、タイミングを外してしまった。

勝手にメモに触ると怒るし、こうなると袖をまくるくらいしか対処が出来ない。


しかも、ここで話した話が全部ジャンに抜けると思うと、いい気はしないけど

彼女がまとめてくれるおかげで仕事が段取りよく進むようになったのも事実だ。


これは次期魔王はジャンだな。

そして私は、早期引退させていただこう。

蒔いた種を出来る限り刈り取ったら、王の座はこの世界の住人に譲渡すべきだ。



「そういえば三人は何処に行ったんだ?」

「少なくともガルムルは酒蔵だね」

「まさか日本酒か⁈」

「その反応はガルムルだけでいいかな………」


タワシが走って帰って来た。

クリップボードサイズのファイルを背負って……。どんだけ報告する気だよ。

そう思いつつも袖を伸ばして、タワシが登る準備をした。



染織工房の反対隣にも木々に囲まれた規模の大きい運動場のような広場がある。

ここにダンス用のステージを作ったのだけど、その為だけのスペースにするのも

どうかと思って、要望の出ていた物を作ってみたんだけど……


「……これは許されないヤツだろう」

「うん。現在の日本ではね。でも、ここは異世界だから。

実は有事に向けてトレーニングジムが欲しいって要望が出ていて……」

「いや、ジム違いだろ?」


目の前にあるのは回転ジャングルジム。

昭和の公園でお馴染みの懐かしの遊具。

モチロン登る事が出来るけど、これは回して使うのだ。


一人ないし二人が回転ジャングルジムを掴んで走り、脚力の限界の高速回転を加えたら飛び乗って回る。

スピードによってはある程度回転するが飛び乗る子供の重さと、

そもそもジャングルジムが重いので程なく止まる。


脚力に自信のない子は初めからジャングルジムの外側に捕まり、

小さい子はジャングルジムの中に捕まるか、もしくは親御さんも一緒に乗る。


高速回転が加えられる脚力を持った者は少ないので回せるものは讃えられ、

その子が疲れると別のグループが走り、見ず知らずの小さい子を喜ばせた。


「でもこれ禁止されたやつだよね……」

そう、ハルトの言う通り現在は危険遊具と呼ばれている。


本来は自分の力量を考えたうえで、また参加者の年齢に合わせて回すのだけど

転倒や転落だけではなく、どんだけ負荷をかけたのかジャングルジムが外れるなどの事例が出たため、現在は撤去されたか固定されているらしい。


でも今思うと、筋力と譲り合いの精神をはぐくむ場が公園だった気がするんだよね。



そもそも、ここにトレーニング場を作る必要があったのだ。

発端は北山修行と称されて行われた、雪崩を使った地獄の走り込み訓練。

約束通り死傷者は出さなかったものの、多くの者が飲み込まれ埋まった。


フェンリル族達は自力で這い出したが、寒さに弱いトカゲ達は掘り出され

仲良く暖炉の前に並べられた。


折角のやる気を削ぎたくなくて言わなかったけど、

どう見てもトカゲの足は雪山には適さないのだ………。


さらにカルラ天の

「足が沈む前に次の足を出せ!」って教え方にも無理がある。


いや出来る人が居るから無理ではないのかな?

水の上を走るトカゲもいるらしいから……


そして北山に挑戦したトカゲ達はいずれも体力自慢だったが故に

高すぎる壁にショゲてしまったのである。



その為の救済施設としてトレーニングジムの要望が出たのだが

フェンリル村エリアは北山が迫り出して狭いうえにアスレチックパークまである。

そこでトカゲ村の乾燥エリアに用意する事になった。


安全性と負荷を考えて場所は砂地。

塩田に近いこの辺りは乾燥を好む砂トカゲが多く住んでいたので、砂漠から砂を運んできた。


『でも遊具に砂が入って動かなくなるのでは?』と思っていたら

ドアーフの改良に加え、年配の世話好きサイクロプス、スィクロさんが管理人に

立候補してくれた。


そしてどう管理するのかと思っていたら

回転ジャングルジムをスポンと抜いて掃除をしていた……

流石サイクロプス。彼の言う事なら、きっとトカゲ達も聞いてくれるだろう。


遊具は他にも鉄棒、雲梯、登り棒。

筋トレ系健康遊具や、背中と腕を鍛える懸垂シーソーも作った。


多少のリスクがあっても彼等なら安全な使用方法にたどり着くだろう、

そう信じていた。


でも心配するのはそこではなかった。

彼等は私の想像をはるかに超えた使い方を編み出してしまったのである。



遊具を設置してすぐ、懸垂シーソーの上に立ち、

引き上げの反動を使ってサマーソルトをかます者が現れ、

回転ジャングルジムでは、Gの限界に挑戦するヤツも出てきた。

そして誰もが使えるようにとサイクロプスサイズを作ったのが仇となった。


サイクロプス用の鉄棒で大回転をし、

スィクロさん用に作った大きなベンチでは、跳馬が行われ

うっかり作ってしまったトランポリンでは見えなくなるほど跳躍した後

回転しながら降りてきて、ドリルのように砂地に突き刺さった深さを競っている。


結果トカゲは目が回らない事が分かったけど、なんだろう…コレジャナイ……。

でもスィクロさんは切株に座ってニコニコしている。



スィクロさんは魔族転送前から国内にいた、唯一のサイクロプスだった。

子供の頃、友人と一緒に魔族狩りにあったが、友人が攫われるなか

体が小さかったスィクロさんは、隠れて逃げ延びる事が出来たそうだ。


だが結果として一人ぼっちになってしまった。


魔族転送で再開できた友人もいたが、すべてが帰って来たワケではなかった。

だから子供達が楽しそうにしているのを見ているだけで嬉しいと言っていた。


アクロバットトカゲは子供ではないし、やってる事も決して微笑ましいとは言えないけど、そう言われると強く言う訳にもいかない。


何かあったら治療院に連絡を…と言ったら

そう心配しなくても子供は案外勝手に育つと言われた。


心配性は自覚しているけど、トカゲに遊んでもらっているハルトを見ていて

『そんなものなのかもな』と妙に腑に落ちた気がした。



ところで閣下は何をしているんだろう?

例の『トカゲ拳法』とか言ってた子達に何かを教えている。


ムエタイって組んだりするの?

膝も使えるキックボクシングみたいなイメージだったけど…。

閣下も順応できそうで良かった。



そしてこの懐の広さが魔族国なのだ。

誰とでも秒で友達になれて、子供同士のような裏表のない付き合い方が出来る。


そう、子供の頃は出来るのよね。

魔族国は他種族国家だし、個人の能力差も当然ある。

だけどそれをあまり気にしていないように思える。

貧富の差が少ないから?奴隷時代より格段にストレスが減ったから?

それとも不遇な経験が同調性を生んだから………?



その時、急にリズムカルな音がした。

驚いて顔を上げると、紙漉き工房のトカゲ達が演奏を見せに来てくれたのだという。

仕事時間ではあるのだけど、見てほしいんだよね。


もしかしたら彼等はこうして認証欲求を満たしているから

ストレスが少ないのだろうか?


撥が鳴るとみんな中央に集まってくる。

広場奥にステージがあり、中央が広場。それを囲むように遊具がある。


ダンスは面白い、もしくはカッコいい動きをした者が真似られて

徐々に形になっていく。

きっとこうして形作られて、文化になっていくのだろうと思う。

だからこの国はこんなにもパワフルなのだろうか?


演奏を聞きつけて、染色工房のサンバ隊もやってきた。

見真似で踊ったら、それを真似したトカゲ達が妙に阿波踊りっぽくなってしまった。

私は余計な事はしない方がいいかも……。


スィクロさんはニコニコ笑って眺めていた。



















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