第85話待ち人来たる
西の王が捕まったという一報を聞き、緊張する一同の中でひとり
「やっとか」という思いで返事をする。
すぐにラノドで向かおうとしたら、ガットに止められた。
同行するのは、ガット、アロレーラ、ガルムル、ハルト、そしてタワシ。
直送船で女王の港へ向かい、そこから外輪山の外に出る。
外輪山の外側はすっかりバオバブに囲まれ
北にはまだ村はないけど、南にある砂漠の教会周辺には畑に溜め池、織物工房がある
材料のウールはエルフ村の物だが、
子供達には草が生える場所で羊を育てているのだと伝え、手に職をつけさせている。
溜め池の側には水車があり、育てた小麦を挽き、
教会のキッチンの外にある窯でパンを焼く。
生活に問題はないが、どうしても乾燥が強いので、妖精達に見守りをお願いしている
子供達は外輪山の事をバオバブの森と呼ぶ。
いつか子供達が大きくなったら、周辺に家を建ててもいいし、
人族の村で行き場のない子供がいたら教会で引き取るのも良いと考えている。
一番砂漠に近い場所はナツメヤシが並んでいるけど、亡命希望の苗木が増えたため、砂漠の緑化は進んでいる。
そのバオバブの森に建てた大型テントに面会の相手はいる。
入り口を守る甲冑蟻に合図をすると、テントの入り口を巻き上げてくれた。
ガットに続き、私とハルト、ガルムル、アロレーラの順で
堂々とした振る舞いでテントに入ると、相手はポカンとこちらを見ていた。
「お父さん!」
嬉しそうなハルトの声を聞いた瞬間、正気を取り戻した目になった。
私の時と同じように、一気に記憶が戻ったのだろう。
生前と姿は違うが、西の王はやはり夫だった。
一家揃って死んだのと、また再開が出来たのとで少し複雑だけど
ハルトが北の王だった時点で可能性は高いと思っていた。
ふたりして駆け寄ろうとした時、夫は叫んだ。
「せめて十八歳は超えててよ!」
魔族国の主要メンバーを紹介すると
「裁判長に医者に技術者って何してんの?」
「建国。」
「さっきまで神くんと一緒で、攻め込むのどうのって言ってたんだぞ!」
「その話、詳しく聞かせていただけニャいか?」ガットが一歩進み出た。
「ところで夫君の事は、ニャンとお呼びすれば良いのかニャ?」
「設定した名前は?」ハルトが言う。
「テキトーにつけたんだよなー……」
登録されていた名前は『aaa』
「…こういうのって性格出るよね」
「いっそエーーー様は如何でしょう?」タワシが早速辛辣。
「魔王のとーちゃんでいいんじゃねぇか?」
「それだと長すぎるだろう」ガルムルとアロレーラがズレてきた。
「魔王の相方……サタン?もしくは…」
「閣下だ!」ハルトが叫んだ。
「ふむ。覚えやすそうではあるニャ」
本人は不服そうだったが、満場一致で閣下と呼ばれる事に決まった。
ガットによる取り調べが終わるころ、ドアーフ村にお願いしていた
ツノカチューシャが完成し、無事魔族国に入れる事になった。
カチューシャの着け心地が慣れなくてボヤいていたけど
それがダメならズラしかないと伝えると、大人しくなった。
乾燥地帯から女王国の港へ移動する途中、閣下がキョロキョロしながら聞いて来た。
「ここには椰子の木はないのか?」
「砂漠近くに生えていたのは、乾燥に強いナツメヤシだよ」
「椰子の実ジュースは取れないのか?」
「ジュースになるのはココヤシで、ナツメヤシはデーツってドライフルーツにすると美味しい実がなるよ」
なんかバツの悪い顔をしている。これは何かやらかしてきたな………
「ところで何で魔王?」
「どうも死んだ順番みたいだよ。あと魔王は女性が良かったみたい」
「その年齢の?」
私が女性が魔王に選ばれる事になった経緯と、縮んだ理由を話すと
閣下は徐々に呆れ顔になり「あー、またそういう事を…」と言った。
「この者は以前からこうニャのか?」
「死んでも治らなかったみたいですねー…」
お人好しは性分なのですよ!
ガットまだ警戒していそうだけど
ハルトと閣下は大漁旗を翻す漁船を見つけて盛り上がっている。
「今日はこのまま視察に行こうと思うんだけど、ガットはどうする?」
すると珍しくついてくるという。
国内を見せるのも反対するかと思ったけど、警戒しつつも様子見なんだろうな。
正直、捕らえた王が身内でしたと言われても、すぐに信用してもらうのは無理な話。
なにせ証拠が私とハルトの証言しかないしね。
私が警戒心が緩い所があるから、補ってもらっていると思おう。
ちょっと口煩いけど。
粉ひき小屋の横を抜け、いよいよ自慢の我が国の中枢。
自慢がてら紹介しようと思ったのに
「ここは九州のヤツを真似たのか?」
「違うよ!日光だよ!」
想像力の完全敗退……どうせ見た物しか作れませんよ。
「ところで視察っていうのは?」
「それぞれの村の特色に合わせた施設を作っているんだけど
そのプレオープンを見に行こうと思ってるの」
「そこはなんて村なんだ?」
その問いに、ハルトが口を挟んだ。
「江戸時代を模した村」
「それはマズいだろう‼」
トカゲ村の港から運河に面した蔵の町へ。
港には松前船が止まり、周辺ではネズミやトカゲ達が忙しく働いている。
キャスティングは違うが、賑やかな江戸の町の風景だ。
「なんだこのパラレル時代劇…」
蔵の町は故郷の風景と聞かされていたガットは、少し怪訝な顔をしていたけど
無害と判断したのか、ガルムル達について行った。
蔵の町を抜け、門かぶりの松をくぐると醸造所の裏手に出る。
そこには松原に囲まれた広場があり、ここの染織工房と紙漉き工房が拡張されたのだ
「…デカイ蜘蛛がいるんだけど……」
「あの子はジェニファー。デザイナーなの」
「ホントになに作りたいんだよ。一応異世界なんだろ?ここ」
「今まで住んでいた場所とは異なる世界。
でも姿かたちが多少違うくらいで、住人が求める物に大差はなかったんだよ」
染色工房は高い所に明り取りの窓があり、
窓の下は薬棚のような引き出しと、ドライフラワーのような植物で埋められていた。
そして壁沿いの床には大きな甕があり、中央部には広いスペースが取ってある。
まず味噌作りで出来た豆乳をツボに入れて麻糸と木綿糸はこれに漬ける。
シルクと毛糸は染まりやすいので、この工程はいらない。
次に染色職人のウツボカズラさんに糸と染料を入れ、
ウツボカズラさん以外のスタッフが楽器を用意。
染料は天然ものばかりなので色落ちがしやすく、
洗濯係のウツボカズラさん的には、真っ白な洗い上がりが楽しいそうだけど
染色の面白さも教えたら、数人が染色スタッフを希望してくれた。
ウツボカズラさんを囲むように並んだ演奏者は
サンバ風のタンバリンと腰に付けた太鼓でリズムを取り
中央でマラカスを持ったウツボカズラが踊るのだ!
この時の踊りが激しい程、濃い色に染まる。
「サンバカーニバルかよ!」
「うん。発表の場があった方が盛り上がるかと思って、ステージも作ったんだよ」
一曲踊ったウツボカズラさんから染まった糸を出し、建物の外の甕に入れる。
甕の水には色止めのミョウバンが溶けていて、チビメラが火の調整をしながらシルフがかき混ぜる。
「妖精まで労働力か?」
「役目があった方が楽しいらしいよ」
「知ってる異世界と違う……」
「お金のために働くだけだと目的意識が薄れてくるでしょ?
だから楽しみながら働くの。ここはそういう国なんだ。
だから税金はないけど、労働は国民の努力義務」
「給料は?」
「もちろん出るよ。週一回。
それ持って週末は他の村に遊びに行くの。食事して終わっちゃう額だけどね」
「給料というより小遣いだな」
「もちろん穴はある。作る物作っちゃったら
仕事の方が足りなくなるし、新しいものがないと飽きがくる。
贅沢だけど悩ましいよ」
「最大の悩みの種は神くんだろ?」
心の底からため息が出る。
神くんが戦争ごっこ以外の趣味を見つけてくれればいいんだけど…。
「………あの子どうにかコッチに引き込めないかな。
女神ちゃんは懐柔済みなんだけど……」
「……こうなると逃がさずに連れてくるべきだったな」
「外から見ただけじゃ、その国の状況なんて解らないし
どんな状況を幸せと呼ぶかは、本人次第だからね。
それに、それを選べる自由は、本来ひとりひとりにあるべきなんだよ。
私も逆の立場なら、神くんは逃がしたよ」
ハルトはウツボカズラさんとマラカスを振って踊っている。
神くんは背伸びがしたいようだけど、同じ事を楽しめる同世代は居ないのだろうか?
神や人に括らなければ、この国にはそんな人は幾らでもいるのに。
自らを守るために引いた線は、自らの世界を狭めてしまっている。
「……あの、魔王様」
フードの中のタワシから声をかけられた。
「なに?タワシ」
「仕事用のメモが足りなくなりそうですので、紙漉工房に立ち寄った際に補充しても宜しいでしょうか?」
「もちろん!」
「ではインクの補充も一緒にお願いしてまいります」
タワシが肩に乗ったので、工房の一番端にある大きな壺に向かい、
隣のテーブルにタワシを下ろす。
すると、壺から現れる大きなイカ。
大きな耳、つぶらな瞳、小さなお口。
頭の針に羽ペンを刺したタワシは躊躇せず、お口めがけてペンを発射。
イカの顔は衝撃を受けて、重量級のパンチを食らったようにめり込んでしまった。
「ちょっ!何してるんだ⁈」
「インクを補充していただいております」
「スミノフは黒インク担当なの」
「……これはハルトの順応性が羨ましいな」
ハルトはまだウツボカズラさんと魂のダンスを踊っていた。
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