第83話ハンマー娘

宣教師パウル以下、教徒の皆さんのおかげで難民問題は良い方向に向かう。

そう思われた矢先のハンマー娘である。


各国を模写した、蜂軍の神絵師によるハンマー娘の姿絵と、

何より特徴的なハンマーの絵は、ドアーフ村の一室に持ち込まれた。



「どうみてもドアーフのハンマーだよね」

絵を指差しながら目を見るが、目の前の相手は視線をそらしたまま

困惑した表情をしている。


ハンマーは仕事と同様、ドアーフの誇り。

同じように見えて、模様が家ごとに違うらしい。

そしてその模様を継ぐ家からは、捜索願いが出されていた。


「お前さんの娘のものじゃぁねぇのか?」とガルムル。

正面に座るドゥリンは黙っている。


魔族転送が行われた際、娘が戻っていないかと必死に駆け回り、

そして居ない事が解ると絶望して、塞ぎ込んでしまったのがドゥリンだった。


村の者も気が紛れるように、仕事に誘ったして

最近はダンジョン作りにも顔を出すようになっていたのだけど……


「娘な訳ねぇだろ。髭がねぇんだぞ!」

そうドアーフには男女ともに生えている髭が、ハンマー娘にはない。

そして小柄ながらもガッチリ、ズッシリなドアーフと似つかないスラリとした体型。


「でもこのハンマーは、この体型の人族じゃ振れないんだよ」

持たせてもらった事があるけど、たぶん一般人では重機でもないと上がらない重さだ


「魔王様が貧弱すぎるんだ」

いやいや、ウラシマさんの重さのバーベルと変わらないって半魚人が言ってたし。


「大体、娘はまだ子供だ!」

うん。確かにドゥリンさんからしたら子供。

でも娘さんが居なくなったのって、百年くらい前らしい。


しかも居なくなる前に、チラッと結婚をほのめかす話を聞いた者もいて

ドゥリンさんが言う

「娘は人族にさらわれた」と言うのは違うのでは?という者までいた。


とはいえ、いくつになっても子供は子供。

八十歳近い子供の親御さんだって、長寿大国日本には大勢居たはずだし

お父さんは納得できない。ひとり親だったみたいだしね。


加えてドアーフやエルフは長生きの代償なのか、子供を授かりずらいらしくて

千年生きても子孫が出来ずに絶えてしまう家もあるらしい。


だけど人族は百年あれば孫、ご縁があれば曾孫に会う事も夢ではない。

そしてハンマー娘は、隣の部屋で眠っている。


面会に向かうドゥリンさんは、ハンマーを離そうとしない。

偽物には自ら引導を渡すと言っている。


「危害を加えそうなら止めるように」とこっそりガルムルにお願いすると、

「心配いらねぇよ」と返ってきた。


ふたりは並んで部屋に入り、程なくガルムルがドゥリンさんの肩を叩いた。


「ほれ見ろ。お前の娘が生まれた時の顔にそっくりじゃねぇか」

ドゥリンさんは泣いていた。



ハンマー娘が目覚めてから、再びふたりは面会した。

娘はドゥリンさんを見るなり、「本物のドアーフ?」と聞いてきた。


ハンマー娘はアンマの孫、アトラと名乗った。

ドアーフの祖母は母を産み亡くなったが、母はドアーフの力を継ぎ

鍛冶屋として人族から重宝され、北の村で隠れるように暮らしていたそうだ。


母は人族の父よりは長命だったが、ドアーフ程ではなく、ふたりを見送った後は

祖母から伝わった鍛冶の技術で身を立てていた。


そこに転送である。

鍛冶仕事をしていたアトラはハンマーを握ったまま、南の王都に飛ばされた。


重力に従いハンマーから落下したアトラは、民家を突き破り着地したが

上からは人が降ってくる。

家人に悲鳴を上げられたので、壁を突き崩しながら、隣の家へと逃げて行った。


建物は石造りの集合住宅だったらしく、どこの家でも叫ばれた。

状況は全く理解出来なかったが、

そんな事より『家を壊してゴメンなさい」という気持ちの方が強く、

ひたすら壁を壊して逃げ続けた。


やがてアパートを貫通し、王都を囲む壁を破壊し、外に出る事が出来たが、

すでに近くの門からは人が溢れ出していた。


何処に向かうのかも分からないまま、流れに沿って歩き出したが、

恐怖に満ちた顔で少しでも遠くに逃げようとする人々は、行動も言動も異様だった。


途中で見つけた村で皆にならって食料を確保したが、自分が暮らしていた村でも

知っている場所でもない。


そして祖母から引き継いだハンマーを眺めながら、母の言葉を思い出していた。


『困ったら砂漠の先にあるドアーフの集落を捜せ。ドゥリンが助けてくれる』

これは祖母の遺言で、母も祖父から聞かされたそうだ。

そしてドアーフ村に着くまで、決して自分の出自を明かしてはいけないと言われていた。


砂漠の横断を試みたアトラだったが、疲れて休むといつも森で目を覚ました。

倒れるまで歩いても、目を覚ますと森。しかも出て行った場所と同じ森。

ご丁寧に服までキレイになっている気がする……


ひたすら不思議だったが、五回も繰り返すと、流石に腹が立ってきた。

「誰だよ、アタシの邪魔するヤツ!」



慣れてくると、見られている気がする。

振り返ると急に花を探す蜂とか……こんな暗い森に花なんてねーよ。


被害妄想かとも思うけど、こうなると蟻だって怪しい。

視線を向けると、そこら中のヤツが素知らぬ顔して距離を取っているように見える。


睨みつけると、砂の中まで怪しい。頭にきて砂にハンマーを叩きつける。


「隠れてないで出てこい!」

すると波紋のように砂の中で何かが動いた。ハンマーの衝撃波じゃない。何かいる。


あたりをつけて飛び上がり、ハンマーを振り下ろすと、砂の中に潜り込む何か。

だが砂では埒が開かない。


踵を返して森に戻ると、土に向かって思いっきりハンマーを振り下ろした。

本来の使い方ではないが、土が飛び散りクレーターは深くなる。


地表の部分では余波で木が倒れ、穴にも光が射してきた。

見上げると穴の淵から覗き込む蜂がいる。

「やっぱりお前、監視役だろ!」


ハンマーを叩き込むたびに隕石が衝突したかのように穴が深くなる。

途中で砂が流れ込んできたので、掘る向きを変えようと振り返ったら

頭上の蜂以外にも、モグラとオケラがこちらを見ていた。


「お前らぁー…」

怒りに任せてモグラが居た辺りを叩くと、横穴が見つかった。

なんか慌ててる気配がすると思っていたら、足に痛みを感じた。

見ると途端に横穴に逃げ込むサソリ。


「いってーーーだろーがあぁぁ!」

雄叫びを上げて力の限りハンマーを叩きつけると床が落ちた。

同時に頭上から落ちてくる土。慌てて暗いトンネルを砂漠の方向に走る。

真っ暗でも自分の先を走る小さな気配は感じる。

人と比べ物にならないほど夜目だってきく。


『ドアーフの血をなめるなよ』

なんだか楽しくなってきた。隠そうとする先にお宝はある。


走るうちに壁にぶつかった。道は真っ直ぐではない?

手探りでは方向が解らない……だが壁の向こうで気配がする。


思い切ってハンマーをフルスイングすると、小さな悲鳴が聞こえた。

「ネズミ⁉」

もう一度ハンマーを振ると、人が通れるくらいの穴が開き、トンネルは続く。

進もうとしたら先の方で砂が落ちる音がした。


「生き埋めにしようっても、そうはいかねぇぜ!」

走りながら気配を追う。

「待て!このクソネズミぃー!」


ハンマーを短く持って八の字を描くように振り回しながら走る。

壁を破壊しながらだが、小柄なアトラにはトンネルは十分広かった。


そのうち砂が落ちて空が現れたが、アトラの目はネズミの姿を捕捉していた。

退路を断つために天井を壊しながら追い込む。ネズミはもう一直線に走るしかない。


捉えた!

天井を落とし、ネズミが方向を変えるタイミングで右手で鷲掴みにして叫んだ。


「やっと捕まえた!なんでアタシの邪魔ばっかすんのよ、って!」

アトラが面白おかしく話すのを聞いて、ドゥリンは涙を流して笑っていた。



「もしかしてドゥリンはあんた?」

「あんたはねぇだろ?俺はアンマの親父。お前からしたら…なんだ。

とにかく爺さんだよ」


先程の剣幕は何処に行ったのか

ドゥリンは「村を紹介する」とアトラを連れて行ってしまった

慌ててガルムルに聞くと「任せとけ」って肩を叩かれた。


でもドアーフってエルフに負けずに意固地じゃない。

ふたりはすぐ打ち解けたけど、問題はどう見てもドアーフに見えないアトラの見た目

髭なしでも受け入れてもらえるのだろうか?


だが私の心配をよそに

その晩、ドアーフ村の歓迎を受けたアトラは、酒と料理を堪能し

祖母の形見のハンマーでパワーダンスにまで参加をし

翌朝オープンカフェで目を覚ましたそうだ。


そして誰もが言った。

流石はドゥリンの曾孫だと。



















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