第82話聖職者パウル

第一報を受けて魔族国は騒然となった。


人族村の観察を任せていた、キャンベル偵察隊の俊足マラトンが、

魔族国に駆け込むなり、謎の報告を残して倒れたからだ。


伝えられた言葉は

「ハンマー娘が避難経路に侵入した」


マラトンはすぐに治療院に搬送され、詳細を調べるため現地に斥候が送られた。

侵入箇所は、見守り隊の蜂達にも確認され、モ組によりすでに埋められていたが

サバクキンモグラが更に複数個所で破損を見つけ、

今度は軍隊蟻を通して連絡が入った。


砂漠はすぐに封鎖され、ベスパ女王の蜂の子一匹通さない厳戒態勢により

森から出ようとする者は即座に眠らされ、村の近くに投げ込まれた。


すぐにシルフが別経路でキラメラを抱えて飛び、

ハンマー娘を砂漠エリアの避難経路内に閉じ込めたのだが、

教会付近で通路を突き破ったうえ、孤児院で保護していた子供に目撃されるという

最悪の事態になってしまった。


ベスパ襲撃隊によりハンマー娘の身柄は拘束され

今は巻き込んでしまった教会関係者と共に、ザントマンにより眠らされ

『ご都合キノコ』を咥えさせられている。



このキノコは、以前トノが持ち込んだ謎の『楽しくなるキノコ』


話を聞いた時から、ヤバい感じがしていたけど、

ベニテングダケさん他、毒を持つ植物系住人に相談したら、

少し気持ちが大きくなるだけで、毒性も中毒性もないとの事だった。


しかしアロレーラから、ザントマンの眠り砂で培養したキノコを咥えさせると

言われたことを鵜呑みにしたり、やたらと素直に話しだしたという報告があがったので、

おやつを勝手に食べたとかで揉めていた三馬鹿で実験してみると、

急に朗らかな笑顔になり、喧嘩の原因を話し始めた。


そして牛頭丸が隠していたハムを馬頭吉が食べ、

馬頭吉が取っておいたウインナーを牛頭丸が食べ、

両方を目撃したケンタが、口止め料でどっちも食べたことが判明。

ひと眠りした後、喧嘩は殴り合いに発展した。


続いて、ほんの少量を

お疲れ顔をしていた、循環船のツカ船長とレンジャー隊のムササビ隊長に試したら

突然ボロボロ泣き出し「最近、部下が冷たい!」と言い出したので、

慌ててガットが飲みに誘ってた。


意外とおじさん達に人気のガットは、

難しい立ち位置の人の潤滑油になってくれているようだ。


そして人族の家族をお迎えする際にも使用し、人族にも同様の効果が見込める事が

判明した。

ただし用法用量を見極める必要があるので、最近はすっかり人見知りをしなくなった

ザントマンにも協力を仰ぎ、研究は進められている。



砂漠の教会で保護した子供たちだが、年端のいかない子供もいれば

幼さは残るものの、大人の段階に向かっている子達もいる。


人族は奴隷の使役が慣習化しているので、大きい子供程それを当たり前と思っているが、その認識を変えていく必要性は、協力者である神父も同意してくれている。

なので差別意識の強い子には少量キノコを与え、魔族は良き隣人であると説いてもらっている。


キノコの扱いも含め、教会は神父に管轄してもらっているのだが、

何が起きたのか、酸欠を起こして扉に挟まっていたので

体調が戻るまで、業務はケット・シーに代行してもらっている。


件の神父の名はパウル。

南の王都で保護された者で、元は西の国の神官だった。


パウルの話では、あの日、空が落ちて来たかのような音と、同時に怨嗟の声を聞いたらしい。


恐ろしくも窓の外を見ると、城の広間が人で埋まっており、

間を置かず人が空から雨のように落ちてきた。


理解できぬまま立ち尽くすうちに、美しかった南の王城は、

文字通り血の雨に染められていった。



<パウルの回想>

世界が今まさに、争いに舵を切ろうとする中で

それを嘆いた我々西国の聖職者達は各国で布教活動を始めた。


その日、南の王城に着いたばかりだったパウルは

先程自分が歩いた、まさにその場所が惨状と化した事に言葉をなくしていた。

同じように隣に立つ案内役の男は頭を抱えて震えている。


やがて甲冑が擦れるような音が近づいて来て

重鎮と思わしき服装の方々が、自分が向かおうとしていた方向に急いでいた。


その先にあるのは謁見の間。

この様子では自分の話を聞く余裕はないだろう。

案内役が何か言い、重鎮たちの後を追ったが、頭には入ってこなかった。


世界を粛清するなど神の御業。

これが神の意思なのか…と、ふらつきながら窓辺を離れて壁に寄りかかる。


どのくらいそうしていたのか分らないが、甲冑の音が近づいてきた。

その音から走っているのが解る。

ふたりの兵士はこちらに気付きもせずに、走り去ったが、その時

『王が乱心した、国外に逃げる』などの言葉が聞こえた。


いったい何処へ逃げるというのだろう。

だが逃げる体力があるなら、そうするのが正解なのかもしれない。


西の国は変わらず美しい都でいるだろうか…。

目を閉じると美しい女神のお姿が浮かんだ。


聖堂にはそれは美しい女神の絵があった。

色ガラスを組み合わせ、その上に描かれていると言われているが

その製法はおろか、城や聖堂がいつ建てられたのかさえ知る者はおらず

それこそが神の御業と伝わっていた。


神の国はさぞ美しいのだろう。

そう考えながら祈るほかなかった……




その後パウルを発見したのはキャンベル隊だった。

王都の捜索も王城を残すのみとなり、決死の潜入だったが

意外にも生存者は、ほぼ一か所に集まっていた。


彼等は王城の備蓄庫付近に集まり、細々と食いつなぎ

逃げる体力がある者には食料を持たせ、脱出を促し、生き残った意味を説き続けた。


その中心になった人物こそがパウルだった。

王城に残って居たのが老齢な方ばかりで、肝が据わっていたのもあったかもしれないが、彼等は逞しく生きていた。


実際キャンベル達とのファーストインパクトも、

自分達は救助隊であり食料ではないと、理解してもらうのが何より大変だったらしい


地獄を見てなお心折れぬ彼等は、本当の意味で救世主だった。

とはいえ長きに渡る偏見は、そう容易く埋まるものではなく、

魔族国もまた、女神に頼る事にした。


だが、女神ではない。

確かに彼女は、この世界の創生に関わったが、まだ成長過程。

頼った神は、宣教師パウルの中の女神像だった。


衰弱していた彼等は保護され、治療を受けたのち同じ夢を見た。

光の中に浮かぶ、女神の夢である。



女神は慈しみを持って世界を生んだが

その子等は些細な見た目でお互いを分け、奪い合いを始めた。

これらを諌めるため、女神は人と魔族を引き離した。


互いは同じ女神の子であり、争う事は望まない。

だが長きに渡る溝を埋めるには時間を要する。

その為に、神の使徒たる者達は人々に生き方を示さねばならない。


そして女神は感謝を伝えた。

その生き方こそが、今を生きる意味を考え前に進むもの。

あなた達の生き方が、手本そのものなのだから、と。


そしていつの日にか、姿や生まれに囚われる事のない寛容な世界を望む。

そう言って女神は姿を消した。



気が付くと、人々は膝をつき涙を流していた。

すべての穢れが涙と共に流れていくようだった。


さっきまでご都合キノコを咥えさせられていた事など、

誰一人として気付かなかった。



脚色はした。だがパウルの信仰が生存者を助けたのは間違いなかった。


そして彼等は女神の導きにより、各村に分かれ

自らの手で村を立て直そうとしている。

村でも彼等に協力し、農作業を手伝う人が増えてきたようだ。


もっとも見守りながら、しばらくテコ入れはしていく予定だけどね。


そしてパウルには村であぶれる子供たちの話も伝え

彼等がいずれ偏見のない世界の使徒になれるよう、導く役目をお願いした。



その後で、私はガットと共に、砂漠の教会でパウルと面会をした。

パウルは私よりも、女神のステンドグラスに驚き、涙を流した。


パウルには魔王である自分も含め、王達は神に導かれた異世界人である事を伝え

私の姿が人族と違うのも、魔族を驚かせない為の神の配慮だと告げた。


そして魔族国も立ち上がりだしたばかりだが、陰ながら人族を支援する意思があり

女神のお導きに従い、偏見のない世界を目指すことを誓い合った。




























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