第75話虹の精霊
「……言った通りだろ?」
「確かに……」
はじめて聞いた時は信じなかった。
だってそうだろ?目に見えないものは信じられない。
見えるものだって、目を背けたくなる程なのに。
甘い夢など見たくない。
夢だと気づいた途端、恐ろしい現実を突きつけられるから。
でもどこかで求めていた。救いの神を。
俺は今、神と対峙していた。
皆が『覚めない悪夢』と呼ぶ日。
あの日を正確に理解している者はいない。
誰もが平和に、普段と変わらない暮らしをしていた。
それなのに世界は一変した。
皆が言う「目が覚めたら地獄にいた」
言い始めたのは、西の出身者で、女神を崇拝する西の考え方らしい。
この世界は女神が作り、神に背けば地獄に落ちる。だから神を讃えよ、と。
なんだそれは!
そんな者の機嫌に左右されるなど、たまったものではない。
以前の俺なら笑い飛ばして終わる話だった。だが、その日は来た。
誰が女神の怒りを買ったのか、そんな事は知らないが
あの日、誰もが同様の有様を見たのだ。
俺は東の国の穀倉地帯の村で生まれ育った。
だが瞬く間に飛ばされたのは、南の王都だった。しかし、これも『らしい』だ。
俺は自国の王都にすら行ったことがないが、商人を名乗る男が言った『らしい』
ここに居る人間のほとんどが穀倉地帯出身者。ただし出身地も風習も違う寄せ集めだ
知り合いに会える人もいるが、家族がすべて無事だった人など聞いたこともない。
昨年妻を亡くし、寂しい思いをしたが、彼女に地獄を見せずに済んだのは幸いだったかもしれない。
這々の体で地獄から這い出た人達は、訳も分からずその場を離れた。
離れなければ死に捕まる。そんな場所だった。
そうして道や森で行き倒れ、また目が覚めると、この村にいた。
中には黒雲に襲われたとか、穴に引きずり込まれたという話も聞いた。
ウサギの耳をつけて、肥溜めに頭から突っ込んでいる男もいた。
なんでそんな事になったのか、哀れな男は自分の名前すら覚えておらず
呪いのウサ耳は決して外れなかった。
村には井戸があり実りもあったが、熟し過ぎた実は落ち、家畜は弱りきっていた。
そもそも村には妖精がいなかった。
子供の頃よりだいぶ数は減ったが、それでも実りを助けてくれていた。
それとも妖精は我々ではなく、魔族を助けていたのか?
『覚めない悪夢』以来、一切魔族を見かけていない。
もちろん死んだのかもしれないが、もしそうだとしたら
人はとんでもない過ちを犯していないか?
人として当たり前の営みは罪だったのだろうか……。
怪我を負っていたはずが、村で目覚めたら治っていたという奴もいた。
そいつは言った。「これは女神の慈悲なのだ」と。
こんな考えが浮かんでくるのは、西の出身者がやたらと祈るからだ。
祈れば女神が助けてくれる。
だが本当に神がいるなら、今すぐだ。
今すぐ助けてくれ!
僅かな食料は力のある者が奪い、食べさせる餌などない家畜は真っ先に食料にされた
弱者は見るからに瘦せ細り、子供など消えてしまいそうだった。
そんな時、奇跡が起こった。
ある日、突然食べ物が現れたのだ。しかも皆で分けられる量の食べ物だ。
ここでも独占しようとする奴は現れたが、それは長くは続かなかった。
翌日から食べ物は、村の周りのあちこちに分散して現れるようになったからだ。
独占しようとした奴も、食べきれない量だったので、すぐに飽きて
子供達にも分け与える事が出来た。
そんな時、子供たちが言ったのだ。
「妖精さんがご飯を運んできてくれる」と。
最初に言い出したのは、少し前まで起きられないほど衰弱していた子供だった。
「夜になると、袋を背負った妖精が現れて、目が覚めると食べ物が置いてある」
子供は、徐々に回復し、感謝と共に触れ回った。
そのうち、大人でも似たようなことを言う奴が現れた。
「食べ物は虹の精霊が、雲に乗せて運んでくる」
信じがたいが、今まさに目の前で起こっている事だ。
キラキラした光と共に、木箱が自ら進んでいるように見える。
更に光に囲まれて飛び回る何か。
虹色には見えないが、色のついた小さい何かが、光と共に飛んでいる。
やがてそれは、村を囲むように あちこちに食べ物を置くと、必ず北へ飛んで行く。
そしてその光を見た者は、その場で眠ってしまうのだ。
この村の人達は、毎日同じくらいの時間に、耐えがたい眠気に襲われて寝てしまう。
出歩いている最中だろうが、食ってる時だろうが関係ない。
朝になり川岸に打ちあがっていた奴が見つかってからは、
夜は水辺を避けるようになった。そして目が覚めると、食べ物が置かれている。
北に何かあるのか?
そう思い向かった奴もいたが、大抵は「森の向こうは砂漠だった」と帰って来た。
ただ妄信的な者と、子供は帰らない事もあった。
おそらく砂漠で果てたのだろう。
仮に砂漠を超えられたとしても、その先には魔族の住処があると聞いている。
だがそうやって人が減り始めてから、届けられる食べ物も減ってきているのだ。
代わりに家畜や苗が届く事まである。まるで見ているかのように……。
助けてもらっておいて何だが、
正直あまり気持ちのいいものではない。
やはり北には何かあるのか?
俺は綺麗に積み上げられた木箱を見ながら、繰り返し考えていた。
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