第74話ハリネズミのジレンマ

中央広場には大きな藤の木があって、

役場と食堂をアーチのようにつなぎ、かぐわしい香りを放っております。


いつもより香りを強く感じるのは、きっと花房に近いからでしょう。

ワタクシ、タワシは魔王様のフードに入れられて、絶賛運ばれ中です。

目線が高いからでしょうか。ワタクシらしくもなく饒舌なようです。


藤のアーチをくぐると、そこは広場とは違う静かな花園で、

花に埋もれるように置かれたベンチは図書館の本を静かに読むのにオススメです。


隣には魔法薬研究所の薬草園もあり、

木々が梳かれた森には、明るい光が差し込んでおります。


そんな庭園を抜けると湖が現れ、その側にひっそりと建つのが魔王の館。


一階部分は石造りで湖に張り出したテラスがあり、二階部分は木造。

三角形を組み合わせたような屋根には窓があり、屋根裏もありそうです。

隣には素敵なコンサバトリーが併設されておりますが……何というか、地味ですね…


入り口は橋を渡って二階から。

奇妙な作りですが、玄関は美しいツル薔薇が絡んでおりました。


室内は漆喰の壁に、濃い色の梁。

同じ材で曲線を描くように、艶やかな階段が伸びる。

作りが良いのは解りますが、どことなーく地味に見えるのは趣味の相違でしょう。


入ってすぐ右が談話室。

窓辺にコの字型に置かれたソファーの向かいには、大きな暖炉があり

奥の窓からは湖が見えます。


座り心地の良さそうなソファーの背には美しいブランケット。

あれはワタクシは近寄ってはならないものです、確実に引っかかります。


暖炉にはメラ族にしては、少々淡い色味の方が……。


見ていたことに気付かれたのか、魔王様が

「あの子はメララ。火力が暖炉に丁度いいから、ここで働いてもらってるの」と

仰った。メララも気づいて手を振っております。


そんなメラ族も居るのかと思っていたら、

ホールの左の部屋から出てきたのは、職業訓練所所長のガルムル様。


「魔王様、村のダンジョンの規模はどうすんだ?」

「使ってない坑道があったでしょ?アレをサイクロプスサイズに拡張するのは?」

「無理に広げちゃ、天井が落ちるぞ」

「そこはキラメラにお願いしよう。絵図描いといたから、後で持ってくるよ」


そして魔王様はフードの中を見せるように膝を折ると

「あとこの子、ジャンの紹介で秘書をやってくれる事になったタワシ。

タワシ、こちらはガルムルね」


ご紹介に預かり、ジェルボア様直伝のカテーシーをして名乗る。

でもフードの中からでは良く見えなかったのでしょうか?

「よろしくな」と言ったガルムル様は、ワタクシに手を伸ばし刺さってしまいました


「痛てっ!なんだコイツ?」

「よく見て、この子ハリネズミだから」

「なんだか、けったいなヤツばかり増えるな」


すると今度は、暖炉の奥の部屋から、料理開発部のナンナ様が現れました。

「魔王様、おでかけですか?」

「この子に仕事の話をしようと思って。

この子はジャンの紹介で秘書をやってくれる事になったタワシ。この人はナンナね」


先程はせっかくのカテーシーをご覧いただけなかったので

魔王様の肩をお借りしご挨拶。

ナンナ様は「あらご丁寧に」と朗らかに笑う。


なんだか良い香りがします。

ナンナ様が出ていらしたという事は、あの部屋は食堂でしょうか?

ワタクシ、ナンナ様考案のミミズ風パスタが大好物なのでございます。


モグラたちも狂喜乱舞する、あの料理が

食堂の鉄板メニューにならないのは納得がいきません。

この職に就いた以上、

ワタクシが代表して、是が非でもメニューに推させていただきます。



緩やかな階段を上がった先が、魔王様の書斎。お隣は居室のようですが

どう見ても仮眠室。この方こそ寝ていらっしゃるのでしょうか?


何でもこの館には既に、専属のザントマンとブラウニーがいらっしゃる様ですし

そこは専門家にお任せしましょう。


ふたつの窓がある明るい書斎。

その一つを背に重厚な机。壁際の長テーブルには書類と本。

壁には地図が貼ってあり、地図の上から更にメモが貼りついている。


まだこんなに建物を建てる気でしょうか?

これを見る分には、国を捨てて逃げるとは思えませんが……。


そしてその横には、今後の計画でしょうか?

なんとまぁ、ザックリと……。

これはやはりジャン様がおっしゃった通り、

肝心な部分は魔王様の頭の中にしかなさそうですね。


その魔王様はと言うと、先程ガルムル様に伝えた絵図を捜して

スケッチブックをめくっておられます。

でもこれ全て、今まで建てた建物のデザインですか?

思い入れが無ければ、ここまではしないと思うのですが……


すると、ノックもなしに

「おぉ~い」と言いながらガルムル様が入って来られました。

もう一方の窓の前にあるソファーに腰かけて、机に地図を広げられましたが

丸まってしまうので、すかさず針を飛ばすと


「っ!危ねぇ!」

「タワシ。気が利くのは良い事だけど、針を飛ばす時は一声かけてね」


魔王様は皮手袋をしてワタクシをすくい上げると、お隣の部屋に行ってしまわれました。書斎には応接テーブルに置かれたワタクシとガルムル様。


ガルムル様は

「お前、あとは何が出来るんだ?」と突こうとしたので、すかさず針を立てる。

「気の強ぇヤツだなぁ」

あなたこそ懲りない方ですね!


「ほらほら喧嘩しない」

そう言って戻って来た魔王様の手にはティーセット。


「お待ちください!それはメイドの仕事ではございませんか?」

「そういう人がここには居ないから、飲みたい人がするのよ」

そう言ってワタクシの前にもネズミサイズのティーカップが置かれた。

よくネズミサイズなんてありましたね。


「ジャンが良く来るからね」視線の意図に気付かれたようですが

ジャン様が⁈まさか、このティーカップをお使いになられたりは……。

ついカップを見ながら手を震わせていると


「うん。それジャン専用のカップ」

あぁぁぁぁーーー!

なんと言う事でしょう!もう紅茶の味なんて解りません!


なるべく平静を装いながら、針の先まで震わせて、

羞恥と歓喜に耐えていると、ふと息の漏れる音が。

魔王様!そのお顔!

まさか、ワタクシの秘めたる思いにお気づきに!


「なぁんだ、お前さん。もしかして……」

あああああぁぁーーーーー‼

羞恥が限界に達して、丸まったワタクシは

ガルムル様の顔面に、イガグリアタックをかましてしまいました。


魔王様はもう我慢もせずに笑っていらっしゃいます。

もう無理です!これはセクハラです!

いくらジャン様のお申し付けでも、ワタクシ、この職場では……


「ごめんねー。つい可愛くて。

でもジャン、カッコいいもんね。憧れるのわかるよ」

まさかのライバル宣言ですか⁉


キッと睨みつけると魔王様は、まだ笑ったまま

「ガルムル血が出てるよ。絆創膏持ってくるから」と言って、再び隣の部屋に行ってしまいました。


ガルムル様は

「揶揄った俺も悪いが、やり過ぎだろ。お前、秘書じゃなくて護衛じゃねぇか!」

「はい。ワタクシも加減が出来ず、申し訳ありませんでした」

これには素直に謝るしかない。


仲間のネズミにも言われた事。

でもトゲまみれの自分を、果たして仲間と思ってくれていたかどうか……



機動力には自信があります。

他のネズミより大きめだけど、その分防御力だってあります。

でも仲間と居るには、この針は攻撃的過ぎたのです。


少しでも出来る事をと、読み書きも覚え、

たどたどしかった言葉だって、ジェルボア先輩に叩き込まれました。

そして認めてもらえる様にはなりましたが、周りとの距離が縮まる事はなかった……


今回の仕事も適材適所だとジャン様は仰ったけど、お払い箱だったのかもしれない。


その時扉がノックされ、魔法薬研究所のアロレーラ様が現れた。

「魔王様……は留守ですか?

ガルムル殿、早くナンナ殿に謝った方がいいですよ」

「なんで俺が悪りぃ事になるんだ!

それよりコイツだ!魔王様の秘書だとよ!」


乱暴にだが紹介されたので、うやうやしくお辞儀をする。

「これは可愛らしい」とアロレーラ様は手を伸ばされたけど、針を立ててしまった。


傷つけるなら触れてほしくない。

そう思って顔を伏せると、横からスッとすくい上げられた。


「アロレーラ、この子だよ。ジャンが秘書にって紹介してくれた子。

名前はタワシ。もう挨拶は済んだ?」


魔王様の手には皮手袋。

「そういえば、どうしてそんなものをお持ちなのですか?」


「メラが撫でろって頭だしてくるから」

「その方は、ここの暖炉にいらっしゃる……」

「メララは体温低めだから、燃やしてる時以外は触っても火傷しないよ。

他の強火連中の押しが強くてねー」


どういう事でしょう。彼等は触れる事はおろか、

ただ立っているだけでも、周りを焦がしてしまうのに。


「それでも撫でて褒めてあげると喜ぶよ。

皮手袋をすれば焦げるけど触れられる。新品で二十人くらい撫でられるかな」


魔王様はスペアまでお持ちでした。

そうまでするのは何故でしょう。


「誰でも認められると嬉しいし、熱いのだって個性じゃない。

個性と付き合うには、工夫が必要なんだよ。

でもそれって誰に対しても言える事でしょ。同じ人は居ないんだから」

だからワタクシにも皮手袋で触れるのでしょうか?


「タワシが嫌なら触れないよ。でも触れようとするのは私のクセなんだ。

魔族国は言葉の通じない子もいるから、ボディランゲージが増えちゃったんだと思う

それでタワシは触れられるのは嫌?嫌ならやめるけど」


……嫌ではない…と思います。

黙って頷くと魔王様は「触っても平気って事?」


もう一度頷くと、両手で包み込むように撫でてくださいました。

そんなふうに触れられるのは初めてでした。



館にはあと三人、お住まいの方がいらして、おひとりは魔王様のご子息様。

もうおひとりのシルフのルーフ様は、魔王様の通訳をしておいでです。


そしてサイクロプスのネフィリム様。

いつも裏庭で、花の本を読んで過ごされていた所を、

庭師として魔王様にスカウトされたそうです。

魔王様のおっしゃる個性は、存外お持ちの方がいらっしゃるのかもしれません。


「お昼を食べるなら」とナンナ様が昼食を用意してくださいました。

食堂はネフィリム様がお住まいの温室とつながっており、皆が一緒に席に着ける作りになっておりました。

ワタクシの席は机の上に。

ジャン様の食器をお借りするなど、それだけでも恐れ多いのに

メニューはなんと、ミミズ風パスタ。


皆さん微妙な顔をされておいでですが、この美味しさが伝わらないとは残念でなりません。新鮮な躍動感はそのままに、万人ウケするお味でございますのに。

魔王様によると「それも個性」だそうですので、そのように受け止めましょう。



「ところで皆様がお屋敷にお揃いのようなら、

ワタクシもこちらに移り住んだ方がよろしいでしょうか?」


「三人とも研究所に部屋を持ってるのよ。なのに何故だか帰らないのよ」


「私が居なかったら、魔王様がお困りになるでしょう?」とナンナ様。

「かーちゃんが居るし……」とガルムル様。

「魔王様が居るし……」と苦しい言い訳をしながら、混ぜてほしそうなアロレーラ様

でもワタクシも、そのお気持ちが解る気がします。


「って言うか、それを見込んで屋敷を大きくしたでしょ。小さくていいって言ったのに」

「これ以上ちいせぇと威厳もへったくれもねぇだろ」

確かにこれより小さいと民家ですわねー。


「それでワタクシはどちらを使わせていただけるのですか?」

ニッコリ笑うと、魔王様は渋い顔をしていらっしゃいました。



これを機に今まで遠慮がち(?)に居座っていらした幹部様達の部屋も整える事になりました。


魔王様としては、屋敷に住みながら、

備品を整えるのを頑なに遠慮していたネフィリム様の為だったように思えます。


でもそう仰る魔王様こそ、仮眠室に居座っておいででしたので

この度リフォームと相成りました。


そしてこれに喜んだのが、意外にもド組の方々でした。

清貧と言いながら、どう見ても貧乏くさい魔王様をどうにかしたかったようです。


それなのに早速

「狭い部屋の方が落ち着くんだよなー」

「貧乏癖を改めませんと、国民に呆れられますよ」

「タワシも言うようになったねー」そう言いながら、魔王様は嬉しそうです。


魔王様のちょっと豪華にリフォームされた机には、ワタクシが上るためのスロープがデザインにしか見えない形で彫られています。


ワタクシの部屋は執務室の隣。

魔王様はネズミ用の家具を用意してくれようとなさったのですが

ワタクシ眠りにはこだわりがありますの。そして見つけてしまった最高のベッド。


「本当にソレでいいの?」と魔王様には聞かれましたが、これ以外に考えられません

それは魔王様のふかふかスリッパ。最高の寝心地です。


「そういえば居室スペースは、魔王様にしては広く取られたのではないですか?」

「また住人が増えそうな気がしてね」


たしかに魔王様のこと。また個性的な住人が増える事もあるかもしれませんね。







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