第71話肉と青春のダメだし
「うわぁぁぁぁ‼」
出来る限りの声をあげて、虎獣人のマトは走っていた。
そうすれば近くの誰かが気付いてくれる。
一緒に逃げていた仲間は気付くと居なくなっていた。
同じように逃げたハズなのに、木に登る間もなく狙われる羽目になった。
林の間を選んで走っているのに、魔牛はお構いなしに突っ込んで
鋭いツノで幹をえぐりながら進んでくる。
「ヒイィィィ!」
このままでは林を出てしまう。涙で前が曇りかかった時、
目の前に白い獣が着地をし、ボールのように後方に跳ねて
魔牛の顎を真上に蹴り上げた。
頭を反らした魔牛は前足で宙を掻くが、その目はフェンリルを捉えている。
するといつからそこに居たのか、木から駆け下りてきたヒョウが牛の背に乗り、
更にバランスを崩した魔牛を二本足で立ち上がらせると、
合わせるように飛び出してきたヒグマが、ボディブローを叩き込んだ。
これだけやればと思っていたのに
魔牛はヒョウを振り落とし、ヒグマに向かって足を振り下ろそうとした。
フェンリルはヒグマを抱えて後方に飛びのくと、
すでに眼前に迫っていた魔牛のツノをスルリと避けて、ヘッドロックで捕まえて
逆さまに抱え上げて背中から地面に叩きつけてしまった。
魔牛はやっと動きを止めた。
「大丈夫か?」
「………姉御」
お礼を言おうとしたのに、ルーヴさんはヒグマ達の元へ行ってしまった。
「狙うのは顎かこめかみだよ。アイツらは腹じゃ止まらない」
「正面から来られると、足がすくんじゃうんですよねー」
ヒグマはそう言ったけど、なんで足のすくんだヤツが殴りかかれるんだよ…
ルーヴさんは事も無げに「そこは慣れだよ」と言い
ヒョウはこっちを見ながら「慣れだってさー」と言い残して
三人は牛を引きずって行ってしまった。
呆然としていると、少し奥の木がガサガサ揺れて、
サーバルキャットのバルが、コアラのように尻から滑り降りてきた。
「おーい、大丈夫か!」
「姉御、相変わらずスゲーな」
今度は後ろの木の上から、ヤマネコのヤマが言った。
そしてドスンと音がして、マレーグマのマグレが低木につまずきながらやって来た。
「無事か?」
「無事だけど、そんなに近くに居たなら助けてくれよ。クマだろ?」
「ヒグマと一緒にするなよ!」
「マト、とりあえず森から出よう。お前飼料かぶってるから危ねーよ」
バルとヤマも木から降りてきたので、引き返す事にした。
ここは高い塀に囲まれた放畜場。
オレ達はここで飼われている魔豚に飼料を運ぶ仕事をしている。
魔豚のいる入り口付近は、魔獣が少ないハズなんだけど……
「最近、魔獣増えてね?」と心配性のバル。
「肉の出荷量も増えてるらしいからな。
魔牛同士も喧嘩しかねないから放畜場を広げるらしいぞ」と一番逃げ足の速いヤマ。
「どんだけ荒っぽいんだよー」マグレは頭を抱えている。
ワイルド獣人のすべてが戦闘狂かといえば、当然そんな事はなく
彼等のような癒し系のモフモフもいる。
もちろん他の職業に就く者もいるのだが、
戦闘特化のこの村の住人と言うだけで、一目置かれるところがあり、
若いワイルド獣人はフェンリル村にこだわる者も多いのだ。
魔族国に来た頃は、ワイルド獣人と呼ばれるだけで、自分が強くなった気がしていたけど、最近は野性味とか言われることにプレッシャーを感じる。
「………ところでワイルドって何だろうな?」
「見た目だけならお前じゃねーの?」とバル。
「いやそれは、もっとデカいトラの事で……」
「オレもヒグマと一緒にされたくねーよ」
「悪かった。さっきはホント余裕がなかったんだよ」
ヤマがため息をついた。
「食堂のマドンナに、もっと食えばライオンになれるって会うたび言われるんだけどオレ、ライオンじゃねーし」
「あぁ、オレも最初、ライオンの女の子だと思ってた」とバルが白状すると、
隣のマグレまで頷いた。
「お前ら、それで声かけてきたのかよ」
「うん。」頷く三人に、ヤマは再びため息をついた。
「でも食堂のドアーフさんを、マドンナって呼ぶのはどうかと思う」
「おい!マドンナを悪く言うなよ!あの人が一番メシを大盛にしてくれるんだから」
フェンリル村の優しい女性の基準である。
入り口付近には神事(食事)に備えて人が集まっていた。
最前列に並ぶ一際大きな集団は、毛皮の上からでも筋肉がわかる。
マト達と比べたら、大人と子供の違いだ。
「なに食ったら、あぁなるんだろうな?」細身のバルは羨ましそうだ。
「食堂で食ってるんだから同じものだろ?量じゃないか?」
「始まるぞ!」ヤマに言われて慌てて後ろに並ぶ。
食事は全員もらえるが、カウンターに近い席の方がおかわりには有利。
コカトリスが太鼓を打ち鳴らすと、同時に門が開き
その間から、滑り込むように先頭集団が走り出す。
やや後方のマト達が動き出すころには、足元は地響きで揺れていた。
この時ばかりは、みんな敵。
雄叫びをあげて走り出した途端
「いっけなーい!遅刻、遅刻!」と言いながら走る
ヒガシローランドゴリラに仲良く踏みつけられた。
結局食堂はいつもの末席エリア。だが戦いは終わらない。
フェンリル村の最初の一皿は、とてつもなくデカいハンバーグ。
その中によく形が保てるなと言いたくなる程の刻み野菜が入っている。
これを完食して初めて、純然たる肉が食える。
太鼓の音と「いただきます!」の号令が衝撃波のように広がるが
みな肉から口を離さない。
口に押し込み皿を持って走るが、すでにカウンターは獣人であふれている。
カウンターに山と積まれた肉を取り、皿に乗せて席に着き、口に押し込みまた並ぶ。
混みあうので身軽なヤツは天井を走るが、物品を壊した奴は即退場。
拳で場外に飛ばされるので、食事の時間はドアと窓は開けたままだ。
三度目のおかわりに行ったが肉がなかったので、おにぎりを持って席に戻ると
マグレが三個目のハンバーグを食べていた。
「ハンバーグかよ!」
「こっちの方が競争率が低いからね」
「ほぼ野菜じゃねーか」
「最近野菜の甘みが解るようになってきたんだよ」
「一口くれ!」と
マグレの両側に座ったヤマとバルが、横から同時に手を伸ばしハンバーグは消えた。
「あー!一口って言いながら、全部食うなよ!」
マグレは怒りながら
「マドンナー!焼きそばパン残ってるー?」と走って行った。
北端にあるフェンリル村は日が暮れた途端に冷え込み始めるが、
食堂の外はいつものように、筋トレ集団の熱気であふれていた。
彼等のモットーは筋肉至上主義。
筋肉は正義、筋肉は裏切らない。
筋肉があれば寒くない。なのに風邪をひいただと?
それは筋肉が足りないからだ!
さぁ、悩むくらいなら筋トレだ!
何かがおかしいと思いつつ、気付けば脳まで筋肉になってしまうのがフェンリル村。
四人もそれなりに締まっているが、丸顔なのでモフモフが勝る。
「……でも、なに目指してるのかと言われても、何となくなんだよなー」
プランクをしながら言うと
「でも村の外では、強そうって言われるだろ?」とサイドプランクのバル。
「誰に?」と腹筋をしていたヤマが、凄い勢いで起き上がる。
「………獣人村ではマッチョがモテるって本当?」と
ダンベルをしつつ、マグレがバルにジト目を向ける。
「まさか、お前!」
「違う!見てただけだ!」
「何をだよ!」
三人がかりで突っ込むと、ムキムキカンガルーのおっさんに
「モテるぞー」といい笑顔で言われた。
「お前ら、もう少し強くなったら森の奥に連れていってやるからな」と言われたけど
そんな事より獣人村でモテればいいと、四人とも考えているのだった、
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