第70話プレデター
嬉しそうなハルトを船首に乗せて、船は北へ。
広葉樹がすっかり針葉樹に変わると、間もなくフェンリル村に着く。
この辺りの運河は森に囲まれているので、開けた港について初めて北山を意識する。
魔族国は案外起伏にとんだ地形をしているが、その中でも北山は国内随一の標高で
見通しの良い丘に登れば、どこからでも見える存在だ。
真ん中がくぼんだ二つの峰は、常に雪をかぶり、
外輪山に寄りかかるように聳え立ち、海は山を貫通するトンネルを流れている。
トンネルの天井にはヒカリゴケが星空のように輝き、
岩の間から生える数々の発光キノコが彩る。ここは魚人のオススメスポットだが、
回遊でもしない限り通らない場所なので幻の景色と言われている。
だが実は鑑賞するのに最適な場所がある。
北の港付近から、山を回り込むように流れる支流を行くと、
トンネルの手前に女王国の港がある。
港部分は外輪山が埠頭のように削られていて、そこで荷下ろしが行われる。
アント女王のお膝元である港の壁は、黒曜石のように艶やかで、
城のデザインに合わせてアーチ支柱が並び、城の入り口にふさわしい門がある。
門の両脇に立つ等身大の衛兵に声をかけると、間もなく働き蟻が出てきてくれる。
そして積み荷の引き渡しの間に、衛兵にお願いすると、
トンネルの内側がのぞける絶景スポットに案内してくれるのだ。
その場所はアーチ支柱の回廊の先にあり、柱は彫られているのだけど、
トンネル内の景観を壊さないように、高い位置に窓が開いていて、
ほの暗い空間はトンネル内をより美しく見せるのだ。
でも壁に寄りかかる時は気を付けて。
仕事の合間に眺めに来る、働き蟻がいるかもしれないからだ。
船で海を横断するときも注意が必要。
スピードを落として立ち泳ぎする見物魚人が時々いるので、くれぐれも安全な航行を
フェンリル村の港に併設された倉庫と食堂は、どちらもログハウス。
暖炉には常に火が焚かれ、煙突からは煙がのぼっている。
食堂の前には広場があり、入り口を避けた両サイドにオープンテラスがあるのだけど
その場所は腰の高さの柵で囲われている。
週末観光客は、ここに座り合図の太鼓が叩かれるのを待つ。
広場の左側には森への入り口があり、高い柵とゲートに囲われている。
太鼓の合図でゲートが開くと、フェンリル族達は一斉に雪崩れ込んでくる。
フェンリル村名物、メシの時間だ。
それはさながら福男選び。
一位から三位までに、景品のTボーンステーキがつく。
参加は自由だが、トカゲですら弾き出される迫力だ!
柵の向こうの森は『放畜場』で魔獣が多く生息する。
この村は放畜場に浴場が併設されていて、食事前に身を清めて神事(食事)に向かう
どうしても風呂を嫌がった彼等の為に、この村の入浴法も基本サウナ。
ログハウス型の大型サウナで我慢比べをした後は、やはり隣の湖に飛び込むのだが
ここは魔族国の北限。凍った湖を切り取った、氷結プールに飛び込もう!
濡れるのが嫌なモフモフさんはプール脇で雪上ダイブ。
トカゲは反対側のぬるま湯が無難だ。
凍えて動けなくなると、暖炉の前に転がされるぞ!
高い塀に囲まれた放畜場は、樫の木の森にある。
ここに居るのは魔牛と魔猪。それと魔猪と養豚のハイブリット、魔豚(マトン)。
当初は魔牛と魔猪を召喚していたが、自然交配を始めたので、様子を見ながら増やしている。
魔豚は頭数を増やしている最中なので、まだ市場には出回っておらず、柵で囲って育てているが、形状や気性は魔猪のまま、肉質が向上。
魔牛にも言えるのだけど、寒い気候で脂肪を蓄え、かつ十分運動しているので、
適度に歯ごたえのある肉質と、蕩けるように甘い脂が楽しめる。
魔豚たちは、森に生えている樫の実を食べるけど、
魔牛はエルフ村の羊も食べている、大麦若葉を刈り取って送ってもらっている。
それ以外は麦の皮や米糠、油を搾った菜種やビールの搾りかす、粉砕した貝殻やカニの殻を食べてくれるので、思ったより無駄がなかった。
これらは国中から集められ、発酵キノコの粉末が加えられ、
風が吹き付ける北山の風車小屋で攪拌されて、放畜場や酪農が盛んなエルフ村と、
養鶏場がある獣人村に送られる。
この『まぜご飯』を森のあちこちに置くのだが、魔獣たちはそれを運ぶワイルド獣人に直接襲い掛かるので、どっちがご飯になるかという、壮絶なバトルになる。
なので給餌は必ずチームで行われる。
住人はほぼワイルド系なので、
彼等の食事は肉中心。肉をおかずに肉を食う。
もちろん観光客用に野菜もあるけど、かれらはあまり器用ではないので
野菜は獣人村の保存食が中心になる。
だが、どうしても野菜が嫌いなフェンリル族の限定ルールがあり
料理研究部が開発した、刻み野菜を混ぜ込んだ巨大ハンバーグを完食しないと
おかわりが出来ない事になっている。
毎食手を変え肉を変え、あらゆる肉が出されるが、凝った料理が出来ない為に
最もシンプルな食べ方が好まれる。故に肉の最上部位がここに集結!
ちなみに魔牛は、やわらかいのに脂乗りがしつこくなくて、
噛んでいると溶けるようになくなってしまう、甘みのある極上の脂。
出来ればシンプルに塩コショウ。ガーリックソースをかけようものなら、
香りを嗅いだ隣の奴まで、ご飯三杯おかわり必須。
個人的には渋みのあるフルボディを合わせたい。
しかしフェンリル族にしてみたら、魚人と同じで食感が大切らしく、
村で一番人気は漫画肉。
正直牙がないと食べずらいけど、あの骨付き肉を食べると強くなると信じられている
フェンリル族のワイルドな食べ方を褒めつつ、
こちらは最上部位を食べられるのだからウィンウィンである。
国中の肉好きが集まる、肉への愛が溢れた村。
早い者勝ちなので予約は必須。週末は観光客を優先してくれます。
村の中心は冷涼な森だけど、北山に向かうと空気が凍てつきだす。
登山口の目印は風車小屋。
どんぐり帽子をかぶったような六角形の風車小屋はハーベスト村から移築したもの。
運ぶときに一階部分が損傷したので、石を組み、より頑丈に直している。
羽のメンテナンスの為に、設けられたテラスは展望台になっていて、
雄大な森と運河が眺められる。
この風車に併設するように建つのが、登山口。木のゲートの先には階段が続く。
北山に入る前に、必ず山小屋に声をかけて登山セットを受け取ろう。
セットの内容は防寒着とカンジキとスコブルカラシ。
毛皮を持たない者は、防寒着必須。
寒さを感じ始めたらスコブルカラシを食べて体を温めるのだが
五本に一本くらいの割合で激辛が混ざっているので、少しずつ食べる事。
でもトカゲの口では少しずつが難しいらしく、
時々ナポレオンフィッシュのように、口を腫らしているヤツがいる。
登山道の階段をしばらく登るとスキー場エリアが見えてくる。
大小の起伏を乗り越え、尾根づたいに降りてくる斜面と、林を挟んだ反対側は
ボブスレーのようなコースで、いつもシルフとジャックがソリ遊びをしている。
ゲレンデを囲うように聳える雪像はジャックの作品。
雪崩防止に城壁のような雪の壁も作ってもらった。
このゲレンデを要望してきたのはエルフで、北の国でスキーを経験した者がいたらしい。スキー板は懐かしの竹製。なのに不思議なほどスピードが出ていた。
上手な人は道具を選ばないんだね。
雪山を登る時は、近くにいるシルフに声をかけると、引っ張って登ってくれるぞ。
ウエア、スキー、ボードは山小屋でレンタル可能。
ちょっと強面な救助隊のベルナールとマティフが見立ててくれます。
ゲレンデから山を回り込むように進むと。眼下に湖が見えてくる。
凍てついているが全面が凍る事は無く、雪の白に青から緑の大小の湖面が映える。
ハイキングコースを作ろうとしたけど、思ったより雪が深くて
歩くにはカンジキと覚悟が必要。
そして湖の向こうの巨木の森。そこが鳥族が住まいであり、修験の山の入り口だ。
早朝、墨色の空に星が残る頃、修験者たちは巨木の森に集まる。
その姿は白装束に、蓑と笠。ほとんどが鳥族とフェンリル族である。
ここから先は深雪も木々に阻まれるのでカンジキの必要はない。
杉の巨木の参道を進み、大岩によじ登り、強風の吹き抜ける山の尾根を駆け
滝に打たれながらお堂に向かって祈り、そして火を渡る。
鳥族の修行はその後も続くが、それ以外の種族は昼食に合わせ山を下り
食事をした後は放畜場の仕事に加わる。
食事制限などはなく、むしろお残し厳禁。命に感謝しいただく事に重きを置く。
修行中は白装束だが、放畜場では他の者と同じ黒革のオーバーオールを着ている。
一際大きな体に成長し、もはや近寄りがたいほどの彼等だが、
その姿こそが脳筋の憧れであり、修行を希望する者が後を絶たない。
だがそれ以前に、村の特性上、トレーニングの必要があり
そんな初心者のための施設を作ってみた。それがここ。
「……………ここって某フィールドアスレチックだよね?」
身長制限も設けておりますので、ちびっこにも安心です。
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