第65話ジャングルの住人
朝から直送船で運ばれてきた怪我人に、診療所は慌ただしく対応していた。
「またなの?」
「暮らしに慣れてきて、森の奥まで入る者が増えているようですから」
「一度しっかり調査しないとだね…」
目の前では救急搬送されてきたトカゲが、無数のハエトリグサに嚙まれていた。
この所、こういったトカゲが連日搬送されて来るのだ。
オナモミが住んでいたのは森の浅いエリアで、ここまで被害はでなかったのだけど、密林エリアの植物たちは気性が荒いのかもしれない。
そこでトカゲの森出身のウツボカズラさんの案内で、急遽調査に向かう事になった。
メンバーは私とアロレーラ。
あとは果物に詳しい川トカゲのタタワと好奇心旺盛な砂トカゲのミスジ。
暑さ対策と通訳も兼ねてシルフも何人かついてきてもらう。
トカゲ村でミスジ達と待ち合わせをして、賑やかな朝食をいただき
港の運河を渡った反対側の森の広場へ。
森の収穫物は、出荷前に、ここに集められるのだけど、
広場はすでに賑わっていた。
まずこちらに気付いて会釈をしてくれたのはアケビさん達。
植物系住人の皆さんは、話せない分態度で示そうとするため、とても礼儀正しい。
手を振ったり、お辞儀をしたり、飛び跳ねて挨拶をする。
日光が大好きな自走系植物さんは、陽が昇ると広場で日光浴をする。
その時にアケビさんは、籠の材料になる蔓を持ってきてくれる。
他にも自分の木の実や根、染料になるものを分けてくれる者もいる。
でも木が弱ってはいけないので、分けてもらうのはあくまで余剰分。
植物の様子はシルフが肥料を分けたりしながら、様子を見てくれている。
ただ今回行くのは、この子達が住む明るい森エリアの更に奥。未開拓の密林だ。
以前妖精達が世界樹様と共に連れ帰った植物達は、それぞれの場所で実をつけたり
建材になってくれている。
もちろん建材になる前に苗木を分けてもらい、森はアンチエイジングする。
でも中には「何処から来たの?」と聞きたくなるような
独特なフォルムの植物達もいた。
妖精達も、何の植物か分からないまま連れてきているので、植物に直接聞いて
住みやすい環境を選んでもらったのだけど、そんな植物の多くが
トカゲの森のジャングルに住み、独自の生態系を作っているらしい。
以前は食への興味が薄かったトカゲ達だけど、
最近は宝探しの感覚で、食べられる植物を探しに森に入って被害に遭うのだ。
明るい森の住人達に挨拶をしながら進むと、やがて薄暗いジャングルに到達する。
「ここまで来ると蒸し暑いね」
「はい、日差しは少ないですが、湿度が……」
まるで洗濯物がぎっちり下がった梅雨時の、浴室乾燥機に入ってるみたい。
それでもシルフに風を起こしてもらえるだけマシなんだけど……
「そろそろ風向きを変えてもらっていいっスか?」
先を歩いていたミスジが、鼻の穴に両指を突っ込みながら言った。
ジャングルにも広場があるのだけど、ここに集まる植物たちは独特な臭いを放つのだ
暑さ対策のつもりでシルフを連れて来たけど、臭い対策の方が重要だったとは……
ひとまず洗濯ばさみで鼻をつまむ。
ミスジ達は形状的に洗濯ばさみが使えないのでティッシュみたいな布を鼻に詰める。
シルフはダブルホジホジを楽しんでいる。
ジャングルの木漏れ日の中にある広場は、虫たちの楽園だった。
ぬかるんだ地面には、倒木が横倒しになって苔むし
メタリックな甲虫や蝶がキラキラと、ショクダイオオコンニャクさんに群がっていた
蝶の乱舞は泣きたくなるほどキレイなのに
臭いが目に染みて、別の意味で涙が止まらない。
おまけに日向ぼっこをしているのはラフレシアさん達。
ウツボカズラさんも、久しぶりに友達に会えたようで嬉しそうだ。
ここは虫達に人気のエリアで、女王国の大型種さんまでくつろいでいた。
そうなると手を入れたくなるけど、担当できる人材が……
「うん〇なの~」
「うん〇臭いっスー」駄目だ情報だけ集めて離れよう。
アロレーラが脂汗かきながら、リスみたいな顔してる!
とりあえずルーフを連れて、女王国民の所へ話を聞きに行く。
あなたは何ゆえ、この森に!
『まさにオアシス、夢のようだ。ここは天国だ!』と
外国人観光客の街頭インタビューみたいに絶賛してくれたけど、
アロレーラが本当に天に召されそうになっていたので、
攻撃的な植物の話だけ聞いて、広場を後にした。
今のところ、女王国民で怪我をした人はいないらしい。
広場を離れて洗濯ばさみを外すと、やっとマトモに息が吸えた。
でもまだ臭い……というか全身が薄ら臭い。
だって、あちこちでキレイな蝶が飛んでいるもの。絶対臭っていますよね。
でも彼等は臭いで虫を集め、助け合って生きている。
そう考えると、この密林も立派な国家なのだ。
滅多にジャングルから出てこない彼等だが、代わりに森の恩恵をくれる。
だからこちらは保全をするという間柄だ。
「森で気持ち悪くなったら、コレを食べるといいっスよ」と言って
ミスジが差し出してきたのは、熟れすぎたピーマン?
でも食べてみると水分が多くて、リンゴとナシを一緒に食べたような味。
「他にも見つけてきましたよー」と
タタワが大きな葉っぱに乗せて、いろんな種類の果物?を持ってきた。
いかにもトロピカルな個性派ぞろい。
岩みたいだったり、毛が生えてたり、何だか動き出しそうな物も…果物なんだよね?
でも見覚えのある物もあった。
「これスターフルーツだよね」
「……星、ですか?」
「半分にすると切り口が星型で……」
「見るの~」とシルフが手を振り下ろした途端に、スターフルーツは半分になった。
ビックリするから、何かする前に一声かけて!
「なるほど…確かに」
「村では森ヒトデって呼ばれてるっス」
お洒落なフルーツが一瞬で妖怪じみたな……ネーミングセンス大事。
「塩かけて食うと美味いんですよ」
「タタワ、あなた塩の食べ過ぎで搬送されてきた事があったでしょ」
「ありましたね。舌が浮腫んで口の中に納まらなくなった事…」
「でもいつもの食べ物が劇的に変わるんですよ。おかげでコイツも見つけられたし」
そう言ってタタワが持ち上げたのは、どうみてもオレンジ色のイモムシ。
「…イラガ(刺蛾)みたいだね」
「知ってましたか?村でもイラガって呼ばれてるんです」
……やっぱりイモムシ決定か。
その時ふたたびシルフが
「見るの~」と一刀両断。イモムシをちょん切った!と思ったら
中はまさかのゼリー状。種があるから一応果物?
「これ味の濃いのを食べ過ぎた時に食うといいんスよ」
塩職人のミスジは食べつけているらしい。
ちなみにタタワも以前は塩づくりをしていたけど、塩分取り過ぎの一件以来
果物採取の仕事に転職した。
最近トカゲが三種類で収まらないのでは?と言われているけど
木登り上手で、鼻の利くタタワも恐らくはそう。
でもそれは周りと違うのではなく才能と呼ぶことにした。
その違いから何かが生まれる事は十分にあるし、隠れた才能なんて恰好良いじゃない
前世でも食べるのに度胸がいる食材はあったけど、
そういったチャレンジ精神が新しい物を発見したり生むのかもしれない。
「ですが、程々にしてくださいね。
食あたりで搬送されて来るのは、トカゲが断トツなんですから」
新たな発見は、やはり犠牲がつきものでしたか……
ちなみに何でも食べて、新たな食材を見つけるのも才能って言ってるから
私にも責任の一端はある。
幸い毒を生成するほど危機意識が高い植物は、意思の疎通が可能なので
住民登録させてもらっている。
目撃情報があった地点に向かうと、不可思議な生き物が増えてきた。
蘭みたいな花が飛び回り、唇みたいな花が投げキッスをする。
それに、つけられているような……
振り返ると特徴的な背の高い花。あんなところに咲いてたっけ?
「大丈夫ですよ。アイツらついて来たいだけなんで」とタタワ。
そう言われて、数歩歩いて急に振り返ると、ポーズが微妙に変わっている。
「この辺のヤツは人懐こいんスよー。
コイツも通りかかるとバナナを分けてくれるっス」
見ると、ミスジに向かってバナナの木から赤紫の巨大なハートが降りてきて
バナナを差し出していた。足元にはパイナップルみたいなのもいる。
「妙な形ですね」とアロレーラ。
「それを言ったら、エルフ村で食べられてる
アーティチョークもよく食べるところ見つけたと思うよ。美味しいけど」
「先祖がきっと苦労したのでしょう。ところでコイツは殴りつけてこないんですね」
「えっ?」
「野生のアーティチョークは、蕾で殴りつけてきますよ」
「コイツは暴れたりはしないっスよ。殴ってくるのはアイツっス」
そういってミスジが指さした先では、
モーニングスターみたいなドリアンがフルスイングで素振りをしていた。
「新鮮な野菜程、足が速いものですよ。
コールラビなんて寝ている間じゃないと抜けませんから」
「それって抜いたら叫んだりしない?」
すると揃って笑いながら
「そういう奴を無理に抜いたら駄目ですよ」
「相手の都合に合わせて、根を分けてもらうのです」
「仲良くなると、届けてくれるっスよー」
この国には私の知らない事が、まだまだあるようです。
そう思っていたら、ウツボカズラさんが蔓にぶら下がって降りてきた。
「ハエトリグサさんを見つけたって言ってるの~」
「じゃぁ、早速そこに…」
「いるの~」
ルーフが指さす方を見ると、目の前に口。
あっコレ、あかんヤツだ。そう思ったら、パクンとやられた。
「仲良くなって良かったの~」みんな笑っているようだけど
明らかに食われていますよ?捕食されてますよ、私。
でもハエトリグサさんは、すぐに離してくれた。
熱烈なハグだったらしい……………ハグゥ⁇
人を飲み込むほどの巨大なハエトリグサさんの足元には、子供たちが生えていた。
植物系住人は話が出来ないので、ボディランゲージをする。
ハエトリグサさんの場合は、それがハグだった。
そして加減を知らない子供たちが相手に噛みつき、噛まれた側も驚いて
子供をつけたまま逃げてしまうので、ハエトリグサさんも途方にくれていたらしい。
子供達を保護している研究所に向かうと、不安からか、
やたらと噛みつきたがりになってしまった子供達が、鰹節にすずなりになっていた。
しかしハエトリ母が近づくと、子供達は一目散に足元に駆け寄って行った。
同じように子育て中のウツボカズラ母に会わせたら気が合ったようなので
そのまま中央に定住する事をオススメした。
夕食時、タップダンスを踊りながら洗濯をする、ウツボカズラさんの周りには
カスタネットとして演奏に加わるハエトリちゃん達がいた。
洗濯の引き取り忘れを一緒に干すと、飛ばされないように
洗濯ばさみ代わりに噛みつく事が、ハエトリちゃんの仕事になった。
そして今夜も誰かのパンツが干されている。
誰のパンツだよ!いい加減、持って帰りなさい!
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