第64話時代劇のアノ場所
割れ門で食器を返し、次の目的地は発酵調味料をお願いしている蔵の町。
トカゲ村から運河沿いを歩いて行った所にある。
木造引き戸に黒瓦。ここに来るとホッとする。
何より食べつけた香りなんだもの。
トカゲの勢いにのまれて食事をしたけど、ここでも食べたくなってきた。
「まずはトノの所にご挨拶……」って言っているのに、
ガルムルは、さっそく酒蔵の前で足を止めた。
ここに寄っちゃうと動かなくなるのが分かっているから、最後って言ってるのに
満面の笑みで全く動く気がない。
視察とか言いながら、どこの村でも試飲係だったけど、一番の目的はココでしたか…
結局、何を言っても動かないので、酒蔵に預けて後で迎えに来る事にした。
「ここは江戸時代を模した村?」とハルト。
そうですよー。見たことない物は作れませんよー。
ここは時代劇のセットのような町の中。
街道の右側に蔵がいくつも並び、
左には運河、その川の側には柳の木が並んで植えられている。
これで柳の下に、野次馬と意味深なムシロがあれば、完全に時代劇。
あれだけ時代劇に出てくる構図なんだもの、きっとよくある風景だったはず。
港の周辺は荷車が通る関係で石畳で舗装しているんだけど、雰囲気を重視して、
真砂土で施工してもらった。
無駄な固執と分かりつつ、無理を言ったのだけど
故郷の風景と言ったら、有難い事にモ組と妖精が率先して材料を探してきてくれた。
ド組の棟梁も漆喰はともかく、日本風の土壁は知らなかったらしくて、
規模の割には、物凄いこだわった町になってしまった。
建築物も、最初は早急に住まい確保を目標にしていたけど
後半に作った調味料村と加工村は、余裕が出てきて、やや凝った作りになっている。
『ど』と書かれた法被は目立つので、住人から直接要望を聞くこともあるらしく、
より使いやすいように手を入れて、村々は育ち続けている。
足りない物が多い事もあるだろうけど、この国は確実に良い感情が連鎖し始めているでも、もしかしたら
足りないくらいの方が、優しい気持ちでいられるのかもしれないね。
蔵造りの店先は、仕込んでいるもので少しデザインが違うけど
見分けるために、それぞれ日よけ暖簾がかかっている。
醤油が紫、味噌が茶色といった感じで、職人のバンダナと同じ色だ。
そして仕込み蔵に使われていない、
藍色の暖簾をかけた、一際大きな建物がトノのお屋敷だ。
暖簾をくぐり引き戸を開けると、三和土の先の小上がりに
時代劇の番頭さんスタイルのトノが座っていた。
あの囲いのついた机に名前はあるのだろうか?
この店構えでちょん髷だから、本当は殿様っぽい恰好をしてほしかったんだけど
なにせ体形が、ザ・カエル。
袖の位置を工夫して、オーダーメイドの法被を作ってもらった。
仕込み職人と同じデザインで、背中には当然『殿』である。
トノには原料の手配と発酵調味料の製造・出荷を管理してもらっている。
もちろん日々、米に合う料理の研究にも余念がない。
作り方はざっくり知ってても、じゃぁ作れるかと言われたら難しいのが日本の調味料
ここでもトノが見つけてきた、クサリタマゴダケが活躍した。
ドラゴン号にあった調味料の数々に、キノコを植えるか浸すかして酵母キノコを作り
蒸した大豆に塩を混ぜた物と、蒸した米にそれぞれ酵母キノコを混ぜたら
味噌と日本酒が出来た。
次に味噌に、醤油を吸わせた酵母キノコと、塩水を足したら醤油、
日本酒に、酢を吸わせた酵母キノコを混ぜたら酢が出来た。
それでモチ米で味醂を作ろうとしたら、これが難航して、何故か焼酎が出来た。
原因を究明すべくアロレーラに分析してもらったら
味醂にも焼酎と似たような成分が入っているようだと言うので
モチ米に焼酎と味醂を吸わせた酵母キノコを混ぜたら、ようやく味醂が完成!って
喜んでいたら
ガルムルが他のお酒も作れないかって言いだした。
「酵母がないから出来ません!」で終わるハズだったんだけど
数日後、ガルムルがとんでもない物を持ってきた。
「これから酒の匂いがする」
「これってお土産でもらった泡盛じゃない!」
藁みたいので包んであるから開けるのが惜しくって、飲まずに飾っていたヤツだ。
「美味いのか?」
「飲んだ事はないけど、火を近づけると燃えるらしいよ……」
「ほぅ」
ガルムルは凄く嬉しそうだった。
でもこれは冷蔵庫には入れてないし、カップ〇ーメンのを入れていた棚でもない
小瓶だからとリビングの棚に飾ってあったものだ……
「どうやって取ってきたの?」
「酒の匂いがした」
犬かっ!
そもそもキッチリ密封して、しかも何年も前に貰ったものが匂うのか?
…………嗅いでみたけど解らなかった。
こうして泡盛も製造する事になった。
あと納豆の製造もお願いしていて、完成したというから試食しようとしていたら
アロレーラが凄く嫌な顔をして逃げていった。
「美味しいのにー」とハルトが叫んで呼び止めていたのを見て
運んできてくれた、アカハライモリさんが笑っていた。
まだ居たんですよ。転送から漏れた子達が!
この子とかなりゴツめなオオサンショウウオさん。
ふたりとも両生類なので、トノの所で従業員として働いてもらっている。
サンショウウオさんには、くれぐれも意思表示をする虫や
トノやアカハラちゃんを食べないようにとお願いしたら、ガッカリしてたけど了承してくれた。凄いガッカリしてたけどね。
トカゲ達と違って、お肌がデリケートそうなので、ここには別の温泉が引いてある。
どんな肌にも優しい、無色透明ぬるめの単純泉だ。
落ち着いたらお泊りで日本食を食べに来よう。あくまで落ち着けたらだけど……
「そろそろガルムルを迎えに行こう」と酒蔵に向かったら、
アロレーラも居た……ってアロレーラも飲んでるの?
ガルムルは予想通り、ちょっと顔を赤くしてニコニコしている。
顔はちょっと赤いだけだけど、絶対ちょっとじゃない。
どんだけ飲んだんだ?とテーブルを見ると
日本酒、泡盛、焼酎、芋焼酎っていつ作ったんだ!
そして、何やら見覚えのあるものが………
「……ガルムルさん。これは?」
「酒の匂いがした」
またですか?いや匂いしないでしょ!
それは正月に夫が買っていた日本酒の蓋。
飲み終わって瓶は捨てたけど、毎年一本ずつ厳選して楽しんでいて
缶バッチみたいにコルクボードにとめていた。それがボードごとここにある。
洗った蓋なんて、警察犬でも見つけられないでしょ……
楽しそうなガルムルを見ながら、他に酒の匂いがするものはなかったか
必死に思い出そうとした。
せっかく来ているなら練習の成果を見てほしいと言われたので、屋台村に戻ると
机を片付けた広場でトカゲ達がダンスの練習をしていた。ファイヤーダンスである。
お隣の魚人村にフラとセットで教える事も考えたんだけど、
オチが見えちゃうでしょ?
皮膚の厚いトカゲ達は、魚人と違って安心して見ていられる。
とはいえ随分練習したのだろう。
火を吹くなんて聞いてない!
しかも口に含んでるの泡盛って、よい子は真似しちゃいけません。
ウケてるから止めちゃいけないヤツなんだろうけど……。
楽しく鑑賞して拍手して
そしてそれまで黙っていたハルトが、言ってはいけないことを言った。
「ご飯は美味しかったけど、ここってファイヤーダンスだけ?」
ハルトォォォ!彼等の魂のダンスを見た後で、ソレ言っちゃう?
それ全自治体が泣くセリフだよ!
「……そうだ!バンジーだ!」
あああああぁぁ‼
アロレーラもガルムルも「バンジーって何?」って顔してる。
トカゲ達まで期待に満ちたキラキラした目をしてるぅー!
でも『トカゲがバンジー』……似合うかも。
言葉を濁しつつ、『どこに作るかなー』と考えていたら、
不意に頭の上でガサガサ音がした。
頭の上ではジャンが地図を広げていた。
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