第63話腹ペコにいちばん近い村
ジャンは出発ギリギリまでデバミさんと、リゾート計画の意見交換をしていた。
あれ?ジップライン本気で始動しちゃう?
残るのかと思ったら、一周見て回るって。本当に魔族国って勤勉な人が多い。
整えたいインフラはまだあるけど、イレギュラーな魔王や王ではなく、
本来の住人達に、世界を返せる日は近いのかもしれない。
船に乗りヤシの木から植栽が変わると、空気も重く変わってくる。
高温多湿の密林に突入だ。
運河から見ると、森の向こうに海がある。
魚人村は海の面積が広く見えるけど、ビーチがせり出しているので
純粋に魚が回遊するスペースという意味では、海の幅が狭い。
しかし隣のエリアに入ると、途端に海は入り江のようになり、
えぐれた岩場は海水浴には適していないものの、魚には格好の棲みかになる。
そこを狙うのが岩トカゲを中心とした漁師たちだ。
元々魔族国には海はなく、この国の海は魚人と食料安定の為に作った人工の海。
当然既存の魚はいない。おまけに周囲は砂漠で、魔物の魚を食料にする他なかった。
漁師さん達には、危険な仕事をさせてしまったけど、
新開発のウエットスーツを手に入れた彼等は、確実に戦闘力を上げた。
スピードと潜水能力は魚人に分があるけど、
魚雷のように素手でマグロを仕留める姿を見るに、水中戦は国内最強である。
でもこれは大型のトカゲの話。似ているようだけど実はトカゲは種類が多い。
ヒト科ヒト属みたいな分け方をすると相当な種類がいるようだ。
見た目と特性から、泳ぎが得意・農耕系・乾燥に強いの三種類に分けて
あとは個性って事にしているけど、
個性=特殊スキルみたいな言い方をしたら、スキル持ちはカッコいいと認識されたようで、こぞって特殊スキルの開発に余念がない。
でも大抵が、叩いただけで甘いスイカが見分けられるとかである。
なので港は一つしかないけど、居住範囲は獣人村に次いで広くなっている。
二つ村の共通点は農業。
獣人村は小麦と野菜なのに対して、トカゲ村は米と豆と塩。
日本食に欠かす事の出来ない素材が、ここには集中しているのだ。
港からも見える小高い斜面に階段状に連なるのが棚田。
鏡のように空を映し、光り輝く姿も美しいけど、植えられた苗が日々大きくなり
空の青から緑に変わっていく様は、毎日見ていても飽きない心象風景である。
港には小さなヤシ葺小屋。
道路を挟んだ向かい側には、反り返った舟形の屋根が乗った高床式倉庫と宿。
そして右奥の森との境にある大きな囲いが、露天というか青空温泉。
漁業も農業も、怪我をする事があるから清潔を保ってほしいのだけど
お風呂をすすめても「水浴びはしてる」が彼等の言い分。
漁業関係者なら、確かに水浴びと言えなくはない。
でも田んぼに足首まで入る事は水浴びとは言わない。
入浴の習慣がない人に、健康と衛生を説いても、なかなか伝わらないので
彼等が思わず入りたくなってしまう、温泉を用意してみた。
選んだのはラムネ泉。肌にまとわりつく泡がくすぐったくて、汚れも良く落ちる。
泳ぐな!と言うのが不可能な彼等なので、いっそ50メートルプールにしてみた。
楽しくキレイになっとくれ。
農業エリアも広いけど、畑が一面に広がる獣人村と違い、ここは鬱蒼とした森に囲まれている。それは、収穫物が畑で採れるものばかりではないからだ。
村の中央の陽の当たる丘に棚田があり、運河の向こうの森では果物やキノコを採取、
入り江では漁業。少し離れた運河沿いで調味料を作り、その背後には松原が続く。
陶芸家の登り窯があるのもこの辺り。そこから先は乾燥が強くなる。
水が確保されるようになり塩湖は塩田へと姿を変えた。
湖の底は掃除され、炭の粉を食べさせた浄化スライムが敷き詰められたのだけど
炭色のスライムに塩が付着して真っ白になり、塩湖は嘘みたいにキレイになった。
見た目ばかりではなく水質も、植物系住人のマングローブさんのお墨付き。
彼等は日々、湖で足浴をして水質をチェックしてくれている。
この塩水を更に濾過して塩田に引き、シルフとチビメラに乾燥してもらうと塩になる
空を映す鏡のような塩田の周辺には、
ガラス工房を始め、いろいろな工房が集まっているのだけど、
ほとんどが自然の恵みを享受した産業なので、材料が手に入れやすいところに
工房兼住宅を建てる事が多く、村とは言ってもトカゲ達は比較的散らばって暮らしている。
そのトカゲ達が一堂に会する戦場が食堂である。
港のすぐ左奥には独特の割れ門があって、
門の横にあるドラをコカトリスが叩くと、戦いは始まる。
あらかじめ森周辺に集まっていたトカゲ達は、急いで門の前に一列に並ぶ。
ぶつかって怪我をした者させた者。備品を壊したものは、その日一日おかわり禁止。
喧嘩をした者は一週間禁止というルールがあって、慌てながらも整然と列は進む。
割れ門前で、どんぶりと箸か先割れスプーンを受け取り、中へ。
グラウンドのような広場には、
ナツメヤシで屋根を葺いた簡単な屋台がコの字型に並び、中央にはテーブルと椅子。
お昼になったばかりだと言うのに、広場は活気にあふれていた。
トカゲは種類が多くて好みも割れるから、アジアの屋台村をイメージしたのだけど…
「B級グルメフェアだ!」
「確かに……」
やっぱり見た事あるものしか作れません。
一番人気はルーローハン、次いでカルビ丼。
おかわりの場合は、どんぶりを空にしてから並ぶ。
米粒残しやスープ残しもアウト。
立ち食いがバレたら即座に退場になるので、みんな座ってはいるものの
次に何を食べようかと、どんぶりを抱えてキョロキョロしながら食べている。
完売となった店は、商品を渡すカウンターにかかったカーテンが閉じられる。
そういえば飲食関係者には、民族衣装を先に渡している筈なんだけどな?
岩トカゲにはタイ風の巻きスカートにビスチェ、川トカゲにはアオザイと三角帽子
乾燥地帯に住んでいる砂トカゲにはポンチョとソンブレロ。
なのにみんなシャツに腹巻にチノパン、そして頭にタオルを巻いている。
みんな異様に似合ってるからいいけどさ。
ここの住人は早食いなので、客が来たら盛るだけの、某チェーン店方式。
麺すら固めに茹でてあり、のびているのが嫌なら早く来て食べろと言われる始末。
だから麺やスープを食べてから丼ものに行くのも鉄板で、益々早食いになってしまう
半分の店が完売となった所で、もう一度ドラが鳴る。そしてそれが今鳴った。
「まずい!ご飯がなくなる!」
口に出した途端、みんな我に返ったように慌てて散会。
ハルトと二人で、ガパオライスとサムゲタン麺。ジャンは危ないので肩に乗ったままチジミを注文した。
席に着くと、肉たっぷりのケバブ持ってご満悦のガルムルと、
カステラを持って落胆しているアロレーラが帰って来た。
食べたかった物が目の前で売り切れたらしい。
その時、ドラが三回なった。完売の合図だった……
アロレーラがいつまでも凹んでいるので、シェアして食べたけど
隣でガルムルが勝ち誇ってるから尚更だろう。
そういえば魚食べなかったな。ここ漁村なのに……
おかわり競争で張り合えない場合は、丼ものより麺を狙うのがオススメ。
大食漢の岩トカゲが麺を食べるのが苦手だから。
ワニの様な皮膚で口の周りが固いから、横から麺が逃げてしまうのだ。
それに比べて、カナヘビ顔の砂トカゲは、麺をすするのも箸使いも上手い。
砂トカゲばかりではなく、麺は遠慮しがちなタイプの為の救済措置なのだ。
器が異様に大きいのも、そのため。どんぶりの上で食べて、こぼして、また食べる。
上品な食べ方ではないけど、本当に嬉しそうに食べるから誰も何も言わない。
「いっぱい食べてる気になれる」というツワモノまで居る。
そもそもトカゲは揚げ足を取るような事はしないし、言わない。
誰しも得意・不得意があるし、出来る事を褒めて、出来ない事はあえて見ない。
それは自分にも跳ね返る行為だからだ。
不完全な自分を知っているからこそ、
相手にも完璧を求めないし、出来る事を捜そうとする。
自分では弱さと感じているそれも、実は持ち味だったりするのかもしれないね。
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