第60話花と野菜とスイーツ天国
港に戻って、次の目的地は獣人村。
思い切り逆走なのだけど、松前船はすでに移動を終えているので
運河の内側を進めば、運航船の進路を妨げる事はない。
盆地のエルフ村と違い、獣人村は緩やかな丘陵地。
なだらかに続く丘は、金色の小麦と野菜の緑、油を搾るための菜種と
彩も兼ねたヒマワリが揺れている。
畑を囲うように果樹が植えられ、桜の花に似たアーモンドが彩る。
パッチワークのような畑には花も植えられ、女王国の蜂達が忙しく飛び回っていた。
「北海道?」
「やっぱり国内にしか見えないかー」隣のハルトに早速突っ込む。
民家は畑の間に点在し、担当の畑や作付けを受け持ってもらっている。
前世なら連作障害を考えるところだけど、妖精のおかげでそんな心配もない。
その為季節感が、かなり微妙なのだけど、収穫が上がっているので良しとしよう。
特にポーちゃんは村人と仲良しで
種を植える後ろから、阿波踊りみたいに踊りながらついて行き、
ひと畝植えて振り返ると、もう芽が出ている。
雨とは別にアクアが水を与え、チビメラがポカポカと見守る。
魔族国で、一番妖精に祝福された村である。
唯一の難点は、ポーちゃんが踊りまくる事。
足元で踊られると、踏みそうになるけど、意外と俊敏なので踏まれない。
逆にウエットタイプのポーちゃんが作り出したぬかるみに、
こちらが足を取られて転んだり、滑ったりして泥だらけになるのだ。
ちなみに獣人村の道路は、水路と運河周辺以外は舗装していない。
転ばされたとしても、豊穣をもたらすポーちゃんの希望を住民が優先したからだ。
イタズラを受容できる、優しい人達がここの住人なのだ。
港の隣が食堂。出入り口の上に、三角の切妻屋根を乗せた素朴な建物は、
葡萄棚のテラスつき。隣には物見台のような鐘楼もある。
野菜はもちろん多いけど、欧州料理を思いつく限り揃えてみた。
スープだけでもミネストローネにボルシチ、豆のスープ。
魚人村と隣り合っているので、
ブイヤベースやパエリア、アヒージョにアクアパッツァも食べられる。
魔鯛の香草焼きもオススメ。
タイなんていたっけ?と気づいた人は凄い。
最近小魚魔族から、思い付きで捕食魚を増やすなと怒られた。
以前、北山を作るかどうかで妖精が駄々をこねた時、巨大化した野菜が食べきれず、
保存食を作ったのだけど、その時に中心となって動いてくれたのが獣人村だったので
そのまま食品加工に携わってくれている住人も多い。
酢漬け、塩漬け、油漬け、ドライフルーツ、水煮、キムチに梅干まで
国内生産できる保存食は、思いつく限りを作っている。
保存もきくけど、料理が苦手な村では常備菜として食べられているので、
添え物としても重宝されているようだ。
それと国内向けには、保護村への輸出と言っているけど、
一部、有事の際の備蓄用としても、こっそりストックしている。
オリーブは収穫量が少ないので、今は塩漬けと油漬けのみだけど
試しに抽出した油をナンナに試食させたら、すぐに量産願いが提出された。
シルフが美味しい実をつける木を、スカウトしに行ってくれているので
きっと間もなく移住してきてくれるだろう。
野菜屑や搾りかすは『シルフ式コンポスト』と呼ばれる堆肥場で乾燥し、
タマゴクサリダケの粉末を混ぜて熟成。
シルフによって畑や、お腹が空いている木に届けられる。
他の村でもこの方式を取り入れたら、森が豊かになり、魚が大きくなったらしい。
最近は妖精まで仕事を任されるのが楽しくなってきたようで
イタズラも減って、いい事ずくめ。
本当の豊かさって、ひとりで抱える物じゃなくて共有するものなのかも知れないね。
ここには養鶏場もあるのだけど、納屋と言うより温室に近い、不思議な形をしている。なぜなら元々この建物は
リサイクル窓枠を組み合わせて、アオジタ達が作った育苗場だから。
当初、作物の生育を心配して作られた育苗場だったけど、
問題なく育つことが分かったので、養鶏場にリフォームされたのだ。
見様見真似で作ったので、細かい梁や柱が多いのだけど、
それがニワトリの止まり木に丁度良かった。
窓枠はガラスだけが外されて、代わりに風と光を通すネットが張ってある。
このネットはウエットスーツを開発した時に、
ジェニファーが食べまくったプラスチックの副産物。
光も風も通し、ニワトリが突っついたくらいじゃ破けない。
微妙に色も違うので、遠くからは薄い布のパッチワークにも見えて、農村に花を添えている。
柵で囲まれた施設は、酪農とは違ったのどかさだ。
ニワトリは元々、人族の村で飼われていた子達で、保護した当時は痩せて元気がなかったけど、今はふすまや米ぬかを敷き詰めた運動場を走り回っている。
走るニワトリをシルフが追いかけたり、卵を捜したりするので、
それも彼等の仕事として任せる事になった。
何故かひとり、ニワトリを気に入ってしまったポーちゃんがいて、
一緒になって走るので、運動場の土が肥え、ミミズがとても増えてしまった。
そしたら新鮮なミミズの噂が、モグラの土木集団『モ組』で広がり
いつの間にか地下に食堂が作られたらしい……。
ネズミ用の小型家具の発注が来て、初めて気づいたんだけど、
把握しきれてない生態系がいっぱいあるんだろうなぁ…
ちなみに米糠まみれのポーちゃんは『キナコ』と呼ばれるようになった。
働き者には楽しみが必要!という事で
エルフ村でワインを作っているように、ここではラム酒を作っている。
西の国でネズミが見つけた、良い香りのするお酒というのがコレだった。
蒸留所を、丸ごと解体・移築して、
原料のサトウキビは隣り合う魚人村との境目で栽培している。
操作方法はドアーフに委ねられ、ドアーフ村あげての研究となった。
彼等の熱きのんべぇ魂は、ザントマンが増員される程だった。
今までは貴族の為の飲み物だったお酒が、自分達で作れて、しかも飲み放題。
抑圧され続けた彼等にとっては、まさに勝利の美酒だったのだろう。
そして酒好きにはストレート、お酒に弱い人の為に果実酒が開発されて
ワインコインならぬ、ワンベリルで利き酒が可能。
もちろんジュースもあるけど、ラムはデザートの香りづけにも使われたため
瞬く間に獣人村は、スイーツ天国になった。
崩さず食べるのが大変なほど、山盛な果物のタルトやパフェ。
素朴なアップルパイに、しぼり過ぎモンブラン。
試行錯誤のチョコレートは、苦い物から甘すぎる物まで食べさせられて
今ではツヤツヤのオペラまで作れるようになった。
週末の屋台ではグレタのジャム屋さんが出店して、
クレープ・ワッフル・パンケーキのどれかを、果物とクリームが乗ったお皿に
お好みのジャムを添えて出してくれるのだけど、
商品の感想を聞きたいグレタが、いろんなジャムをお試しで食べさせてくれるので
腹ペコさん達に大人気。
でもそのせいで、顔中ベタベタになったトカゲやワイルド獣人が、
よく蜂に追いかけられている。
そんな時はお風呂に直行。トロッとした乳白色のお湯は溶けそうな程気持ちがいいよ
エルフ村の民族衣装が好評で、要望が上がった村ごとに用意しているのだけど、
花と緑の獣人村は、民族衣装も花だらけにしてみた。
白のブラウスに黒のジレ、そしてカラフルなスカート。
大きな花柄の刺繡があちこちにちりばめられ、頭には花冠だ。
観光客は花冠がプレゼントされ、豊かな村は花に囲まれる。
ミミッポさんは国内で一番人数が多いので、大人数が省スペースで踊れる
フォークダンスでお馴染みのタタロチカを覚えてもらったら、最近は妖精達まで加わるようになった。
てんこ盛りヨーロッパで申し訳ないけど、良いとこ取りという事にしていただこう。
陽気な美食の村に満足していたら、ヒマワリ畑を眺めていたハルトが
「ヒマワリの迷路とか面白くない?」と言ってきた。
確かに、やってる観光地ありますねぇ……と、なんの気なしに顔を上げたら
アロレーラと談笑していた村長のバーキンが「それだ!」って顔してる。
ジャンにいたってはメモ取ってる。
だからガルムル!勝手に試飲しない!
女神も真似してジュースがぶ飲みしない!移動中にトイレないからね!
ちなみに魔族国のトイレは水洗。
みんなが集まるかけ流し温泉の近くはモチロン、施設や村のあちこちにも水を引いた
共同トイレがあって、村ごとにある浄化施設に流れていく。
沈殿池には炭を食べさせた浄化スライムが沈めてあって、スライムが有機物を食べ
濾しとられた水は川に戻される。
スライムは育ち切ると八つに分離し、沈殿池の底近くにあるトンネルから押し出され坂道のトンネルを転がり落ちていく。
魔族国の地下にはマグマ溜まりがあるので、地下に行くほど地熱が高い。
スライムは転がりながら乾燥し、やがて最小サイズのわらび餅になって
軍隊蟻のパトロール場所に転がり出る。
その後軍隊蟻から、モ組のサバクキンモグラを経由して、
スライムは砂漠の表面まで運ばれる。
浄化スライム、もとい肥しスライムは、水分と良質な肥料を含んだカプセルだ。
やがて厳しい砂漠の気候で、スライムは溶けてしまうけど、土の成分は残る。
ここまでしたのには訳がある。
実は以前シルフが持って帰った苗木に、結構な数のバオバブがあったのだ。
神様が引っこ抜いて逆さに植えたと言われるバオバブ。
画像でしか見た事ないけど、乾燥地帯にどかーんと生えてたイメージがあったので
ポーちゃんにお願いして、造園用の木のように根っこに土をつけて麻布巻いた状態で
砂漠を流れるマグマプールの外側に植えたら、なんとか根付いてくれた。
でも生えていたのは、砂砂漠ではなかった気がしたので
サバンナ化が出来ないか、実験中なのである。
ポーちゃんの土が良かったのか、肥しスライムで土が増えたのか、国内で妖精が踊り狂ったせいなのかは分からないけど
とにかく外輪山の外側は、それぞれが「世界樹様か!」ってくらい立派なバオバブの木が量産された。
地面も乾燥しているけど砂ではなく、砂っぽい土。
試しにナツメヤシを植えたら、これも根付いたので土質も変わってきているようだ。
『暇が出来たら、サボテンでも育てるかなー』と思っているけど、出来るのか暇?
とりあえず、シルフにでも相談してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます