第59話わらび餅の怪

今まで何となく共生していた同士が、国になった途端に市民権を得たり

食べ物認定されるようになった。


そんな中、微妙な立ち位置になってしまったのがスライム。

話こそ出来ないが、実は生活に不可欠な生き物なのである。


これはそんなスライムと研究スタッフ達のお話。



「…おはようございます……スライムのお届けです……」

「ご苦労様」


台車にスライムを乗せて運んで来た幼馴染のウェブリューが、

ゲッソリした顔で研究所に現れた。

港から手伝いでついてきた川トカゲが、気の毒そうな顔をしている。


「アロレーラ、何でスライムが、こんなにデカくなったんだ?」

「妖精が増えて、土の養分が増えたからでしょ」


スライムは有機物を食べて発生するのだが、エルフ村では溜め池に住んでいる

馴染みのある生き物だった。

彼には村の溜め池から、実験に使うスライムの搬入をお願いしている。


「それにしたって……」

ウェブリューが気味悪そうに言うのも分かる。

確かに少し前までは、手のひらに乗る程度の大きさで、池から網ですくえたものが、

今や投げ網で捕まえて、集団で引き上げなくてはいけない上に、

胴回りはエルフ三人分もある。


最初からこのサイズだったら、私も気軽にお願いしなかったし、

ウェブリューだって引き受けなかっただろう。


そして小さいものを運ぼうとしたら、

いつの間にか合体が出来るようになり、とんでもなく大きくなってしまったのだ。

ウェブリューには申し訳ないが最大サイズを運んでもらい、小さくして使用している


魔王様が以前いらした世界のスライムは、合体するのが当たり前だったらしくて

そのうち話をする奴が出てくるかもしれないと言っていた。

でも生活と切り離すのは、すでに難しそうなんだが……


「スライムの養殖も始めたし、無事に増えれば運んでもらう必要もなくなるから

もうしばらく頼むよ」

そう言いつつも、ため息しかでない。また今日も、コイツとの戦いが始まるからだ。



その時、裏庭から悲鳴が聞こえた。

窓から覗くと大型スライムを、研究員が取り囲んでいて

スライムのすぐ傍に、真っ黒になった研究員が倒れていた。


<インクスライム>


「お前、昨日は飲んでくれただろー!」男性研究員はキレ気味に叫んだ。


タイプライターのインクとして、期待されているインクスライムを作るべく

スライムにあらゆる黒いものを食べさせているのだが、

コイツらは何でも口に入れるクセに、気に入らないと吐き出す。


たった今、昨日は喜んで飲み込んでくれたイカ墨を、量を増やして与えてみたのだが突然噴き出して、飲ませていたスタッフが墨と一緒に吹き飛ばされた。

ちなみにスライムは食べた物の色に変わるが、吐き出すと半透明に戻る。


「わかった!じゃぁ今度は食べ物にしよう!」そう言って

研究員は数人がかりでスライムを引き延ばすと、引き出し状に広がった口に

バラバラと黒い板を入れた。


「乾燥昆布ならどうだ?」

スライムはモグモグしている。このまま真っ黒に染まってくれれば良いのだが……


今度は大丈夫か?とスライムを覗き込んだ途端、

ズンッと昆布が飛び出し、囲んでいた研究員達は、

ハリセンで殴られたかのように、空高く弾き飛ばされた。


しかし、こんな事で負けていたら研究員は務まらない。

研究員達は再びスライムを引き延ばすと、麻袋の中身を入れた。


「だったら黒豆ならどう……」

言い終わらないうちにスライムは、マシンガンのように黒豆を吐き出し

研究員達は蜂の巣にされてしまった。


アロレーラは隣で青い顔をしているウェブリューに声をかけた。

「裏庭にナースを連れてきてもらっていいか?私はスライムを回収するから…」



新種のスライムを作るために、いろいろな物を食べさせているが

スライムによって好みがあるのか、食べなかったり、

逆に特定のスライムじゃないと生成出来ない物まである。その代表が石鹸だ。


<ソープスライム>


茹で上がったスライムに、

オイルと油脂と灰汁、ハーブ、塩、小麦粉、蜂蜜を飲ませて

ひたすらボールを床に打ち付けるようにダムダムし続けると、

バター状の石鹸が出来る。

このダムダムが速く激しいほどキメの細かい石鹸になる。


ダムダムに耐えられるスライムと材料があれば量産可能なので

現在ダムダムスライムを捜すため、

バイトのトカゲが中腰で、ひたすらダムダムに興じている。

半魚人からも希望者が出ており、人気の職業になりそうだ。


生産の目途が立ち次第、南部に工場が出来る予定なのだが

魔王様は『タイイクカン』を作ると言っていた。『タイイクカンとは?』



開発されるスライムは、スライム自体を変質させるものと、スライムで加工するものがあり、その過程で成分を調べるテスターとしての役割もスライムが担っている。


魔王様は『成分分析』と軽く言ってくれるが

テスタースライムで、これを調べるのが、非常に根気のいる作業なのだ…


「なんで出来るって言ってしまったんだろう」

出来なくはない、ただ簡単ではないのだ……


<テスタースライム>


研究室の扉を開くと、通路を残して何台も並べられたテーブルの上に

小さなテスタースライムがびっちり並んでいた。さながら、わらび餅製造工場……


このスライムに検査対象を触れさせると、伸びたり縮んだり、棘のようなものを伸ばしたりするので、その反応から近しい成分を予測するのだけど

エルフが代々調べた、膨大な資料と照らし合わせる必要がある上に

スライムにも個性があり、全部が同じ反応をするわけではないから

必然的に検査数が増える。


こうして薬や技術を残してくれた先祖には本当に頭が下がるが

現在、担当スタッフ全員が、虚ろな目で作業を続けている。

発見や気づきが必要な仕事だが、この作業に関しては考えてはいけない。

心を無にするのだ。


扉の前でため息をついていると、甘い香りのスタッフが後ろを通った。


<パックスライム>


「…………それは?」

「これですか?新開発のパックです。

ハチミツ由来の成分を飲ませたスライムを薄切りにして貼っています」


「肌が綺麗になりますよー」とスタッフは言ったけど

誰だかわからないほど、顔がつぶれて引き延ばされている。

とりあえず息が出来ているようで良かった。


「いろんな種類を試しているんですよー」と隣の部屋に誘うので、ついて行くと

全員が色とりどりのパックをしていて、全く顔がわからない。

耳の形でエルフか獣人かが見分けられる程度だ。

おまけに全員、巻貝のような髪型……


「……あの髪型は?」

「ヘアトリートメントの実験中です。

今日はルーヴさんも実験に参加してくれていまして……」


すると、突然背後でヘドロが立ち上がった。

驚いて飛びのくが、スタッフは落ち着いたものだった。


「あぁ、ルーヴさん。そろそろ流しましょうね」

「‼‼‼‼……ルーヴ⁈」


ルーヴと呼ばれた樽入りスライムは、台車に乗ったまま何処かに行ってしまった。


『あれは本当に、私が知っているルーヴなのだろうか?』

そう思って見送っていると、爆発音がして壁の一部に穴が開いた。


驚いたスタッフが悲鳴を上げるが

パックしたまま叫ぶ顔の方が、余程コワイ……

しかも叫んだ顔のままパックが歪んだらしくて、パックの顔はずっと怖いままだ。


「すみませーん。

スライムの弾性を調べていたんですが、飛んで行っちゃって……」

ラバースライムだった。


「派手に壊したなー」

背後から楽しそうな声がして振り返ると

いつの間にか、全身うるツヤのルーヴが立っていた。


「コレ、なかなか良いぞ。お前も試してみたらどうだ?」

指先でくるくる毛皮を巻きながら、ルーヴはご機嫌だったが

先程のヘドロスライムを見た後では

「…………考えとく」としか言えなかった。


様々な恩恵を与えてくれるスライム。

だが、開発者の苦悩は続く。



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