第58話チーズとワインとフラメンコ
中央広場の視察を終えて、船の手配をしていたら、
ハルトと女神がやって来たので、五人で出かける事にした。
乗り込むのは直送船。
最近忘れがちだけど有事なので、そこは時短で行く。
今日の荷物は届け終わったという船があったので
手の空いているネズミに船頭をお願いしたら
連絡を受けたジャンがやってきて、視察に加わることになった。
森の中の運河を直送船は滑るように進む。
倉庫群を抜け、約束通り最初の目的地はエルフ村。
エルフ村に向かう支流には、まだ建設中の加工村がある。
施設を優先したため、ここで仕事をする者のほとんどが
近隣の村から通っている状態なのだけど
雇用人数が多いので寮と、ファミリー向けの住宅を計画している。
力仕事が多いので、ほとんどの住人がミドルサイズから大柄さん。
だからなるべく同じスペースを共有できるように心がけている。
例えば食堂には、エルフは椅子を使い、サイクロプスは掘りごたつに座ると
一緒に食事が出来るテーブルがあったり、
広場には体格差があっても並んで座れるベンチがあったりする。
おおらかな魔族国民は、あまり気にしていないようだけど
それとなく一緒に出来るを増やしておくと、サイクロプスは嬉しいみたいだ。
加工場の間を抜け支流を進むと、エルフ村の港が見えてきた。
丘の上には三角屋根の塔が乗った、教会風の建物があって
その周りを豊かな森が囲み、港のある湖を見下ろしている。
港に倉庫があるのは他の地域と同じだけど
エルフ村は丘を回り込むように支流が続いていて、そのまま川は集落に引き込まれている。つまり港から、直接集落が見えないようになっている。
今でこそ随分慣れてくれたけど、
警戒心の強いエルフに利便性を説いたとしても
おいそれと乗り換える訳にはいかないのだろう。
最初は港だけでいいと言われたけど、何も手を入れないのも申し訳なくて、
丘の上にランドマークを建てさせてもらった。
でもアレもお宿とコカトリスの鐘つき塔なのだ。
「どっかで見たような気がする…」
…………やはりハルトには気付かれたか。
国と言っても村を持つのはエルフとドアーフだけ。
そんなほぼ更地から始まった国造り。せっかくだから地域ごとの特色を!
なんて風光明媚なところを真似たかったんだけど、
前世での海外経験は新婚旅行の一回きりなんだよね。圧倒的経験不足。
だから海外を真似たというより、海外を模倣した国内施設を参考にしたが正解。
二度目が異世界なら、次こそはナーロッパに本気で行ってみたい。
『きっとナーロッパを作れる人は、渡航経験多いんだろうなぁ……』なんて
現実逃避をしているうちに、船は港に到着した。
さっそく丘に登り、見下ろすと小さな盆地にあるエルフ村が見える。
対岸の山の麓には、赤い屋根の厩舎がならび、大きなサイロが端に建つ。
左の山には茶色い牛が、中央の山には羊がいるところを見ると
上手に棲み分けているのだろうか?
羊たちより低い所で、牧羊犬に似たクー・シーが忙しく走り回っていた。
右奥の斜面は一面の葡萄畑。
その山裾を湖から引き込んだ川が、撫でるようにカーブしながら運河まで続いていく
川沿いには民家が集まり、それがまた景色の一部のように馴染んでいる。
引き込まれた川には集落用の港もあって、交易倉庫からは遠いけど
昔からそこにある、エルフ村の中心部まで物資を届けられようになっている。
今までの生活を否定する気はないし、
エルフさん達の伝統の暮らしを守りながら、技術でテコ入れをしている感じなので
加工村より余程牧歌的な雰囲気だ。
それに盆地の地形こそが、エルフ村の美味しいワインを生むのだ。
放牧山と葡萄の斜面の麓には、鍾乳洞の入り口のような半分山に埋もれた建物があり
それがエルフ村自慢のチーズカーヴとワインカーヴ。
手前の建物が加工場で、奥には石灰岩の洞窟があり、天然の熟成庫になっている。
薄暗い洞窟にワインの大樽や、チーズが並ぶのはなかなか本格的。
先人の知恵と言いたいけど、実はこの洞窟にもキラメラの手が入っている。
元々の山に石灰岩の成分を混ぜて土壌を改良して、その下に石灰岩洞窟を作ったのだ
実際にこの条件を満たした、ワインとチーズの産地は多くて
同じ条件で生まれたからこその、運命的なマリアージュなんだよね。
やりたい放題で申し訳ないけど
美味しいものが食べられて、妖精も喜ぶから誰も文句はいわない。美味しいは正義!
そして警戒心の強いエルフさん達が、その論理に気付く頃合いを見計らって
チーズ工房にふたつ、大変革を与える物が持ち込まれた。
ひとつめが、トノが持ち込んだ発酵を促すキノコ。クサリタマゴダケである。
名前の通りの臭いを放つキノコなんだけど、完成品のチーズにこのキノコを植えて
一日置くと、キノコの臭いがチーズの香りに変わり、
未成熟のチーズに植えると、通常より早くチーズが熟成する。
ふたつめが我が家の冷蔵庫とリンクしている、レッドドラゴン号の冷蔵庫のチーズ。
常備していたのは、クリームチーズ、チェダー入りパルメザンチーズ。
そして加熱すると溶けるチーズだ
前世のチーズにキノコを植えて一日置き
完成品のチーズに植え直し熟成が進むと、味の再現ができたのだ。
見慣れた筒に入った粉チーズは、キノコを粉末に埋めたら、
削るタイプの本格パルメザンに!
残念ながらチェダーのみを取り出すことは出来ていないけど
味は変わらないのに、見た目が変わると美味しく感じるから不思議。
そして加熱すると溶けるチーズは、スライスしたら同じように使えた。
これにはみんな驚いていた。伸びるって衝撃的だよね。
そして、この方法は葡萄にも応用出来たのだ。
自宅に保管してあった、赤のフルボディと白のデザートワイン。
これは冷蔵庫には入れてなかったんだけど、なぜかドラゴン号の棚から出てきた。
というより、お酒に目がないガルムルが匂いを頼りに探したらしい。
オーパーツ扱いのドラゴン号が、
パラレルワールドにつながっている疑惑まで出てきた。
ガルムルには、なにが起こるか分からないから、棚に入るなと言っておいたけど、
入るだろうな……一応ナンナにも叱ってもらった。
そして秘蔵ワインをコップに注ぎキノコを差して一日置くと、
やっぱり香りが変わったので、そのキノコを大量に葡萄の木の周りに植えたのだ。
絞れてないので結果はまだだけど、
植えたキノコの種類で、収穫前の葡萄の味が既に変わっているようだ。
ワイン好きのアロレーラの采配で、葡萄畑の区画を分けて、三種の葡萄を栽培中。
収穫が本当に楽しみだ。
港の近くには他の村と同様に、食堂兼浴場がある。
出される食事はご当地食材のチーズ料理や乳製品が多い。
パスタに、スープに、キッシュに、フォンデュ。
フレンチトーストもいいけど、
クリームチーズとスモークサーモンを挟んだ、ベーグルもオススメ。
チーズケーキとティラミスを常備。
スフレにバスクにレアチーズ。どれがあるかはお楽しみ。
甘いのが苦手な人には、ワインとチーズ、生ハムをご用意しました。
エルフ村の伝統チーズはクセが強めで、ワインとの相性バッチリです。
厨房はコック服だけど、売店や屋台のスタッフには
白のブラウスに鮮やかな刺繍の入った黒いエプロンスカートか
シャツにパンツに刺しゅう入りのジレを着てもらっている。
エルフ村に刺繍が得意な人がいたから、民族衣装に即採用!
本人も自分の刺した刺繍を仲間に着てもらえるのが嬉しかったようで
他にも小物を作ろうかと張り切っている。
お土産コーナーでは銀細工も販売中。
ここの浴場にも当然温泉が引いてあって、泉質はピーリング効果の高い酸性泉。
ちょっと刺激のあるお湯は、お肌をツルツルにしてくれる。
接客スタッフを始め港周辺は、転送で帰って来た人達が主に働いているんだけど
いくら警戒心の強いエルフでも、美食と健康と美容効果には抗えず、
古参エルフ達も顔を出し始めているようだ。
そして、気が付くと流行っていたのがダンス。
貴族の余興を覚えていた人がいて、ウツボカズラさんのタップダンスに似ていたから
ジェニファーにお願いしてフラメンコ風のドレスを作ってもらった。
美しいドレスを見せたら、若いエルフさん達はすぐに集まってきてくれて
スカートの翻し方を教えただけで、あっという間に情熱のダンスにしてしまった。
伴奏はリサイクル作戦で見つけてきた弦楽器。
誰も曲も弾き方も知らないけど、歌やダンスが生まれる環境って
大抵は仲間同士の工夫や楽しみの中から、自然発生するものだから、
独自の文化が生まれてくれてば良いと思う。
『働くと楽しむはセットにしなくちゃね』とひとり満足していたら
ハルトがとんでもない事を言った
「ここって遊ぶところ無いの?」
「乗馬と雄大な自然があるでしょ」
「じゃぁ、ジップラインは?」
…………確かに集客考えると、大人も子供も楽しいを目指すべきだよね。
でもエルフさんですよ?むしろ魔法で飛んでほしくない?
考えを巡らしていると、ふと視線に気が付いた。
アロレーラとジャンが『ジップラインって何?』って顔してる。
いやいや、伝統を重んじるエルフさんですよ。
村長がそんなワクワクした顔してどうすんの!ってアロレーラを構っている間に
当たり前のようにワインを飲んでるガルムルさん。
ジャンはチーズを批評中。
女神もハルトもジュースをもらってるし…ケーキまで出てきちゃった。
作るのはいい。でもどうせなら、みんな楽しめるモノにしたかった。
「サイクロプスは体格的に難しいでしょう?」と言ったらガルムルが
「出来ない事はないだろう」って、出来ちゃうんだ……
また計画練らないとな…。
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