第56話自給率200%

小運河にそって並ぶ加工村。

その一大拠点がエルフ村に続く支流の両岸にある。


フェンリル村に近い方が、精肉部門。

獣人村に近い方が鮮魚部門である。


スタッフは場所の関係もあって、ワイルド獣人、ミミッポ、エルフが多いけど

力があり手先が器用なサイクロプスと、運輸に携わるトカゲ達も顔を出す。

ここは中央に次いで、いろいろな種族が混在しているエリアでもある。



仕事は大まかに、ワイルド獣人が力仕事と冷蔵庫担当。

主にミミッポとエルフが加工と品質管理を行う。


肉と必要部位は各村用と加工用に分けられ、皮と牙はクラフター、

それ以外の部分は女王国に冷凍して出荷される。


軍隊蟻はタンパク質ならなんでも食べるらしくて、

国内だったら肥料か飼料にするしかない部分にも需要があるらしい。


そして冷凍技術は、先日発見された、

雪だるま妖精のジャックのお陰で飛躍的に向上した。



冷凍室は、キラメラに隆起させてもらった丘に、カマボコ状の溶岩トンネルを作り

アクアとシルフとジャックで氷穴にしてもらった。


天然のクーラーを作ってくれたまでは良かったのだけど、そこは妖精。

気ままに氷柱や氷瀑を作ったり始めたので、

貯蔵エリア以外なら好きにしていいと言ったら

ちょっと目を離した隙に、冷凍マンモスが出てきそうな巨大洞穴になっていた…。

いつもの事ながら、イタズラのスケールがデカい。


一応気を使ったのか、高い所に追いかけっこスペースを作ったらしくて、

シルフが飛び回るから、程よく冷えて乾いていた。

とりあえず冷蔵庫として申し分ないようだし、洞窟の奥は冷凍庫としても使えそうだったので、あえて見なかったことにした。


なんだかこの国にいると、物事を最大限いい方に考えるスキルが身に着く気がする。

まぁ冷えすぎた結果、冷凍庫は毛皮持ちのワイルド獣人が担当になったのだけどね。



そしてこの加工場で、以前トノが持ち込んだ謎のキノコが味に革命を起こした。


アロレーラに調べてもらったら

似たような成分が見つかったと言われ、見せられたのは

ドラゴン号から出てきた昆布と干し椎茸。

試しにキノコで出汁を取ってみたら、相当うまみ成分が強いキノコだった。


それでこの『旨味キノコ』を

シルフが飛んで遊びまわる冷蔵エリアの床に植えたら、空気がかき混ぜられて

うまみ成分が肉に付着し、熟成肉になる事が分かったのだ。


枝肉の場合は冷蔵エリアで熟成させて、程よく水分が抜けたら

切り分けて冷凍して出荷。


ハムとベーコンは塩水で味付けをして

ウインナーは味付けをした挽肉を腸詰にして、燻製室へ。


燻製室の担当妖精は、チビメラ・アクア・シルフ。

シルフは精肉スタッフと同じコック服に赤いエプロンをつけ

ウインナーが乗った帽子をかぶっている。


桜チップにチビメラが引火し、アクアが湿度調整、

シルフが部屋の空気をかき混ぜて肉に火を通し、冷蔵エリアで熟成させたら完成。


奴隷時代に精肉に関わって、肉をくすねた事があるという者も

製法は変わらないのに、うまみが全然違うと言っていた。

恐るべし、旨味キノコ。



それを見て鮮魚部門に火が付いた。

何となく青いエプロンを用意したのが競争心を煽ってしまったようだ。


鮮魚は魚の種類によって加工が変わるので、作業が多くて複雑。


まず運ばれてきた魚を、種類ごとに分け、

刺身用の魚は柵にして冷凍。

それ以外は二枚か三枚におろして、冷凍したり干物にしたり。

魔イワシはオイル漬け、酢漬け、ツミレになった。


これだけで漁村の主要産業並みなんだけど、「地味なの~‼」と妖精が騒ぎ出した。

慌てて昆布の仕分けをお願いしたら、さらに泣き出した。


いつの間にか妖精が、肉派と魚派に分かれていたらしく

「このままじゃ負けちゃう!」みたいな事まで言いだした。

そして指さす先には、頭にソーセージ乗せた、ドヤ顔の燻製係。


別に競争しろとは言ってないんだけど……

でもクオリティーを上げたいと言うならやりましょう!禁断の鰹節作り!



でも鰹節は思い付きで出来るようなものではないので

諸々の道具をドアーフに依頼しないといけない。


案の定ガルムルは、面倒という顔をした。

でも鰹節の副産物で、酒盗が出来ると言ったら食いついた。


「酒のつまみか⁉」

「日本酒のベストパートナーです!」


そう言うと、開発中の道具を放りだして行ってしまった。

さすがにガットとアロレーラも呆れていた。


鰹節用に召喚したのは、魔ルソーダというカツオ。

スピードが速いうえに群れで泳ぐので、

網で捕まえようとすれば、即座に網がズタボロになる。


素手や銛でも集団体当たりでボコボコにされるので、一本釣りが基本だけど

釣り竿だからって油断してはいけない。

奴らは例え釣られても、飛び掛かってくるからだ。


そうやって海に落とされ、国を半周近く引きずられた岩トカゲが

サイクロプスの漁師の網に引っかかり、救急搬送されてきた事もある。

そんな漁師さんの苦労を丸ごといただくのが、日本食には欠かせない鰹節。



鰹節はまずお腹を落として籠に並べる。

切った部分は塩水で洗って酒盗の材料にする。


巨大な釜に籠ごと入れて、沸騰しないくらいの温度で芯まで煮る。


温度確認のために、アクアとチビメラが一緒に釜茹で状態なんだけど

アクアは煮えたりしないのだろうか?

姿が闘魚のベタに似ているだけに非常に気になる。


茹で上がったカツオは、今度は籠ごと水につけられて骨を抜かれる。


シルフが「やりたいの~」と言うからお願いしたら

何かのスイッチが入ってしまったようで、奇声を上げて骨を抜き出した。


シルフのサイズだと抜き取った骨が、

刃物を振り回しているようにも見えて、妙に猟奇的。

人形が動く系のホラーを思い出す。


骨を抜かれたカツオは、再び籠に並べられ、今度は燻製部屋に運ばれる。

妖精がやりたかったのは、たぶんコレ。

コック服に青いエプロン。帽子には鰹節をのせて、鼻息を荒くしている。

そして薪に火がつけられ、チビメラの熱とシルフの風で燻される。


すっかり水分が無くなったら、ミミッポが削って磨き

その後で、こちらもトノが見つけてきた発酵を促すキノコを粉末にして

カツオに振りかけたら、今度は熟成部屋に入れる。


旨味キノコがびっちり生えた熟成部屋で、アクアとチビメラが

湿度と温度を管理しながら、一晩一緒に寝ると完成。


どれだけ美食への情熱があったら、この作り方に行きつくのだろうと

テレビで見た時は思ったけど、

この複雑な過程を、妖精の手も借りずに数百年守っているところが

日本人の食への執念のように思える。


一見作り過ぎのようだけど、最近は国内だけではなく保護した村にも出荷している。

自立を促したい所なのだけど、魔族が直接指導に入る訳にもいかず

不安と混乱からか、治安が悪化しているのが実情。

そんな中、すぐ食べられて保存がきく加工品は理にかなっているようだ。



こうして作られた物は箱詰めされ、港を経て各村に送られるのだけど

食中毒対策にクーラーボックスも開発した。


断熱材が欲しかったので、試しにキラメラに

「アスベストってある?」って聞いたら

数人が「あれねー」って顔をして取に行こうとしたので全力で止めた。


聞いたのは私だけど

そんなテーブルの醤油を取ってもらう感覚で、有害物質を持ってこられても困る。


聞きたかったのは、ガラスをアスベストみたいな繊維状に出来ないかという相談。

欲しかったのはグラスウール。

家の断熱材でお馴染みだけど、高機能クーラーボックスで使用されている物もある。


質感に苦労したようだけど、数時間後には完成して

『褒めて!』って顔して集団で来たので、思い切り頭を撫でてあげた。

最近、こういう褒め方をすると喜ぶので、

キラはともかく、メラを撫でるために皮手袋を常備している。



入れ子状態の大理石に、グラスウールを敷き詰めて蓋を乗せたら完成。

接合部はキラが舐めて、接着した。


ただ一週間分ともなると、業務用冷蔵庫を寝かしたくらい大きくて重いので

調理場の隣に、氷魔法を付与したパントリーを作って、

冷蔵はパントリー、冷凍は床下のクーラーボックスみたいに使ってもらう事にした。



つまみ食いを禁止したら、トカゲ達はおやつを求めて、率先して森に入るようになり

フェンリル族は、

こづかいで買った骨付きハムを、友達に食べられた等のトラブルが続出し

名前を書かなかった場合は、拳で語り合う事になったらしい。


そして名前が書いてある物を食べた奴は、

ルーヴが行っている戦闘模擬訓練の助手に指名されるのだが、

内容がほぼプロレス興行なので、他の村から週末開催の要望が出ているそうだ。


クーラーボックスの使い方は、生鮮食品を収めた上に

氷魔法の魔法陣が描かれたアイススライムを乗せて、蓋をするだけ。

一週間は保冷が可能で、スライムは凍らせれば再び使える。


凍った食品も妖精に頼めば、すぐに解凍してもらえるし

これで食の安全性が確保された。


難点は蓋がすっごく重い事…だったんだけど

ドアーフも獣人も、エルフでさえも難なく開けてしまった。


開けられないのは私と妖精くらい。

そしたらナンナが「イタズラされなくていいって」喜んでいた。

私はつまみ食いしないってば!













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