第55話デザイナーズハイ
「…まだ夜かー」
夢の中で斬新なデザインを思いついたのだけど、朝の気配がまるでしない。
寝静まった闇の時間。
「かと言って、朝まで覚えていられる自信もない…」
フェンドゥリルは、かきあげた髪を長い耳にかけた。
ベッドから抜け出して、カーテンを開けると
食べかけのピザのような月が、一番高い所から降り始めていた。
ここは縫製工場の裏手にある宿舎。
中央で働くほとんどの人が、ここに住んでいる。
標準的なこの部屋は、ベッドと机と服をかける棚まである。
一人部屋なんて、奴隷時代には考えられない環境だ。
ちなみに魚人はベッドの代わりに水場が
コカトリスの部屋には止まり木があるらしい。
机の上にあるカンテラを指ではじくと、
少し点滅はするものの、妖精はまだ眠いらしい。
すっかり目が覚めてしまった。
フェンドゥリルは寝ぐせで広がりきった髪を、編みこんでハーフアップにすると
お気に入りの服に袖を通し、縫製工場に向かった。
「おはようございます」と言うには、早すぎる時間だけど
職場には明かりが点いていた。
縫製工場の一角にあるデザインオフィスのスタッフは、
思い立ったら手を動かしたい人が多く、暗いうちからやってくるので
いつしか灯りの妖精も、寝たまま部屋を灯してくれるようになってしまった。
そして、そんな真夜中にも関わらず、当たり前のように
『おはよー』と返事が返ってきた。
『早いねー。眠れなかった?』と言ったのはジェニファー先生。
口から糸を吐きながら、四本の腕を使い、凄まじいスピードで美しいレースを編み、
かつ会話は、音妖精の翻訳機を足で操作している。
「先生こそ寝ましたか?」
『ちゃんと八時に寝てるよー。むしろ寝なかった子はソコ』
先生が足を向けた先を見ると
ソファーでパンダ獣人のヌイヌイが、白目を剥いて寝ていた。
「……またですか」
『ヌイヌイは頑張り屋さんだからねー。
すっかり彼等のターゲットにされてるみたいだよ。
クマが消えるまで寝かしつける!って話してたのを聞いた子までいるらしいから』
「それじゃぁ、ヌイヌイの個性が無くなっちゃうじゃないですか……」
すると先生は顔を上げ
『クマが無くなったくらいで、ヌイヌイの個性が無くなると思う?』
「確かに……」
白黒ボディはパンダの個性だが、その反動からか
ヌイヌイは原色が大好きで、ピエロみたいな服を良く着ている。
白と黒に囚われないパンダ。それがヌイヌイである。
かくいう先生は、蜘蛛の特徴をふんだんに活かしている。
動きを阻害する服は着れないものの
手足にシンメトリーの腕輪をつけていて、遠くから見ると宝石が歩いているようだ。
オフィスに置かれた様々なトルソーを見ても分かるように、
多種民族国家の魔族国では、標準体型でさえ多岐に及ぶ。
これに魚や虫が加わるのだ。
個性が強いというより、オリジナリティーが突き抜けている感じだ。
エルフである自分は何でも着られる反面、
突き抜け方が足りない気がして、悩ましい限りだ。
『ところでフェンドゥリル、服を着るの忘れちゃった?』
「着てますよ?」
『ならいいんだけど……』
何でも着られる反動なのか、
ありのままの美しさに気付いてしまったフェンドゥリルは
デザイナーなのに、ほぼ裸族である。
忘れないうちに、思いついたデザインを描き、ジェニファー先生に持っていく。
「先生ー、こんなイメージってどうでしょう?」
『人魚が好きそうじゃない?』
「人魚じゃなきゃダメですか?」
『だって、上しか無いじゃない』
『これっ!』
いくつか見ていた先生の手が止まった。
『注文がきたドレスのイメージ画に近いわ!』
興奮した先生に合わせて、音妖精が渾身の変顔をする。
注文はアント女王から。
自分のデザインを、まさか女王が着るなんて!
その日から私は、大量の布を背負ったまま荷車に轢かれたり、
眠すぎて噴水に落ちたり、毎日ザントマンに寝かしつけられて
白目を剥きながらも、ドレスを完成させた。
そして後日、
私がデザインしたドレスを着た、アント女王がいらした際に
鳥籠パニエのドレスを見た魔王様は、
「…………アイアンメイデン…」という謎の言葉を呟かれていた。
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