第53話エミリーとベルナルド
獣人村の森の近くには、
現在バーキンに弟子入り中の、見習い革細工師の工房兼住宅がある。
ここに住むのは先日移住して来た、人族のエミリーとワーウルフのベルナルド。
本人達は夫婦じゃない!と言っているけど、『今はそうじゃない』だけな気がする。
そもそもエミリーの捜索のために、国の外に出る許可をくれと言ってきたのは
他ならぬ、ベルナルドなのだ。
「夫婦でも恋人でもないが、守るべき対象だ!」と言っていたけど
それって間違いなくパートナー宣言ですよ…
彼はハーベスト村の捜索にも関わっており、その時に
『彼女が生き残れたとしても、生きる術がないのでは?』と
急に心配になったらしい。
そしてエミリーはと言うと
運よく南の国の城門辺りに飛ばされて、逃げ出すことは出来たものの
為す術もなく、早々に捜索隊に保護された。
でもすぐに、救助に関わったのが魔族だと知られてしまい
ネズミのキンクいわく、尋問されたらしい…
「…………あなた、今、後ろ足だけで歩いていませんでしたか?」
「チューチュ(気のせいだよ)」
「今のは相槌ですわよねぇ?」
「チューチュチュー(気のせいだってば)」
「絶対言葉を理解していますわよね!」
「ヂューーー!(違ーーーう!)」
そう言って全力で首を振って否定したけど、何故かバレたと首を傾げていた……
ちなみにキンクは、言葉は理解出来るけど喋れない。
伝える努力をしていたら、ネズミらしくなくなってしまったのだ。
ネズミを中心に、妙に仕草が人っぽい、魔族が増え続けている。
しかも繰り返し見聞きするうちに、何となく伝わるようになってしまうから不思議だ
伝える楽しみを知った彼等が、オーバージェスチャーで話すから、
会話が出来る者も、全身で伝えるのが一般的になってきている。
元々魔族国民は、思ったことが顔にも態度にも出てしまう人ばかりなのだけど
転送直後の笑い方も忘れていた頃を思うと、良く立ち直ってくれたものだと思う。
そして、助けてくれたのが魔族だと確信したエミリーは
「ベルナルドという狼さんをご存じではありませんか?」と早速聞いてきたそうだ。
その時点では、捜索隊にベルナルドを知る者は居なかったのだけど
保護した人々のほとんどが粗暴な雰囲気だったのに対し、
エミリーはネズミである自分達にも、丁寧な口調で話してくれたので
いつしかキンクは、話し相手(相槌役)になっていたそうだ。
エミリーは、穀倉地帯の村を納めていた地方領主のお嬢さんらしいのだが
派手好きな両親は、まだ幼かったエミリーを領地に預けたまま
王都に行ったきり戻ってこず、実質家令とその家族が領地を治めていた。
不自由なく暮らしてはいたが、エミリーの立場は非常に難しいもので
兄弟のように育った家令の子供にも、いつしか気を使われるようになり
家令を慕う使用人も多かったため、腫れもののような扱いだった。
課せられたお嬢様教育から逃げ出しても、諭される事もなく、
意をくんだと言われれば、それまでだが
自由という無関心は、幼いエミリーに孤独しか与えてくれなかった。
やがてエミリーは、獣が住む森にひとりで入るようになったのだけど
獣が屋敷に近づく事は滅多になかったので、誰も気に留めなかった。
やがてエミリーも年頃になり、両親から王都に誘われていたのだが、
相変わらず自分の居場所を見つけられずにいた。
そして気晴らしに森を歩いていて、運悪く獣と出くわしてしまったのだ。
獣に追われて暗い森の奥深くまで入り込み、ベルナルドに助けられたのだが、
獣より余程大きなベルナルドを見て、
最初は、獣を追い払ったのは、自分を食べるためだと思ったらしい。
怖くて座り込んでしまったエミリーだったが、ベルナルドは一言
「どこの村から来たんだ?」とだけ聞いて、エミリーが立てないと解ると
お姫様抱っこで屋敷の近くまで運んでくれたそうだ。
今まで誰からも関心を持たれなかった分、
未知の存在のベルナルドにエミリーの興味は向いた。
村にも獣人は居たが、
森で自立するベルナルドは、獣人とも奴隷とも違って見えたのだ。
翌日エミリーはお礼にと、食べ物を持って森に入り
「獣の餌になる気か!」とベルナルドに怒られたにも関わらず、
すっかり懐いてしまったそうで
そのうち森に通うエミリーを屋敷に送るのが、ベルナルドの日課になってしまったらしい。
そんな中、転送に巻き込んでしまったのだけど、
二人にとっては渡りに船だったようだ。
断っておくけど、保護した人達全員に、身の上話を聞いてたワケじゃないんだよ。
一般人を巻き込んだ事を神から知らされて、すぐに保護を始めたものの
避難所予定の村の格差が酷かったので、リサイクル作戦の物品を搬入したりで
準備の時間が必要だった。
ほとんどの人は治療が必要だったので、ある程度回復してから運んだんだけど
無傷の人からは、その間に情報を引き出そうと試みた。
とはいえ、錯乱状態の人も多かったのでシルフ経由でザントマンにお願いして、
『暴れる人は寝ている間にラクガキしても良し』という条件のもと協力を取り付けた
エミリーの場合は、相手がネズミだと思って喋りすぎちゃったんだと思う。
なにせキンクはとっても聞き上手。ジャンが情報屋として選んだくらいだからね……
事実、エミリー以外にも、あらゆるゴシップを聞き出してきた。
私も報告として聞いたけど、キンクには
「本人の許可なく話していい事じゃないから」と口止めはした。でも時すでに遅く
世界を網羅するネズミネットワークは、瞬く間に国内を駆け抜けた。
そしたら同じく捜索願いを出していたグレタまで、
負けじとアレクさんの事をアピールしまくった。
最終的に、そんな事まで話したら、アレクさんが居づらくなるんじゃないかと
心配になるほどの暴露合戦になってしまった。
人族のイメージアップのつもりだったグレタに悪気はないんだけど
巻き込まれた形のベルナルドは、フェンリル村で仲間に揶揄われて居心地が悪いと、
獣人村に移ったほどだった。
そのため国内にお招きした時点で、
エミリーとアレクさんに関しては、すでに歓迎ムードだったのだけど、
だからこそイネスの相方が反感をかったんだよね……。終わった事だけど。
ベルナルドはエミリーの事を子供と言っているし、身長も二メートル近いから
見た目中学生のエミリーがそう見えるのも分かる。
でもね。二人並んでると、どう見ても両想いの中学生そのものなんだよね……
もどかしくも微笑ましくて、ついニマニマしてしまう。
満員電車で遭遇してしまった、
やたらと甘い柔軟剤のような、逃れられようのない甘酸っぱさで隣り合う二人に
『もう付き合っちゃえよ!』って
居合わせた半径三メートル以内の人が、もれなく心の中で叫んでる感じ。
そんな二人には、エミリーが刺しゅう入りのワンピースに皮のエプロン。
ベルナルドは、鼻先が通りやすいように、胸元に切れ込みの入ったシャツにチノパンそして皮エプロンのお揃いコーデの服を送った。
ドレスを着ていたエミリーには物足りないかも知れないけど
魔族国に来る事を決めた時点で、郷に従うつもりだったらしい。
「同じ革職人だから、バーキンもお弟子さんとお揃いでいい?」って聞いたら
いつも笑顔のバーキンから一瞬で表情が無くなったので、
バーキンの服は農家さんに寄せておいた。
普段から若い二人にあてられているのかな……。ご苦労様です。
獣人村の農家さんには、ボタンのシャツにチノパンに長靴。希望者にはエプロン。
牙細工師の虎獣人、ゲチさんにボタン製造を依頼したら、
納品が多くて間違いなく大変なんだけど、職人の仲間入りが出来たと快く引き受けてくれた。
日差し対策に麦わら帽子を作ろうとしたら、ツノとか耳が引っかかって
想像以上にかぶれない人が多かった。
でもそのうち、タオルやバンダナで工夫をする人が出てきたので
おまかせしたら、想像以上にお洒落になった。
トカゲの米農家さんにも、胸元に切れ込みの入ったシャツにチノパン。
それと三角の竹帽子。
でも長靴が履けないので、こちらはチノのハーフパンツになった。
ドアーフはいつもの服が作業服と言っていたのだけど
エルフは待ちきれずに、随分かわいらしいデザイン画を持ってきた。
村に引っ込んだっきりだった頃が懐かしいほど、最近はエルフの活躍も目覚ましい。
だからこそ、可愛い服でモチベーションを上げてもらいましょう!
酪農家がデニムのツナギにキャップ。
葡萄農家がシャツにチノパン。ショート丈のエプロンに麦わら帽子と
ボルドー色のスカーフ。
ワインセーラーが、コックコートにチノパン、ボルドーのスカーフ。
チーズ職人は同じ組み合わせで、黄色のスカーフ。
羊飼いがシャツに生成りのボトムスに茶色のジレ。そして麦わら帽子……って
お洒落すぎません?作業着ですよ?と思ったけど
あんまり嬉しそうだったので、何も言えなくなってしまった。
お針子さん達は文句のひとつも言わなかったけど、無理をお願いした事もあって
定期的にお菓子を差し入れたら、お菓子目当てに参加者が増えて効率が上がった。
ガルムルに足踏みミシンをムチャ振りしたら
こっちは思い切り嫌な顔で文句を言われたけど作ってくれた。偉いぞ、ガルムル!
そう思っていたら、ナンナにも強請られたらしい。
意外とガルムルも、愛妻家でした。
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