第52話おしゃれ×力技

街道沿いで、魔法薬研究所の足元にあるのが『縫製工場』

この二つの建物は、広場の西にLを反対に向けたような形に建っていて

その裏手には、中央で働く者の為の宿舎がある。

各村に用意した家に比べたら、手狭ではあるのだけど

色々な職種が集まる分、共同スペースはアイディアが生まれる場所でもあるようだ。



この世界では服は自分で作るものなので、シャツを種から育てるのも普通。

だから縫製技術を持つ者は多かった。

ただ早急に用意しなければいけなかった事もあり、

栽培と紡績・織布、縫製を分業制にして、得意な仕事を受け持ってもらった。


『縫製工場』が担当しているのは、デザインと縫製。

そこに私が前世のデザインを持ち込んだ為、

面白がったお針子さん達が、国中から集まってくる事になった。

とはいえ、作るのはドレスではなく作業服なんだけどね。



例えばトカゲの場合、名前で呼び合いたいけど、個人の特徴が見つけづらくて

結局トカゲと呼ばれてしまう。

でも名前で呼ぶからお互いに興味を持って、理解が深まるんだと思うんだよね。


今までの生活スタイルから、自分で選ぶことが苦手な魔族国民は

凄い技術を持ちながら、いまいち自分に自信が持てないタイプが多い。

だからプロ意識を持ってもらうために制服を作る事にした。


急いで服を作らなきゃと言う割に、結局仕事を増やしてしまったのだけど、

お針子さん達は、自分達も素敵なデザインの服が着られると喜んでくれた。


でも最初はどんなものが良いかが解らずに、

エルフやドアーフの服をベースにしたのだけど、すぐに大問題が発覚した。



まずトカゲ族とフェンリル族は足が大きすぎて、パンツが履けない。

ツノが立派過ぎる草食系ミミッポさんは、Tシャツが着れない。

他にも筋肉が大きすぎてタンクトップしか着れないとか、問題が発生する中

サイクロプスが立って靴下が履けずに、試着中によろけて建物を壊す事態になった。


ドアーフは怒ったけど、一筋縄でいかないのが魔族国民。

これを笑い飛ばせるくらいじゃないと、ここには住んでいられない。


サイクロプスには座って着替えるようにしてもらって、アイディアを募集したところ

良さそうな素材を知っている者がいた。



トカゲ達に案内をお願いして、連れて行ってもらった先に居たのは

森に生息していた巨大なオナモミさん。


植物系住人では?と意思の疎通を試みたんだけど

近づくだけでオナモミを発射する好戦的なタイプで、話し合いにならなかった。

しかも球速が160キロ。

「メジャーリーガーじゃない!」


測ったのはガルムルのざっくり速度計だけど、それでも当たったらタダでは済まない

でもトカゲ達が興味を持ったのは、謎の言葉の方だった。

「メジャーリーガーって何ですか?」


それで前世の野球の話をすると、打ち返そうと棒を拾い始めるトカゲ達。

そういえば子供って、なんで棒が好きなんだろうね……。


だが、簡単に打ち取れるような速度ではない。

対策を講じて出直す事にして、

トカゲ達には無理をしないように注意して、その場を離れたのだけど

いつの間にか『オナモミ狩り』は広まってしまっていた。



誰がヤツを打ち取るか。

全種族が仕事の合間に挑戦し、そして結構な数が救急搬送されてきた。


怪我人はオナモミを引っ付けて送られて来るので

ガルムルとジェニファーは、ソレを剥がしてマジックテープの開発に勤しんだ。


フェンリル族からも挑戦する者がいたけど、毛にオナモミが絡まってしまい

全身丸坊主にされて、風邪をひく者が続出した。


ミミッポ、エルフ、ドアーフにも丸坊主が増え、ドアーフにいたっては

髭まで剃るハメになった。

そして若手と呼ばれていたドアーフが、意外なほど若かった。


なんでも10歳までに髭が生えそろうらしくて、髭なしは恥ずかしいそうだ。

そして頭も髭も剃ったのに、翌日には髭だけ元通りに生えていた。

頭は丸坊主にすると、生えそろうまでに10年かかるらしい………なんでだ?


挑戦者がそろって高校球児になった頃

バッティングフォームは、ほぼ野球になり、ついに打ち返せるヤツが出てきたのだ!


こうして汗と涙と丸坊主の結果、マジックテープは完成し、

オナモミ狩りの仕事は『メジャーリーガー』と呼ばれるようになった。

メジャーリーガーは憧れの職業になったようだし、野球チームでも作ろうかな……



苦労の末、足元をマジックテープで止めるオーバーオールが出来たのだけど

トカゲに着せたら、お神輿の担ぎ手みたいなシルエットになったので、

お揃いの法被も製作した。


大工のド組は、

背中に『ど』と書かれた法被と、紺のオーバーオールにねじり鉢巻き。

希望者にはシャツがつく。


発酵チームのメンバーも、紺のオーバーオールに揃いの法被。

背中には、醤油・味噌・味醂・酒・酢の文字を背負い、

頭に巻くバンダナで色分けをした。


醤油は紫、味噌は茶色、味醂はオレンジ、酒は白、酢は黄色。

字は読めないけど、複雑な漢字ほどウケた。

外国人観光客が漢字Tシャツを買ってしまう感じだろうか?


ガラス職人は紺色だと、ガラスの粉で汚れが目立つからと

ベージュのオーバーオールに皮エプロンと皮手袋。

頭にはタオルを巻くことに。


土木業も汚れるからと、こちらはベージュのチノパンにシャツ。

黄色いヘルメットと首にはタオル。


そして攻撃的な魚相手に、生傷が絶えない漁業関係者に

泳ぎやすくて丈夫な、ウエットスーツが開発された。



最初は魔法薬研究所のラバースライムでゴムスーツを作ったんだけど

通気性が最悪で、半魚人が蒸し焼きになりかけた。


たしかウエットスーツの布地は、布の間にゴムが挟まれていた気がするのだけど

魔族国には天然素材しかないので、イメージ通りに乾きずらい。

そんな話をしていたら、ジェニファーが新素材を作ってしまった。


しかもその材料が、ハルトが女神とこっそり食べていたカップ〇ーメンの容器。

それをジェニファーが食べたら化学繊維ができちゃった。


食べた物で糸が作れる彼女は、新素材を作るためプラスチックに興味を持った。

お腹を壊すからと止めたんだけど、以前は石畳だって食べたと言われてしまい

なにより彼女の興味が止まらずに押し切られてしまった。


ハルトのレッドドラゴン号は

オーバーテクノロジーが過ぎるので、一応封印してある。バズーカも積んでるしね。

でもガルムルは、こっそり調べているらしい。


ジェニファーは私の心配をよそに、ドラゴン号のあらゆるプラスチックを食べ続け

これなら飽きないと選んだのが、カップ〇-メンの容器だった。


「えっ?味?シーフードなら、いくらでも食べられるって、

それ、カップの方!ラーメンの入れ物!」


すると考察の為にと言いながら、幹部達が次々カップ〇-メンに手を伸ばし、

ひとつの結論が出された。


「こんな魅惑の味を国民に知られてはいけない」


そして幹部連中が昼食を断ってまで、会議室でズルズルやった結果

ウエットスーツが出来上がったのである。



漁師のイワオに試着をお願いしたら、海に飛び込んでわずか数分後。

大きな水柱が上がり、魔グロを担いで浜に上がって来た。


「服を着てるのに、裸より泳ぎやすいですよ!

潜水もしやすいし、ダメージも軽減されるようです」


「ダメージって、人食い魔グロを素手で倒したの?

前は銛を使ってなかったっけ?」


「いろいろ試したのですが、傷がつくほど味が落ちるので

今の魔グロ漁は、こめかみにワンパンが主流ですね」

って、北の脳筋達と同じことを言ってたよ!


サイクロプスからコンブ漁の希望者が出たから、ウエットスーツの需要は続く。


昼食は、当分ラーメンが続きそうです……。



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