第51話フルボッコ開発秘話

難航していた住民台帳効率化の糸口が見つかった。

今までは石に触れている者の頭に、イメージ画像が浮かぶだけだった

ルールブックが、簡単に可視化できるようになったのは大きい。


記憶石の上で『フォン』を広げるようにして、拡大して貼り付けると

それだけで魔族国の大きな地図が貼りだされた。



例えば子供が生まれた場合、

洗礼を受けた後に、役場を訪れて住民台帳に登録するのだけど、

地図上の住んでいる村に触れると、住人に数として登録されるようになった。

でも、それだけ。


残念ながら触れるだけで全部解決するような、便利機能はなかった。

そんなに都合良くいかないよね。

うん、知ってた。知ってたけど期待しちゃった。はぁ、脱力。


当然名前なんかは入力しなくちゃいけないんだけど、

書式が面倒くさい上にキーボード式。


フォンが導入される以前は

最初は手書きで名前・年齢・住んでいる村名・家族構成・職業を書いていたのだけど

書く方も読む方も分かりずらかったので

ガルムルを巻き込んで、凸版印刷でテンプレを作って書きこみ式にした。


それでも面倒だって言うから、

村名と職業をスタンプにしたら、名前もソレがいいって言われて

スタンプ式の活版印刷みたいになっていた。そこにキーボードである。


この国、ちょっと前まで羊皮紙使ってたんだよ!

紙だけで何世紀分進化したんだ!と思うけど、

面倒くさがった人がいたから進化したんだよね……


私的には羊皮紙のレトロ感が気に入って、

ガルムルが最初に描いた水路の地図は大事にしているんだけどさ。


そしてフォンの前には少年の目をしたガルムル。

新しいおもちゃが欲しくてしょうがない顔をしている。

『そんな顔したって、お母さんは買いません!』と

宣言したくなるほどのキラキラガルムル。


騙されるな!こんな髭の生えた子、ウチの子じゃない!

でもガルムルの隣には、キーボードを使いこなすハルトがいるんだよ……



ガン見してるガルムルを気にもせずに、ハルトは世界の設定に手を加える。

「月の満ち欠けって、ホントはこうじゃないよね…」

「わかりやすさ重視だから、それでお願い」


女神が作った世界観では、月はいつも三日月で太陽とセットで毎日同じ場所を巡る。

確かにキレイだけど、少しでも日常に変化を与えたくて、大胆に形を変更してみた。


物流船の松前船は一週間かけて、時計回りに国を一周する。

魔族国の一週間は、港のある七つの村に休みを一日加えた八日間。


だから月曜日に当たるフェンリルの日には、八等分に分けたピザのような月が上る。

そして時計回りにピザは増えていき、

お休みの夜は満月になり、月曜日にはまたピザにもどる。


月を見て村の人達は、松前船がどこに停泊しているのかを確認してもらい

港に荷物が届く日は、手伝いに来てもらう。


どうやら『フォン』は王様限定のようで、ハルト以外には使えないようだけど

基本設定がイジれてしまうって、ホントにこの世界はやりたい放題だな。


「なんか違和感あるんだけど…」

「見慣れたものが急に変わるんだから、当然だと思うよ。

でも慣れれば、それが当たり前になるから問題ない。

便利な物に惹かれるのは、人も魔族も同じだからね」


ハルトと話していると、隣から視線が突き刺さる。

……ガルムル頼むから『俺のは?』みたいな顔しないで。


「…これは作れニャいのか?」

ガット、あなたもですか!


『フォン』自体は前世で言うところの、端末と呼んでいいほど高性能だった。

ただ、原理がまるで解らない。

だって空中をタップすると画面が起動するSF仕様なんだもん。オーパーツ過ぎる。


なので、試しに女神に貰ったルールブックに小さな穴を開けて覗いてみたら

中には基盤のような物があったのだけど、

茜色に輝く宝石に、生き物のように脈打つ配線がつながっていた……


怖くなって穴に絆創膏を貼っておいたら、翌日には治ってたし、

石コロ扱いしてたけど、想像以上に不気味な存在だったので

最近は会議室に自動翻訳機と一緒に、置きっぱなしになっている。



とはいえニーズがあるなら、作るべきだろう。

ただ『フォン』と同じものは出来ないので、

作りが似ているタイプライターを製造する事にしたのだけど、


先に改善したいのは住民登録の効率化なので、打刻して貼るだけの

『エンボス式テープライター』が作れたらという条件のもと、開発が始まった。


設計図はいつも通り、私が描いた絵。

『おそらく、こんな構造』という情報しかない。

ガルムルは頭を抱えて散々文句を言って、楽しそうにガラクタ集めに向かった。


静かに楽しく作って欲しいのだけど、

とりあえず文句を言わないと動かないのがドアーフ。

面倒くさいけど、そこはコカトリスのチキショーと同じと思うしかない。


ちなみに職業訓練所にあるガルムルの部屋は『道具箱』と呼ばれ、

どこに何があるかは、本人にしか解らない魔窟である。



間もなく薄いアルミに打刻するエンボスタイプのテープライターは完成した。

それでどうやって貼るかと言うと、キラが舐めたらやっぱり貼れた。


地殻変動とかの派手なものより、

作業的なものを好むキラが居たので、役場に常駐してもらう事になった。

そして賃金の代わりに、お揃いのメイド服を欲しがったので

さっそくジェニファーに作ってもらうと

彼女はその日のうちに『手伝います課』のマスコットになり、ノリと名付けられた。



程なくタイプライターの試作品も出来上がった。

タイプライターは、文字が書かれたキーを打鍵する事で、

活字がハンコみたいに紙に打ち付けられて、文字を印字する仕組み。

ただ早打ちをすると、ハンコの部分が嚙み合って動かなくなる。


それで当たりがソフトになるようにと、

アロレーラが開発してくれたのが、インクスライム。


松脂の煤と膠を混ぜたものを、食べさせたスライムなのだけど

その組み合わせに行きつくまでが非常に大変で、

エルフ達にはダークスライムと憎々しげに呼ばれている。


そしてこのインクスライムを、キーと連動するハンコの部分、

通称ハンマーの前にセットして、キーボードのように打刻すると


インクスライムはボクサーにフルボッコにされるサンドバックのように

オラオラ〇ッシュで紙に叩きつけられ、文字が印字される。


試しに『手伝います課』の

美しく淑やかなメイドさん達に使用してもらったら、全員が豹変した。


「ヒャッハー」みたいな奇声を上げて、怒涛の速さでタイピングをするスタッフ達。

改行は見事なツッターーーン!


「つ、使い心地はどうかな?」

「ストレス解消になりますー!」

「デスヨネー」

打ってる時とは別人の、素晴らしいキラキラ笑顔で答えるメイドさん。


ちなみにネズミも同様だった。

キーの上に渡された、鉄棒みたいなのに捕まり

「ヒャッハー」言いながら足でキーを押し、改行は尻尾でツッターーーン!


「臨場感が半端ないです!」

「その角度からだと、まさにフルボッコだもんね…」


「いい汗かきますね、フルボッコ!」

「フルボッコ、最高です!」

あー、これは名前もフルボッコで定着する流れだ。


ガルムルもアロレーラも満足そうだし、

作業効率が上がって、ストレスも解消するなら最高の出来栄えではないか!


そう思ったら、隣から

「…………手を貸してくれニャいか?」と

キーの間に手が挟まった、ガットに助けを求められた。


肉球に優しい商品の開発が、急がれるそうです。










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