第46話魔族国のお医者さん

ここは魔法薬研究所。

文字通り、魔道具や薬の研究が行われている施設だが

住人にとって、ここを訪ねる目的は大抵診療所の方である。


中央で暮らす者は元より、急患もこちらに搬送されてくるので

診療所のスタッフは慌ただしい日々を送る。


そしてドクターは、

少し頭の固いエルフ、イズレンディアが担当していた。


<鼻詰まりのトカゲ>


「次の方、どうぞー」

声をかけると診察室に、項垂れた砂トカゲのミスジさんが、トボトボと入ってきた。


「昨日から、ちっとも鼻が利かないんス。なんだか頭も痛くて……」


「喉の痛みはどうです?」

「喉は痛くはないっスけど…」

一応、口も開けてもらうが喉の腫れもなし。

鼻、鼻?


「鼻になにか入れましたか?」

「そんな事しないっスよ」

「でも何かありますよ……」

ピンセットで引っ張ると、1メートルくらいの麺がロープのように出てきた。


「……これは」

「うどんっス!」

「まさか、鼻から食べたのかい?」

「ちゃんと口から食べたっスよ。

料理開発部が新しい料理を考えていて、昨日試食で食べたっス!」

それにしたって……


「麺が長すぎじゃないか?」

「じゃぁ、先生がそう言ってたって教えてくるっス。頭が痛いのも治ったっス!」

「そりゃぁ、1メートルも鼻に詰めてたらねぇ……」

砂トカゲは元気に手を振り、帰っていった。


ここには様々な患者が来る。

だからこそ、エルフの常識は捨てなければいけない。


記録用のカルテに記入する。

『砂トカゲ 1メートルのうどんを鼻に詰め来院。除去後、完治』


「次の方ー」


<頭痛の獣人>


「すみません。頭が割れそうなほど痛くって……」

そう言ってやって来た青年は、獣人のモスさん。

頭には巨大なヘラジカのツノが生えていた。


こんなのが生えてたら、頭痛どころか首がもげるぞ……

しかし、彼は獣人。エルフの常識は捨てなければいけない。


聞くと、日増しに痛みが増し、仕事も手に付けられないらしい。

夜は妖精の手を借りているので、不眠という事はないようだ。


そして頭を確認すると、

「……なるほど、痛そうだねぇ」

「えぇ、割れそうに痛くて……」


「割れてるんじゃなくて、裂けてるに近いかな。ツノがグラついているよ。

これ、生え変わりなんじゃないかな?頭皮が引っ張られている」


「えっ!でも今まで生え変わった事なんてないですよ!」


「栄養状態が良くなって生え変われる人が増えてきたようですよ。

成長出来ている証拠です。良かったですね」


するとモスさんは嬉しそうに目を輝かせ、立ち上がり叫んだ!

「俺だけじゃないんですね!」


そして大きな角はカルテの棚に勢いよくぶつかり、折れた。

「あーーーーーーーー!」


モスさんは頭を抱えている。

グラついている歯を自分で抜いたら、

思った以上に出血して大惨事になってしまった、あの感じだ。


「とりあえず、処置室に行かれて下さい。

あっ、ツノは忘れずに。お大事にしてください」


そしてカルテに記入する。

『ヘラジカ獣人 頭痛を訴え来院。落角による出血を処置』


「次の方ー」


<悩み多きトカゲ>


「最近友達に言われて気づいたんスけど、

オイラ、なんか他の人と違う気がして……」


「違っていて当然です。同じ人なんて居ないのですから。

それはあなたの個性ですよ」


「でもこれ!手の形がみんなと違うみたいなんスよ。コレって病気っスか?」

「いいえ、それはあなたがヤモリだからです」


「やっぱり違うんスかー!」

「でもその分、木登りや壁のぼりが得意ですよね。それはあなたの天賦の才です」

「……なんかカッコいい響きっス」


「帰りに職業訓練所に行ってみてください。

才能がある人を探していますから。あなたにしか出来ない事があるかもしれません」

「わかったっス、行ってくるっス!」

ヤモリのチョロさんは走って出て行った。


カルテに記入する。

『砂トカゲ集落のヤモリ 悩み相談。職業訓練所を紹介する。


すると廊下を走るナースの足音が近づいてきた。

「先生!サーディンさんが救急搬送されてきました!」

「外傷は?」

「ありません」

「じゃぁ、いつも通りで」


返事をするとナースは、また走って行った。

そして声が聞こえた。

「二番の水槽に、サーディンさん入りまーす」


カルテに記入する。

『イワシのサーディンさん来院。いつも通り塩水につけて様子を見る』


「次の方ー」


<ネコ科の悩み>


やってきたのは、柔和な顔の虎獣人、ゲチさんだった。


「狼みたいなシュッとした顔に憧れてるんですけど、何とかなりませんか?」

「あなたネコ科ですからねぇ…いっそ髪型を変えるのはどうでしょう?」


「それで変われるんですか?」

「どの程度変わるか分かりませんが、まずは試してみましょう」


スタッフに声をかけると、先ほどの元気なナースがやってきて、

虎獣人を別室に連れて行った。


この間に、診察をすすめてしまおう。

「次の方—」


<お洒落メガネ>


「先日はお世話になりました」

やってきたのはサイクロプスのクロープさん。

この方は長らく炭鉱に籠りきりで働いていたため、

日の光に非常に敏感になってしまっていた。


「届いていますよ」

そう言ってサイドテーブルに置いてあった、大きな長方形の箱を取りに行く。

入っているのは一眼レンズのサングラス。

サイクロプスでも使える物をと、ドアーフとガラス職人とで製作された物だ。

強化ガラスの材料に至っては、妖精の特別製らしい。


「サイズはどうでしょう」

そう言いながら大きなキャスター付きの姿見を押していく。


「ピッタリです!」

鏡を見ながらご満悦のクロープさん。


「室内と屋外では見え方が違いますから、広場を歩いてきてもらって

大丈夫そうならお渡ししましょう。

レンズの濃さなども変えられるそうですから言ってください」


クロープさんを見送ると、入れ違いで虎獣人が戻ってきた。



「見違えましたねぇ………」

先程の柔和な顔から、確かに引き締まっている。

しかし実際はハーフアップで強制的に毛束をまとめて、引っ張っているだけである。


鏡を見せると満足げに覗き込んでいたけれど、

愛嬌のあるタレ目が、すっかり吊り上がっていた。


一緒についてきたナースが、『やりきった!』と言わんばかりの顔をしている。

顔が変わるほど引っ張るって、人としてどうなの?罪悪感とかないの?


「生まれ変わった気分です」

「それは良かった」

痛くないって事で大丈夫なんだね!

彼は喜んで帰って行った。


カルテに記入する。

『虎獣人 変身願望。物理で整形を果たす』


外が騒がしくなった。誰か救急搬送されてきたのだろうか?


「先生、大変です!」

ナースが抱えて運んで来たのは、木箱に入ったエビとカニ。産直ですか?


「助けてください!」

エビが喋った。良かった、急患らしい。


「どうされました?」

「ふたりで海水浴をしてたんですけど、コイツ日焼けし過ぎたみたいで……」

「確かにお二人とも、いい色加減ですもんね」


「しかもコイツ脱皮するって言ってるんですよ」

「なんだって!」


甲殻類の脱皮は命懸けだ。

体力が落ちた状態では、命を落としかねない。


「緊急手術をしましょう」

同じように日焼けをしているエビを塩水に放し、その間に準備をする。


手術台にはキッチンバサミにピーラー、大小のカニフォークが整然と並べられた。

そしてエビが見守る中、手術は無事成功した。


エビのボタンさんと、カニのセイコさんの両名は同水槽で入院となり

回遊魚のサーディンさんは、容体が安定したので歩いて海に帰って行った。

クロープさんのサングラスも問題なかったようだ。



今日もなかなか忙しかった。

急患も多いし、魚人用の病床(水槽)を増やすべきかもしれない。


しかし本当にここの診療所は衝撃の連続だ。

多種民族国家とはいえ、思いもよらぬ患者に毎日驚かされる。

だが人々に感謝されるのは、医療従事者として嬉しい限りだ。

私としても日々発見をくれる彼等に感謝すべきだろう。



夕食は無性にカニが食べたかったが、メニューはうどんだった。

ミスジさんは明日も来るかもしれない。


そう思っていたのだが、翌日やってきたのは

寝違えたヘラジカのモスさんの方だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る