第40話再開

「魔王様、今回の捜索で発見された者たちです」

そう言ってかしずく、ジャンとキャンベル。


「よく見つけ出してくれたね。

ご苦労様、ジャン。キャンベルも、ありがとう」


魔王と呼ばれた女性は、服装こそは落ち着いているが

大人と言うより少女に近かった。

場所も暗い夜の森。

ここは本当に魔族国なのだろうか?


「さて、このたびは、

こちらの不手際で迷惑をかけた事を、まずはお詫びする。

家族と引き離してしまい申し訳なかった」


目の前の光景が信じられなかった。

王族どころか貴族だって。領主ですら平民に頭を下げる事はない。


魔王の頭には小さなツノが生えていた。

ひょっとして、今代の魔王は世間知らずな子供なのだろうか?


失礼な事を思ったが、魔王の後ろの重鎮がこちらを睨んでいる。

そして恐らく背後にも何かいる。

森暮らしで獣の気配には敏感だが、そんなレベルじゃない気配が背後から漂う。

姿勢を正す俺を見ながら、一緒に来た男がニヤニヤしていた。


「では

エミリーさん、マルクスさん、ウラシマさん、アレクさんでよろしかったか?」


今回魔族国に連れてこられたのは四人?

正確には三人と一匹。俺の隣に岩のように大きなカメがいる。


並んだ順に名前を呼ばれたようだが、俺はカメより後なのか⁈


しかも三人それぞれ、タレ犬耳、ウサ耳、フェネックの耳がついている。

タレ耳いいな、俺もアレが良かった。


「では、ウラシマさんはこちらへ」

ネズミのジャンが言うと、カメはそちらに向き直る……つもりなのかな?

今やっと一歩目が出た。


「では三人はこちらへ」魔王が促した。

うん。俺達が動くのが正解。


「ご家族に会いに行こう」



川の側まで来ると木の陰から人が現れた。

促されるまでもなく、人影に駆け寄る。

「グレタ!」妻は腕の中で泣いていた。


皆、同じように再開を喜んでいた。

子供の事を聞こうと口を開きかけると、隣から不穏な台詞が聞こえてきた。


「くれるのか?イネス。

随分キレイになったじゃないか。これでまた、いい暮らしができるな」


会話に違和感を感じて顔を動かすと、

男は妻である人魚が差し出した、ウロコを手に持っていて

愛おしい眼差しは、妻にではなく明らかにウロコに向いていた。


その時、暗闇から白い狼が躍り出て男を抑えつけた。

人魚は川から飛び出したデカいトカゲに捕まった。


犬耳さんは唸り声を上げるワーウルフの背中に守られるように立っている。

って、その方がご主人⁈ワイルドが過ぎない‼


自分も負けじとグレタを抱く腕に力を籠めようとして…逆に抱きしめられている?

俺を守らんと力をこめた手が、痛いほど腕に食い込んでいる。


グレタまで男を睨みながら、負けずに牙をむいていた。

…………守るつもりが守られて、少し複雑な気分になってしまった。



そして組み伏せられた男の前に、黒猫が立ち塞がり罪状を告げる。

男は妻のウロコを売って生活をしており、

魔族国に保護された時、妻にウロコは一枚も残っていなかったそうだ。


人魚の妻は、男を庇い、男も抵抗したが、

キノコをおしゃぶりの様に咥えさせられた後、

ウロコを奪って魔族国から逃げる気でいる事を自白した。

判決は国外追放となり、イタズラ妖精(?)の呪いを受けた。



「恋愛詐欺ですか?」

「あぁ、見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳なかった」魔王はまた謝った。


俺達は森に建てられた天幕の中にいた。

天幕とはいえランプが灯り、美しい絨毯が敷かれ

豪華なテーブルセットが置かれている。


そして目の前には白いティーセット。

これって貴族が使うやつだろ⁈

そう思うのに、隣ではグレタが当たり前のように紅茶を飲んでいる。

表情は元の可愛い妻に戻っている。

……でもココでの姿の方が、素なんじゃないかと思えてきた。



どうやらさっきのが二次審査だったらしい。

人魚に見えた奥さんはラミアという、乱獲により数を減らした種族で

狙われたのは、その美しいウロコだった。


男の目的は最初からウロコだったのだが

すっかり惚れ込んでしまったラミアは、

彼を引き留めようとウロコを渡してしまった。


ウロコを全部はぎ取って、男は姿を消したけど

ラミアのイネスは彼を探し続けた。

そして今回も、夫を探してほしいと言ってきたのだ。


調べるほど詐欺ではないか?と思われたが

当のイネスがどうしても納得せず、

ひと目でもと言うので大立ち回りをあえてしたという。



「これで悪縁が切れるといいんだけど…」と魔王はため息を吐いた。


「その…魔王様は、王なのですよね?」

余計な事と思いつつ、つい口にする。だって、あまりにも……


「人の王とはずいぶん違う……と?」

恐々うなずくと、魔王は静かに微笑んで


「この国では王も職業のひとつにすぎない。

だから木こりも王も、職業という括りの中では同じなんだよ」と言った。


いや、同じではないだろう…。

それともここでは、それが普通なのか?

そう思いながら、貴族が使うようなティーカップに目を落とす。


「魔族国民は人族と比べて、とても人数が少ない。


国と言うより村の規模だから、顔見知りで無い者がいないんだ。

そうなると、大きな家族のような意識になるのか

国民の誰かを故意に傷つければ、国民の全てを敵にまわすのと同義になる事がある。

だから言うまでもなく、ご家族を大事にしていただきたい」


「それはどう言う意味で…」

「さっき見ていただいた通りだ」

そう言って魔王は手を軽く広げ、再び手を組みながら、真っ直ぐ視線を向けてきた。


「もしも家族が傷つけば、あなただって黙ってはいられないだろう?」


視線を向けてくる魔王の目に殺気はない。

だが腹の中まで覗き込まれそうな目をしている。

その瞳は地獄の景色を思い起こされる、赤黒い色をしていた。


「現状、魔族は人族と共生関係にない。

進んで争う気はないが、火の粉を払う意思がある事は

人族であるあなた方には重々ご承知いただき、そのうえで共生に努めてもらいたい」


穏やかだが、瞬きもせずに言った台詞は、

目の前にいる人物が、あの惨劇を作り出した張本人である事を認めており

今更ながら背中が寒くなった。



身を固くしていると、事もあろうにグレタが

親しい者にでも話しかけるように話し出した。


「ところで魔王様。今日は喋り方がいつもと違いませんか?」

思わず青くなる、もし不敬罪とか言われたら………


「ガットの奴に、口調だけでも偉そうにしろと言われたんだよ」

憮然と言う魔王に、グレタとワーウルフさんが吹き出した。

まさかグレタまで、事情を全部聞いたうえで、あの場に居たのか?


同胞には甘いが、敵対する者には容赦しない。

少女にしか見えない魔王の中の化け物を垣間見た気がした。



お茶会を終え、とりあえず二次審査は合格の様だ。

夜に招集したのも国民に騒ぎを見せないようにする為だと言っていたが、

嘘には聞こえなかった。


その後、俺達は妖精の先導で家に案内された。

そういえば労働を課すとか言ってたな。奴隷のように働かされるのかもしれない…


だが案内された村は、育った村以上に実りも豊かで

家も村はずれだったものの森の近くで、今までの家より大きく立派だった。


ベッドルームには別の妖精が居て

俺達が来ると、手を振って案内役の妖精と一緒に出て行った。

そしてベッドには、ぐっすり眠る二人の子供。


村はまだ建設中だけど、家族で住む家は優先的に建ててくれたらしい。



グレタは今までにないほど、饒舌だった。

村の特産にしようとジャムの開発をしているらしい。

真っ赤なジャムから目を反らし、随分久しぶりに感じるグレタの顔を見る。


いつも怯えて暮らしていたのに、見たことがない程の笑顔だった。

そして頭の上には、キツネのように大きな耳が立っていた。


こんなに大きな耳だっただろうか?

いつも耳は畳まれるように下を向いていたのに……


先程の勇ましい姿にも驚いたが、

それは安心して笑える場所を見つけたという事なんだろう。

そう思ったら、大袈裟なほど大きなお揃いの耳も、悪くないように思えた。



翌日、森の管理をしているというサイクロプスと、多種多様な同業者を紹介されて

耳の形ぐらいで驚いている場合ではないことを思い知らされた。







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