第39話面会の条件
目が覚めた場所は草わらのベッドの上だった。
作りは自分の家と似ているが、違う天井だった。
ふんわりと漂う、温かな食べ物の匂いを感じて、胃の辺りがキュゥと痛んだ。
「お目覚めになりましたか?」
声をかけてきたのは、少し太めのネズミ。
ここに来る前に話しかけてきた奴と同じだった。
その後ろには、人の背丈ほどの甲冑を着た蟻がいた。
「お水を飲まれますか?」とネズミが言い
頷くと、蟻によって少し起こされ、背中にはクッションが挟まれた。
すると、また別の蟻が、見慣れた木のカップを渡してきた。
疑いもせずに飲むと、普通に水だった。
「もしも召し上がれそうでしたら、どうぞ」とネズミが言うのに合わせて
蟻が足のついたトレーを出してきて、その上に薄いスープのような物を置いた。
「ごゆっくり…」
そう言ってネズミは部屋を出て行った。
湯気の立つそれは穀物を煮た物のようだった。
匙ですくい飲み込むと、胃の辺りが温かさに包まれた。
食べ終わる頃には体も温まり、眠気に襲われた。
おそらく食器が下げられ、寝かされたのだろう。
不思議な状況だと、頭のどこかで思いつつ、再び眠りについた。
次に目が覚めたのは夜だった。
ここはどこなんだ?
眠って食事もして、ようやく頭が動き出した。
服も体も綺麗になっていて、傷の手当までしてあるようだ。
「あっ!お目覚めですね。起き上がっても大丈夫そうですか?」
さっき見たのとは別の、小さいネズミが飛び跳ねながら部屋に入ってきた。
ガチャガチャと慌てて続く甲冑蟻。
『随分と警戒心のない奴だな』と小さなネズミに目をやる。
給食当番みたいな帽子をかぶり、フリルのエプロンをつけた小さなネズミは
ベッドに飛び乗ると目の前まで来て、女性用のカーテシーをした。
「お世話を担当いたしました、看護部のジェルボアと申します。
お加減は如何でしょうか?」そう言って長い尻尾を手首に当てる。
いや、まさかな。
「脈も安定していますし、お熱も下がったようですね」
本当にお世話になったらしい。
まぁ、実際にやったのは甲冑を着た奴なんだろうけど…
人差し指程度の足の大きなネズミは、ニコニコと人懐こく笑う。
「お水は飲まれますか?トイレはこちらに準備してございます」
見ると甲冑を着た蟻が、尿瓶を捧げ上げた。
いくらなんでも手馴れすぎじゃないか?
………………だが、生理現象はどうしようもなかった。
「はい、どーぞ。し~です」
腹の上で笑顔を見せるジェルボアに、両手で顔を覆って羞恥に耐えるしかなかった。
俺は全面降伏を受け入れた。
「体調がよろしいようなら、話をさせていただいても構いませんか?」
扉の向こうに現れたのは、また別のネズミ。いったい何匹ネズミがいるんだ!
ジェルボアが下がるのを待ち
頭から背中に線の入った灰色のネズミが、ベッドの横の椅子に飛び乗り話し始めた。
最後に現れたネズミはジャンと名乗った。
同族を使い各地の情勢を調査するのが仕事らしい。
そして今回は魔王より、行方不明者の捜索を依頼されていて、
その隊長が、先ほどの薄茶色の太めのネズミ。名をキャンベルというらしい。
キャンベルは既に、別の捜索先に向かったそうだ。
しかし…いや、やはりと言うべきか。こいつらの正体は魔族…
「捜索依頼はご家族から出されております」
「家族!俺の?」
警戒しかけたのに、急に家族の話題になって慌てる。
「はい。奥様のグレタさんからです。二人のお子さんも元気にしていますよ」
「……あの日、いったい何が起こったんだ?」
そう言うと、ジャンは僅かに目を細め、そして話を続けた。
「それについては魔王様が直接謝罪したいとおっしゃっております。
ですが私からもお話させていただきます」ジャンはあの日の事を話しだした。
四方の国から攻撃を受け、陥落寸前だった魔族国は、
人族を国から追い出し、奴隷として迫害されるすべての魔族を自国に戻したいと
神に願い受理された。
そうして全ての魔族が魔族国に。全人類が南の王都に転送された。
魔族と人族という分け方をしたが故に、家族を引き裂いてしまったのだと言う。
そして魔族国内の家族の依頼で、別れた家族を捜しているのだそうだ。
「あなたは魔族国に害をなす方ではないと、一次審査で判断されました。
よって希望されるのでしたら、ご家族と再会し共に生活する権利が与えられます。
しかし、住む場所は指定され、就労も課されます。
もちろん監視もつきますし、更にこちらを着けていただきます」
そう言ってジャンが振り向くと、甲冑蟻が何かを取り出す。
「………嘘だろう…」
おおよそ人間の尊厳を奪いかねないソレは、
耳までスッポリ入る、大きなケモ耳カチューシャだった。
「いや、人として、ソレはどうかと……」
「ですが、魔族国の全てと言ってもいい数の国民が、
人族からの迫害を経験しておりますので、
そのままの姿ですと怖がらせてしまうのです」
出身地の村にいた、魔族達の境遇を思い出す。
「…これを着ければ家族に会えるのか?」ジャンは力強く頷く。
震える手でカチューシャを取り装着すると、意外と音はしっかり聞こえる。
きっと奇怪な姿になっている筈だ。
馬鹿にされているようにも思えるが、ジャンは真剣な顔をしている。
「……これでいいか?」
「はい。これで面会可能です。ですが面会の場で二次審査となります。
この審査には魔王様、法王他、重鎮の方々が立ち会われます」
「随分と慎重なんだな」
「人族を国内に入れるのは、そう言った事かと存じます」
ジャンは眼差しを、キッと強くした。
「面会は行われます。ですが二次審査で不適合と判断された方は、国外追放となり、
今後一切の魔族国への立ち入りを禁じます」
ジャンと共に甲冑蟻が、ピリリとした空気を放つ。
甲冑蟻は腰に剣を帯びている。つまりはそう言う事だ。
「解った。家族と一緒に暮らせるなら、他は一切受け入れる。
だが俺が行く事で、今度は魔族に家族が迫害されるような事はないだろうな?」
一瞬、意外そうな顔をしたジャンは、フッと息をつき
「それも、あなた次第かと。
グレタさん達はすでに、獣人村の方々はもちろん、国からも重用されていますよ」と笑顔で答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます