第38話生還者(グロ注意)

血の臭いと生温かい人息れ、

そして呻き声に突然包まれて、窮屈な薄暗い場所で叫び声を上げる。


叫んでいるのは自分だけではない、

化け物の咆哮のような声が、地鳴りのように響いている。


俺は今、薪割りをしていたんだぞ!俺は悪夢でも見ているのか?


そこら中が生温かく、化け物に丸飲みにでもされた気分だ。

窮屈な場所から這い出ようと、もがき続けるとわずかに明かりがのぞく。

そして明かりが射した手元には、半分浮かび上がった血を吐く男の顔。


叫び声を上げ、自分の上に乗っていた何かを跳ね飛ばすように起き上がると

自分がいる場所が人の上だと気づいた。

起き上がった拍子に跳ねのけたのも人、そして手をついた場所は人の顔で、

その顔が痛みにゆがみ噛みついてきた。


こちらも叫びながら引っ込めた手は血まみれ。

手だけではない、全身ほぼ血をかぶっている。

身動きを取ろうにも、立ち上がるには人の上に立たねばならず

動かなくても体の下から悲鳴が上がる。


そのすぐ近くに人が落ちてきた。


動けるものは立ち上がったが、その途端に凄まじい悲鳴が上がった。

足に捕まり逃げるのを邪魔しようとする奴までいる。


動ける奴はまだいい。下に埋もれている奴は逃げる事も出来ずに

ただ踏みつけられて血を流している。その間にも人は降ってきた。


理解が出来ないが、実際に空から叩きつけらるように人が落ちてくるのだ。


人の上に人が落ち、泣き叫びながら血を流し

逃げられぬ者は逃げる者を引き倒し、怒号のような悲鳴があがる。


俺もあっという間に引き倒され、逃げる者に踏みつけられて

逃げられぬ者の一部になった。



血だまりで溺れそうになって目を覚ますと、相変わらず人の上に寝ていた。

呻き声は続いているが、もう人は降ってはおらず

吐き出した血は自分のものかも解らない。

踏み荒らされた人々は、ジャムを塗りたくったかのように、赤く黒く染まっていた。


顔のない所に、恐る恐る手をつき体を起こすと、身じろぐだけで呻き声が上がる。

だがここに居るべきではない事だけは分かる。


後ろから悲鳴が近づいて来て、俺のすぐ傍を通って行った。

歩くたびに上がる悲鳴。彼等はどこへ行こうというのだろうか?


人が進む方向に目をやると、見覚えのある門が見えた。

その先には穀倉地帯に続く森。



「……帰ろう」

表情なく立ち上がると、凄まじい悲鳴が上がった。

耳には届いていたが、門とその向こうの森しか見えなかった。


一歩一歩進むたびに、足元から上がる悲鳴、怒声、泣き声。

足をとられて倒れても、それでも帰らなくてはという思いに突き動かされた。


自分がいた場所は人が積みあがった崖の上で、

門へと続く路地へは崖を降りるしかなかった。

人に捕まりながら崖を降り、途中で掴んだ手が千切れて落ちたが

その場所もまた人の上だった。

足元から人が消えると、地面の固さを感じた。こんなに固かっただろうか?


足がうまく動いていないようで、自分の体が重い。

それでも帰る事しか頭になかった。


ただ帰る、それだけを思い、どれくらい歩いたのだろう。

王都から続く道を抜け、森に分け入る。

青い草の匂いが肺に広がる。やっと呼吸が出来た気がする。


家に帰る。そうすれば家族がいる。

幸せな日常がある。みんな待ってる………



気が付くと草の中に埋まっていた。どうやら倒れたらしい。

体を起こそうとするが力が入らない。


「……帰らなきゃ」

やっと声が出たが、喉の奥まで痛みが走る。


「帰る…帰るっ……」

呻いて藻掻くが、それでも体は上がらない。


「帰るぅ…」

涙が出てきた。すると


「どちらにお帰りになるのです?」と声が聞こえた。


「家だ…家に帰る……」

「ご家族には会いたいですか?」


奥歯を噛みしめる、そして

「会いたいに決まってるだろう!」

ありったけの声を出す。


会いたい。涙が止まらない…



ふと自分の近くにゴマのようなものが、こぼれているのに気が付いた。

わずかに体を傾けると、地面からゴマが吹き上がっているのが見える。


そして現れたのは、後ろ足で立つ猫とネズミ。


ネズミが喋った。

「あなたのお名前はアレクさんで間違いありませんか?」


頷くと、ネズミは続けて

「あなたの奥さんと、お子さんの名前を教えてください」

「妻はグレタで、娘はエマ。息子がロンだ!」


すると腕を組んでいた猫がおもむろに

「この男は信ずるに値するニャ」と言った。


なにが起きているのか解らなかった。

体の周りではゴマが蠢いている………


「蟻?」そう思った途端、

台車にでも乗せられたかのように、体が高速で滑り出し

頭から穴へと垂直に引きずり込まれた。





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