第30話法の番人

ケット・シーさんの名前はガット。猫の国の王様だ。

二本足でしっかり立って、腕まで組んで斜に構えている。


机に乗っているときは普通の猫に見えたけど、立ち上がると案外大きい。

艶やかな黒い毛並みの胸元には白い飾り毛が蓄えられ、丸い金色の瞳が印象的。

ピンと尖った耳が余計に大きく見せるのか、それとも王族オーラのせいなのか?

女王達と違って、隙がない感じだ。


妖精というカテゴリーでありながら、国家を持って自立し

他の妖精と一線を画す彼等だが、この存外に設定の甘いゲームにおいて、

可愛いというだけで女神に盛られてしまった被害者だった。


彼は王様として産み落とされたものの、国を作ろうにも仲間が足りず

そのうち戦争が始まって、わずかな同胞にも被害が出た。

更に魔族転送の憂き目にあい、結果として仲間と合流出来たけど

人が信用できずに隠れていたらしい。



だけどその割には、会議に呼ばれなかった事には怒っていてですねぇ

魔族国が出来たことを褒めつつも、何かクドクドと言うんですわ。

出てこなかったのは、あなた方なんですけど…


しかも話を要約すると

建国したいけど人も金もないので、連合国にまーぜーて!って事だった。



どうして王族と言うのは、上からものを申すのか…

戦力が増えるのは有難いけど、正直めんどくさい。


でも転送で呼び集めといて追い出すのも違う気がする。

そして住む場所も問題。

部族や産業ごとに土地を区切ってしまっているから、

空きスペースとなると、あまり良い場所が残っていない。



「それについては提案があるニャ。

この国はまだ司法制度がニャいであろう?」

「それは裁判所とか刑法の話ですか?」


「さよう!お主、これだけの人民を集めておいて、

悪い事をしたらゴメンなさい!で済むと思ってニャいか?」


それはアロレーラにも言われていた事だ。

多種民族国家のため、生活習慣の違いから誤解を生む事が少なくない。

今は喧嘩の仲裁程度で済んでいるけど、これが頭痛の種なんだ。


「お人好しのお主の事ニャ、揉めるくらいニャら要らないとか、

好きな物を選んで良いと言われても、変に気遣って小さい方を選んだりとか、

いらん事して無駄に疲れてはいニャいか?」


はぁーーー身に覚えがあり過ぎて息苦しくなってきた。

というか、どっかから見られてましたね。コレ。


「人から嫌われたくニャいあまり、どっちつかずで白黒つけられず、

限りニャく広いグレーゾーンを持っておるのであろう!」


「ですが、悪い事は悪いと自分を律しております!」

さすがにカチンときたので言い返すと


「それを他人にも問えるのかニャ?」ときた。

「……………。」


「それを裁くのが法ニャ。

ニャに、人には向き不向きがある。ケット・シーは民の味方、法の番人ニャ。

このガットが魔族国に味方してやるニャ」


完全に言い負かされました。悔しいけど口で勝てる気がしません。

だけど言い方ってもんがあるでしょ?

確かに白黒つけるのは得意じゃないけどさ。

それが王の資質と言われても、やる人が居なくてやらざる得ないだけだから!


それとも代わりにやってくれるの?

そう思ってガットを見ると、不遜な態度をとるでもなく、こちらを伺っている。



なにかおかしい。

ざまぁ系は、理不尽をオーディエンスが認めるから成り立つのであって

一般的には博打に近い悪手だ。だからこそ、初対面の私になぜ言った?


………つまり、目的は論破ではない。


この王様、たぶん町工場の社長さんタイプだ。

そしてこれは、自分達の売りを武器にした大手企業への殴り込み。

確かに国と呼ぶには、ケット・シーの数は少なすぎるし

魔族国は零細企業だけど、人数だけはいるからね。



しかも大将の単騎特攻。

インテリかと思ったけど、魔族ってそういう性質の人を指すのかな?

そう思うと少し笑いがこみ上げそうになる。


おまけに少し離れた草むらで、尖ったお耳がぴょこぴょこしてるのよ。

ガットの耳もそっちを向いてるし、お互いを気遣っているのがそれだけで分かる。

応援団を背負ってたら、確かに負けられないわ。



「わかりました。

女王国とも手を組んだし、ケット・シーとも組みましょうか。同盟!」

それまで威圧するかように見開かれていた金色の瞳は

緊張が解けたのか細くなり、口元も緩んだようだった。



話が終わりガットの呼びかけに、草むらから出てきたケット・シー達は

魔族転送をしたばかりの国民そのものだった。


「一緒に姿を見せてくれれば、こっちだって警戒しないのに」


「少数とはいえ国家ニャ。弱みニャど見せられニャい」

ガットは変わらず強気だけど、ケット・シーの皆さんは腰が低そうだ。


「でもみんなで出てきてくれたのは、隠し事は無いって事でいいのかな?

人族と敵対している以上、国内に揉め事を招き入れる訳にはいかないから」


「揉める気はニャい。ただ国の意義を認めてほしいだけニャ」

「それを働きで返していただくのが、この国の流儀ですが…問題はないですか?」

そう言ってニッコリ笑うと、

「お主、存外に抜け目がニャいではニャいか」と笑われた。



弱っているケット・シーさん達を作りかけの診療所にお願いして

居住スペースは、急遽必要となった裁判所に作ることになった。


ガットは、他のケット・シー達にとっての王様なので、

それを加味して『法王』と、前世の使い方とは違うけど、

役職名として呼ぶことにして、

ケット・シー達と共に魔族国民に加わっていただく事になった。


裁判所のスペースをとると、女神の館が更に小さくなるのだけど

それは伏せておこう。



早速、ド組の棟梁バーリンに伝えに行くと、長ーく唸ったのち

「バランスがなぁー」と言った。


確かに中央にメインの建物があった方がバランスが良い。

でもドラマに出てくるような、裁判所を再現しようとすると案外面積を取りそうだ。

移動しても問題がないのは、アロレーラが希望した研究所の場所だったんだけど……


「いっそ中央の役場の中に裁判所を作ったら?

議場も作るつもりだから併用するとか?」


「でもなぁ、魔王様よぉ。

前の会議で机丸く並べて、伝説の円卓とナントカ王の話してたろ?

あんだけ場を盛り上げといて丸いテーブルでなきゃぁ、

偉いさん達が納得しねぇだろうよ」


いいよねー、円卓。国際会議のニュースで見るけど

あれ相当広い部屋だよね。でも円卓会議、ロマンがあるのよ!


「それに…なんだ。

ネコ王様もあんまり狭い住まいって訳にはいかねぇだろ?」


「確か役場に私の居住スペースを作るって言ってたじゃない?

そこを王様に譲ったら?」


「魔王様だって、王様じゃねぇか!」渋い顔の棟梁に、ガットまで

「やはり、お主はそういう奴ニャのだニャ」って、

私の住まいより、国民が便利な方がいいじゃない!


結局棟梁を言い含め、ケット・シー達に譲ると、ガットはやれやれという顔をした。



とはいえ棟梁が渋る気持ちも分かるんだ。

なにせこの役場建設が、一番難航したんだよ。


国民みんなが使う役場。国民の為に!と言うと、

省庁と言うべきなのかもしれないけど、人口からして村役場。


当然みんなで使うものだから、みんなが使いやすくしなきゃいけないんだけど

ここで問題になったのが、国民の体格差。

そもそもドアのサイズをどうしようとなるのです。


大きければ良いかと言うと、小さい者は扉が重くて開けられない。

だったら大きな人が通った時に、一緒に通過しようとすれば、

足元を通るネズミに危険が及ぶ。

縦の大きさばかりに気を取られていると、ジェニファーが横幅でつっかえたりする。


とりあえず小さい者用の50×30センチの扉はつける事になったけど、

メインの扉は、サイクロプスの身長とジェニファーの横幅を加味すると

最低でも3×3メートルになってしまい、非常に不格好。


じゃぁドアに見えるバランスで5×3メートルにしたらって言ったら

「ドアだけで二階の高さじゃねぇか!」とドアーフ達が怒りだす。

ユニバーサルデザインって、ホント難しい。


結局バランスよく見えるように、

3メートルのドアの上にステンドグラスの飾り窓をはめ込んだ。


これがガラス職人アオジタの力作で、

世界樹の前に立つ女神と魔王を中心に、トカゲ、エルフ、ドアーフ、サイクロプス、魚人が集うデザイン。

構図は絵が上手なエルフが監修した。


さらにドアーフが錬鉄で虫や鳥、妖精達を、窓枠などにちりばめて

役場自体に国民が勢ぞろいする華やかな作品となった。


でもそれを見たガットが、ケット・シーが居ないって怒りだした。

そんな事言ったって、隠れて出てこなかったんじゃない…


でもこれが仲間になりたい気持ちの表れだったら嬉しいんだけど。

ひとまずケット・シーは、レリーフを彫るか何かをする事で我慢してもらった。


かくして、国の中心の役場は完成したのである。









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