第19話ファイナルゲーム

「しかしあの短時間で、よくこんなエグい作戦を思いついたものじゃな」

哀れな物言いをしながらも、女神はニヤニヤしている。


魔族国に魔族を転送した時も、それなりに混みあった状態だった。

それと同じく世界の九割をしめる人族が、

ひとつの都市に無理やり押し込まれたのだ。


都と言われる都市がここより狭いことはないだろうけど、女神が言うには

「ここと同じような広場に飛ばした」そうだ。

あの時女神は、画面をスワイプさせながら何と言っていただろう……


四つの王都に分散できれば、まだマシだったかもしれない。

本来、狙ったのは食糧難だった。

人口が集約する事で食料が足りず、穀倉地帯に取りに行くのもタイムロス。

結果出兵が遅れるだろうと思っていた。

その間に守りを固める事が出来れば、戦わずに済むかもしれないと考えていた。



だがあの日、たった一日で世界の人口は半分ほどになった。

そして考えた通り食糧難で人族は数を減らし続けている。


ルールブックを見れば詳細な人数までわかる。

でもそれをしなかったのは見たくなかったからだろう。

自国はチェックしていたのに、

無意識に、いや意識的に確認を避けていたのだ。


「世界の人口が半分になってもゲームは続くのですか?」

やっと絞り出せた声は、ひどく乾いていた。


「それも兄者次第じゃな。なにせコレは兄者が始めたゲーム。

俺様ルールなヤツなのじゃよ」

そう言うと、女神は首をすくめてみせた。


「ちなみに西の王は圧死。北も最初の奴は死んでおる。

おかげで東と南は大喧嘩じゃ。あれでは戦争どころではないのではないか?

北も転生したし、西もそろそろじゃろ」


女神は肩を揺らして笑いを堪えている。

さっきまで一緒にステンドグラスを見ていたドアーフは、

伏目がちに行ってしまった。



「……で、どうするのじゃ?」

いつかも聞いた楽し気な問いに、深く息を吐き、胃の中の物を必死に下げる。


「仮に王を倒しても、転生し続けるのなら終わりにならないではありませんか……」


それとも魔王が死ぬまで、このゲームは続くのか?

だったらインフラを整えてから終わらせればいい。

もう世界の主導権を住民に返すべきだ。


「ここまできて、そなたを降ろす訳がなかろうが」

考えを察したのか、近づいてきた女神はゾッとするほど低い声で、耳元で囁いた。


「それにゲームはファイナルじゃ~。

今度転生する王を含めて五人。それ以上の転生はない。

世界を統べるもよし。従わぬ国を滅ぼすもよし。

最後に残ったものに、この世界を授けよー!」

女神はそう言ってクルクル回る。


能天気な言い方に、泣きたくなるほど頭にくる。

爪が食い込む手のひらに、意識を向けて殴りたいのを踏みとどまる。

どちらにしろこの争いは、ルールに準じて終わらせるしかない。


「では確認ですが、神への三つの願いは王自身の願いですか?

神自身が干渉する、また他の王が干渉、略奪する事を禁じていますか?」


「えっ…な…」

気持ちよく宣言したのに、余韻も残さず質問したので女神が詰まってしまった。


たぶん顔すら作れていない。

不快感がダダ漏れで、自分でも驚くほど突き放すような声だ。


「また三つの願いを叶えた王が、最終戦だからと願いを強請る、

もしくは与える事のない様にしていただきたい!」苛立ち気味に叫ぶと


「それを決めるのは、お前じゃない!」


尖った怒声と共に宙に現れたのは少年だった。

「あ…兄者!」


やはりそうかと少年を見る。

女神より少し大きいだろうか。くせ毛の髪は女神と同じ色をしている。


「では再度確認をしてもよろしいでしょうか?」

眩暈がするのを必死に堪えて、何事もないかの様に少年に告げると

「…お前、オレを恐れないのか?」と圧を強める男神。

プレッシャーは女神の比ではない。だけどね、


こっちもくだらないゲームに巻き込まれて、吐きそうなほど頭に来てるのよ!

あんたでしょ、ゲームマスターは!

しでかした事の大きさに、泣きたい気持ちの方が大きくなってきたけど、

それは今すべき事ではない。


「元は神々のお決めになったルールでしょう。

しかし私はプレイヤーとして、それを正しく理解し準ずる必要があります」

ここで不利な条件を飲まされる訳にはいかない。口を引き結んで目に力をこめる。


「確かに転送禁止なんて、ルールブックにはなかったもんな。

だが、あの状態からゲームをひっくり返したのには呆れたぞ」

怒っているかと思いきや、目がギラギラしている。

コイツも命を軽視するクソゲーマーだ。


「なら改めてファイナルゲームのルールを決めてやる!オレが法だからな。

王はお前を含めて五人。以後補充はない。

北の王が既に転生しているから、あと二人だな。

このゲームは、人の王が邪悪な魔王を倒すのが目的だ。魔王は完全悪だ!

魔王を倒した後はバトルロアイヤル。

全ての国を滅ぼしても、配下にしても良しとする。


そして願いは三つ。神は干渉しないし、他者が奪うことも出来ない。

お前の願いは残っているが、新ルールによりあと三つだけだ!

そして一切の転送が禁止だ!」


ニヤリと笑う男神の前でルールブックを確認する。

「確かに改訂されたようですね」と言うと

「それだけか?」と男神。


「ちなみに魔王の勝利条件は、

人族の完全掌握か駆逐でよろしいですね」とニコリともせずに言うと

男神は狂ったように笑い出し、そして

「やってみろ!」と挑発的に威圧して消えた。



「フーーーーー」

目をつぶり深ーく息を吐くと、

息と一緒に隠しようのない、どす黒いオーラがあふれ出る。

殺気で人が殺せるのなら、今なら軽く出来てしまいそうだ。


ゆっくり目を開けると違和感が。

大人というには小ぶりな手から、とんでもなく長く黒い爪が生えていた。


「やりやがったな、クソ神が!」思わずイラついた声を出す。


女神は何故か正座で祈りながら泣いている。

神が魔王に祈ってどうする。


ん、なんか口まで変だ、牙でも生えているのか?

触ると牙と言うより、でっかい八重歯。そしてまたツノが生えていた。


振り向くと、女神は流れるようなジャパニーズ土下座を披露した。

どう見ても西洋系の女神が、なんで土下座に慣れてんだ?

あれか?ダメ神もテンプレか?


土下座のままで微動だにしない女神を、無言で見下ろす。

これか?コレに謝っているのか?


「コレ、邪魔なんで折りますね」そう言って、おもむろにツノに手をかけると

「なぜじゃ?ツノがあった方が魔王らしいではないか!」と女神は顔を上げた。


「邪魔だからですよ。それに見た目だけの問題でしょ?

中身が変わらないのに、要らんオプションつけられても迷惑なんですよ」

「見た目が大事なのではないか⁈」


「誰かにそう言われたから、そんな話し方をしているんですか?」

女神の肩がビクリと揺れる。図星だったか。



顔色も悪いので話題を変える。

「ところで転生はあと二人と言っていましたが、南の王はまだ存命なんですよね?」


「それなんじゃが、転送によって王を含む全ての人族が南の国におるじゃろ?

この事態に東と南の王が喧嘩になっての…

その…殺し合いをせん勢いじゃったもんで、そこから先は見ておらんのじゃ」


「なるほど、残りの王もクソなんですね」

「……お主、全く隠さなくなったの…」

ニヤリと笑うと、女神は小さく悲鳴をあげて逃げようとするが

その腕を掴んで捕まえる。


「なっ!」

「お聞きしたかったのですが、今までどちらにおられたのです?

そして何故このタイミングで戻ってこられたのですか?」


「……いや、そろそろ国が出来てるかなーと…お主顔が怖いぞ」

「ツノが生えたからじゃないですかぁ?」

「笑顔にうさん臭さが増しておる!」


逃げたそうな女神を掴んだまま、周りを見ると

先程ステンドグラスを見ていたドアーフさんとナンナがこちらの様子を伺っていた。

合図をするとふたりして来てくれたので、ドアーフさんに話を振る。


「せっかく女神がいるんだし、女神の館の打ち合わせをしなくていいの?」

すると途端に女神が興味を持ち

「我の館を建てるのか?」と聞いてきた

ドアーフさんはなんの話だ?と言いたげだったけど、

その隙に、ナンナに女神を引き留めるように言っておく。

願いを聞いてもらうには、彼女がいなくては始まらない。


「じゃぁ、お茶でも入れましょうか。お菓子もありますよー」という

ナンナにあからさまに反応する女神。この手でいこう。

女神をなだめすかしてナンナにお願いし、次の行動にうつる。


急ぎ女王に会う必要がある。

近くにいたシルフを捕まえて通訳をお願いすると

「いつもの子を呼んでくるの~」と呼びに行こうとしたので、

一緒にドラゴンも探してきてほしいと頼んでおいた。



「しかし完全悪ねぇ……」待っている間に思考を巡らす。

故意でないとはいえ、それは理由にはならない。


加えて『オレが法』

それはオレが納得するまで終わらないと同義ではないのか?



見た目にこだわりはないけど、

やり場のない怒りを向けたくてツノを握る。すると前回と形状が違う?

前回は真横に生えていたから、

折れたところを髪で隠せたけど、今回は頭の上に乗ってない?

しかも折っても前頭部が残るバッファローみたいなヤツっぽい。


「これ折ったら、頭にカマボコ乗せてるみたいになるじゃん……」


前のツノを折ったから、嫌味でまた生やしたのか?

そもそも、なんでそこまで見た目にこだわるんだ?

ルールも言うほど変わってないし、考えるほど癇癪起こした子供のソレだったな。

「これが業の深さか……」頭以上に心に重くのしかかる。



程なく先ほどのシルフが戻ってきて

「もっと早い子がいたの~」と

腕を引かれて連れていかれたのは、完成したばかりの水路。

そこで紹介されたのは……


「女王の城までか!いいぜ、乗りな!」と

元気に言ってくれたのは、カジキマグロだった。













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