第9話首脳会議

景色を俯瞰するために、ドラゴンのバーンに乗って飛んでいた位置は、

高層の展望台から見下ろしたくらいだろうか?


飛行機よりは低いけど、ちょっと肌寒いので

昨日拝借してきたブランケットを羽織りながら、寒さと風に耐えて居たというのに

身長3センチのカマ子は地上から飛び跳ねて来たのだという。

さすが一寸でも魔族を名乗るだけある。


でも普通その勢いで来られたら、頭撃ち抜かれるよね。

魔王になって体が頑丈になったのかしら?


花火やってたら、おでこにカナブンが突撃してきたような、

あのくらいの衝撃だった。

えっ?攻撃性高いよ。田舎のカナブンは。


しかしカマ子の来訪は、国際問題の始まりだったのだ。



我々は今、寒々しいホールで頭を垂れている。

目の前には3つの玉座。

ギチギチ音を立てているところを見ると、相当イラついている。


隣には平伏するカマ子。

だが小さいカマ子は目に入りずらいので、実質玉座の前で、ひとり晒し者である。


おまけに部屋の両脇には鎧姿の兵士が、細身の槍を持って立ち、

冷ややかにこちらを見ている……気がする。


うーん。魔族国に来てから、いろんな種族と出会ったけど、

虫系の人達は表情が分からない。


そもそも会話というものは、

お互いが伝えようと努力をしなければ、伝わらないものなのではないだろうか?

ジェニファーと同じ事をしろとは言わないけど、歩み寄りは一切感じられず

王と直接話すと言われ(雰囲気)通訳すら呼ばせてもらえない。


カマ子が地上から飛び跳ねてきた後

鎧に身を包んだ等身大の蜂が現れ、連れてこられた場所がここだった。


ここまで送ってくれたバーンが、慌てて助けを呼びに行ってくれたので、

誰かが来てくれるとは思うけど……



チラリと目を上げると、ドレスを着た人間サイズの女王蟻と

オレンジと黄色の女王蜂が、足を組んで座っている。

玉座の前で、とんでもないアウェイ感にさらされております!


とはいえ折角の機会を不意にする訳にもいかない。

例え彼等の言葉が分からなくても、こちらの言葉は通じるのがこの世界。

言葉が違うのではなく、たぶん声帯の作りが違うのだ。


私はうやうやしく頭を下げてから話しだした。


「お初にお目に掛かります。先日転生を果たしました、今世の魔王でございます」

そういえば夢設定と思っていたけど、転生でいいのよね?

ふとした思いつきを払い、挨拶を続ける。


「戦時下の混乱によりご挨拶が遅れましたこと、深くお詫びいたします。」


今回連れてこられた場所は、城壁作りの目安にしようとしていた特徴的な岩山。

どうやら蟻塚だったらしい。


魔族判定された人達を、女神によって一堂に集めたので

あの時集まったのが魔族のすべてだと思っていたし、

何よりこんな近くに独立国家があるとは思わなかった。


そうなると虫は魔族認定の範疇外の可能性が出てきた。

たまたま五匹が意思の疎通が出来るまでに、進化したのかも知れないけど

カマ子達は元から魔族領に住んでいただけだったようだ。


だとしても連絡もなしに、

地殻変動を起こすほどの大工事をすれば、苦情が入るのも当然。

むしろ蟻塚が崩れる前に呼んでもらえて良かった。



「今回の人族の撤退は神の御業によるもの。

一時的なものであり、再び攻め入ってくるものと思われます。

なぜなら彼等の目的は、この土地と住人の掌握だからです」


これには歯ぎしりのようなギチギチ音と、威嚇のような羽音が返される。

言葉はわからないが、怒っているのは伝わる。


「人族は我が国の同胞、友人を攫い奴隷として使役し続け、

使い潰しては攫うを繰り返しておりました。

それは魔族国が国として脆弱で住人を守るすべを持ち得なかったからです。

そこで人族が撤退した僅かの間に防衛体制を整える事とし、

急ごしらえな工事となってしまいました。


我々は同胞を救うため、人族を人の国に返し、

人の国にいた同胞を魔族国に転移させることを神に願い、受理されました。

今回は叶えていただきましたが、次はこうはいかないでしょう。

我々は軍事力を持っておらず、戦うことも望んでいないからです」


これには意見があったようで、激しく羽音をたてていたが

羽音が止むのを待って口を開く。


「魔王は倒されると代替わりをし、

今までの方針は白紙に戻ると神から伺っております。

ですので防護壁を形成する一方、代替わり後も住民が不自由なく生活出来るよう、

自立した生活基盤を作り上げる事を目標とし、今回の大規模工事に着手しました。


私も代替わりしたばかりで分からないことも多くありますが、

神が制定した『この世の理』がここに記してございます」


「よろしければご確認ください」

そう言って、ルールブックと呼ばれる石を捧げる。

甲冑蟻さんがルールブックを受け取り、女王蟻に渡す。


女王蟻は左手でこめかみを抑えるような仕草で、右手の石を眺めていたが

やがて残りの腕で腕組みをした。


隣の女王蜂が羽を震わせると女王蟻が石を渡し、

しばらくして最後の女王蜂も石を受け取り同じポーズをした。


嘘は言っていない。

そもそもルールブックを覗けば世界地図から人口の分布、

資金や軍事力まで知れてしまう。

ただここでの軍事力は兵数なので、職業軍人のいない魔族国の軍事力はゼロ。

レベルアップ(戦争)も、していないので魔王のレベルだって1である。


女王蟻はルールブックを手に、深くため息をついた。



その時大きく扉が開かれ、入ってきたのは蜘蛛のジェニファーだった。

どちらかと言えば、通訳が出来る人に来てもらいたかったんだけど……

虫同士にも付き合いがあるらしい。


ジェニファーは身振り手振りで必死に伝える。

必死さは伝わるものの、相対する女王達は高圧的な態度になっていく。


先程までは聞く姿勢でいてくれたのだけど、

手の内をすべて見せてしまったからだろうか…



なんだろう?

手土産のひとつも持たずに的なアレか?


勢いをなくすジェニファーをよそに

ふんぞり返った女王蟻が、ハイヒールをこちらに向ける。

なに?靴でも舐めて詫びろって?



こちらも、やりたくもない役職(魔王)をしているが、

変わってくれるなら、むしろ願ったりだ。


ヒールをこちらに向けたまま、ふんぞり返って手招きをしている。

それを見るうちに、なんだかイラッときてしまい

おもむろにツノに手を掛け、躊躇なく叩き折った。


誠意の何のと言う気なら、手土産代わりにくれてやる。



ギョッとして固まる女王蟻の手にツノを乗せ、

代わりにルールブックを回収する。


うん。バランスが悪い。

もう一方のツノも折り、左の女王蜂に振り向くと

「無理!」と言いたげに手を伸ばしていたので

その手に無理やり握らせる。


残りの女王蜂用に、尻尾を引きちぎると

両手を後ろに隠して首を振っていたので、その首にかけてやった。


魔王の象徴であるツノと尻尾は魔力たっぷり。

素材にするなりお好きにどうぞ。


これで魔力は激減し、両サイドにでっかい円形脱毛のある

ただの発育不全のお子様だ。戦おうにも戦えまい。



さっきも言ったが私は戦わない。作戦は籠城一択。

そのために自給自足で完結し

心優しい自国民とスローライフを目指すのだ。


協力関係になれないのなら

工事の迷惑を詫びて、それで終わりだ。

気を遣う近所づき合いなど無駄でしかない。



「まお~さま~

言われたお土産、持ってきたの~」

窓からシルフが入ってくる。やっときたよ通訳が!

これでベソをかいてるジェニファーを下げてあげられる。


ドラゴンのバーンを返す時に

通訳と手土産の件を伝えておいたのだけど

人族の食べ物に馴染みがなくて、すぐに見つけられなかったのかもしれない。


でもシルフが入ってきた途端、顔を上げたところを見ると

さては匂いで気づいたな。



持ってきてもらったのは、昨日強奪してきたジャム。

農産物が出来たら、こんな物もお納め出来ますよ~アピール。

ただし国交樹立が出来たらの話だ。


正直、軍事力丸裸の我が国は

軍事国家と手が組めると非常にありがたい。


人族の国の軍事力も、前回見た感じでは中世程度。

今後願いでミサイルや飛行機を導入しない限り、幾重にも防護壁を重ねれば

防ぐことは可能と考えている。

国交が樹立した場合、外輪山もその範囲とし、

必要があれば城のリフォームにも手を貸す。



だが断れば蚊帳の外だ。

人族が攻めてきた際にも、魔族国には助ける義理はない。

言うだけ言って、うやうやしくお辞儀をして踵を返す。


女王はプルプルしながら、めちゃくちゃツノを返したそうだったけど、

ツノと尻尾は最大級の礼だと言って、無理やり押し付けた。

もの凄くいらなそうだし、黄色い女王は気を失いそうだけどね。



実際私も欲しくない。むしろ無くなってスッキリした。

いらないものを押し付けるのは気が引けるけど、他に差し出せる物もないから

異文化交流だと思って諦めてくれ。


ここまでして共闘出来ないなら仕方がない。

人族がいつ攻めてくるとも知れないので、時間を無駄には出来ないのである。


帰る際。護衛騎士が二名つけられたが

彼等はしばらくカマ子につき魔族国を視察するらしい。


上手くいったらカマ子には外交官になってもらおう。












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