海外で映画を見に行った話

 突然だが皆様、映画はよく見るだろうか。

 

 最近はNetflixやプライムビデオを中心として映画のサブスクリプションが急速に広まってきており、山奥で木の実を摘み薪を割るような隠遁者を除き、我々大半の一般人は何かしらの映画サブスクリプションに加入しているだろう。実際ICT総研という会社が提出したデータによると2023年末に動画配信定額制サービスに加入している3280万人であったそうだ。同時点での日本の総人口が1億2393万人だったことから、実に日本の人口約4分の1が動画系サブスクリプションに加入している。

 映画サブスクリプションの隆盛は間違いなく我々が映画に触れることを簡単にしただろう。わざわざ映画館やレンタルビデオ屋に行くこともなく自宅で、しかも1本ごとに支払いが発生する家計への罪悪感なしに映画を楽しめるようになったとあればこの急速な拡大も頷ける。コロナウイルスによる巣ごもりの後押しもあったとくればなおさらだ。

 もちろん私もご多分に漏れずNetflixを愛用させていただいている。週末共に遊びに出かけるような友人もいないため、休みの日はもっぱらNetflixが友達代わりだ。リビングそのソファに体を預けながらその時気になった映画を見る。英語の勉強もできて一石二鳥、一挙両得である。なんて優秀な友達だろうか。これで喋ってくれたらな。

 しかし、しかしである。やはり映画というものは家のテレビで見るのと劇場で見るのとでは満月とミシシッピアカミミガメくらい別物なのだ。劇場の迫力あるスクリーンと四方からこちらを圧殺せんがごとき音響。それだけではない、これから何を見ようかと映画館に向かう道中から、チケットを購入しシアターに入る瞬間、エンドロールを眺めながら映画の余韻を噛み締める時間、映画館から外へと踏み出す生の体験への解放感、これらすべてが「映画館での映画鑑賞」の価値を形作っているのだ。そこにはサブスクリプションの持つ利便性にも代えられない体験としての価値がある。人はどれだけ利便性のジャンクフードに飽食を感じようと、心のどこかでこの体験を忘れることができないのである。


 前置きが長くなってしまった。詰まるところ、おうち映画に飽きたので映画館に繰り出してみようということだ。

 オークランドの中心街には主に2つの映画館がある。一つは「イベントシネマ」、こちらは日本で言うところの東宝シネマズやMOVIXと同じでかなり大きな映画館だ。オークランド中心街のさらに中心の通りであるクイーンストリートに居を構えるイベントシネマは内容もかなり充実しており、最新作を取り扱うことはもちろんIMAXや4Kの設備も整っている。オークランドで映画を見るならここを外すことはできないだろう。

 だが今回は、あえてこの素晴らしい映画館を外す。私が向かうのはもう一つの映画館「アカデミーシネマ」だ。

 「アカデミーシネマ」はオークランド図書館の真横のほぼ併設されたような場所にある。図書館の入り口を出て右手に5mほどのところに入口があり、そこから地下に続く階段を下りるようだが、実際に足を踏み入れたことはないので内部はわからない。ただ入口の雰囲気や貼ってあるポスターからさほど大きくない、こじんまりとした映画館であることは予想できる。日本で言うならば商店街の中にあるミニシアターに近い雰囲気だろうか。京都で言えば出町座だ。知ってる?いいよ、あそこ。

 正直「イベントシネマ」に比べると内容も設備も見劣りすると見受けられるが、なんとこの映画館素晴らしいイベントがある。なんと毎週水曜日はどの映画も5$で見ることができるのだ。とんでもないイベントだ。日本円に換算すればワンコイン切っている。日々高まり続けるインフレに苦しむ日本人男性からすればこれを利用しない手はない。そして私は毎週水曜日と木曜日が仕事休み。なんなら今日は火曜日。条件が整い過ぎていて怖いほどだ。

 早速ラインナップを確認する。正直、ポスターを見かけた時からとある映画が非常に気になっているので、それが水曜日、なおかつ午後にあればベストなのだが……あるやん。水曜午後5時半。完璧やん。

 ということですべては整えられた。今日は仕事をさっさと終えてゆっくり寝て、明日の映画に備えよう。私は期待を抱いたままパソコンを閉じ仕事の準備を始めた。


 起伏の多いオークランドの中心街は小高い丘の上にそのまま作ったようで、ランドマークであるスカイタワーを中心に膨らんだような形になっている。歩いて散策するには少々面倒な地形だが、大通りを下る坂が港までゆっくりと延びる風景や石畳みの上り坂に小さな書店やカフェが並んでいる様子は土地に根付く風情を感じさせる。

 スカイタワーを横目に多種多様な人で賑わう道を下る。上を見上げている人が多いのはタワー頂上からのバンジージャンプを見物しようとしているからだろうか。ニュージーランド1の大都市を見下ろしながら飛ぶバンジージャンプは絶景らしいが、私は未だ挑戦したことはない。する気もない。怖いし。カメラを上に向ける通行人を避けて図書館へと向かう。

 オークランド図書館は中心通りから1本奥に入った坂の中腹にある。大きさに関しては小学校の体育館より少し大きいくらいだろうか。入口側は壁全体が窓ガラスになっているため中の様子がよく見える。平日の夕方だからか人は少なく、手前のスクリーンで何かを見ている人が数人見える程度だ。

 しかし今回は図書館に用があるわけではない。時刻は午後5時15分。ちょっとギリギリになってしまったが映画館に入るにはちょうどいいだろう。

 図書館横にある映画館への入口に向かう。地下から映画館らしいキャラメル風味のポップコーンの香りが漂ってくる。未知への期待と既知への安心感が程よく興奮を高める。チケットの買い方にいささか不安はあるがこの士気の高まりに比べれば些事もいいところだ。私は勇み足になって地下へ続く階段を下りて行った。

 3階層ほど降りたところで階段は行き止まり、左手に真の入口が構えていた。恐る恐る敷居をまたぐとキャラメルの香りが少し強くなる。映画館の中はまさに隠れ家のようで人も正面の受付に店員が一人いるだけだった。受付横にはカフェスペースのようなテーブルとソファ、その右手にシアターがある。陽光のない部屋の照明がひっそりと佇む雰囲気を醸し出している。

 上映15分前なのに人がいないことに思わず少し不安になる。大丈夫、時間はあってる。チケットを買いに受付のお兄さんに話しかける。

 

「ハロー、チケットを買いたいんですけど」

「オッケー。どのチケット?」

「あ~~~~~~~(長考)5時半のぉ~~~~~~~~~(断念)(上映表を指して)これ!」

「はい、これね。えsxdtfcytふつghけどどうする?」

「あ、え?」

「ああ、せfぎゅbじhj真ん中後ろから選べるけどどうする」

「(席、か……?)真ん中で!」

「オッケー。えsxrctvfgyカード持ってる?」

「持ってない!(思考停止)」 

「オッケー。dtfvgyぐhはいる?」

「いらない!(拒絶)」

「オッケー。じゃあはいこれチケット。楽しんで!」

「ありがとー!(笑顔)」


 はい完璧。チケット買って最後に笑えたらいいんだよ。

 席を確認してシアターの中に入る。シアターの中もこじんまりとしている。全体のキャパシティは150人ほどだろうか、がらんとした空間にぽつぽつと人がいるのが確認できる。後ろの方の席でご婦人方が談笑しているようだ。ゆっくりと通路を歩いて席に着く。

 席に座ったとたん緊張が解けたのかどっと体の力が抜ける。やはり英語でしかも現地人と会話するというのは3か月経っても慣れない。でも今回はうまく喋れた。真ん中って言えたもんね。


 ぼけっと先ほど手にした戦利品を見る。今回見る映画のタイトルは「Dude, Where's My Car?(なあ、俺の車は?)」である。調べてくれればわかると思うがB級映画の香りがプンプンする。ポスターを見た瞬間目に入る主人公(と思われる)のアホ面、なぜかめちゃくちゃドヤ顔の友人(と思われる)、その背後にいるよくわからないけどセクシーなお姉さま方、古き良きアメリカ産B級コメディの香ばしい香りが鼻腔を殴りつけてくる。これで大作映画だったら逆に低評価だ。今はチープなお前が見たいよ。(ちなみに邦題は『ゾルタン★星人』らしい。あ~~~~~香り~~~~~。)

 あらすじを読んだところ「バカな男達2人はナイトパーティーの後目覚めると、どこに車を止めたかわからなくなってしまい……2人の車を探す冒険が始まる!」だそうだ。そもそも飲酒運転である。

 一体この2人は何をしでかしてくれるのだろう。全然意味の分からないセクシーシーンとか挟んでほしい。そして全く伏線として回収されずに放置したまま終わってほしい。そのくせ「何で?」みたいな部分が伏線になってほしい。

 期待に胸を膨らませているとシアターの明かりがスッと落ちる。同時にスクルーンを覆っていた暗幕がゆっくりと上がっていく。気が付かなかったが人も多少増えていたようだ。おそらく少し予告を挟んで本編に移るだろう。さあ、楽しませてもらおうじゃないか。



 地上への階段を登り切り、外への扉を開ける。辺りはすっかり暗くなっており冷たい風が体を叩く。が、私はそれを気にも留めなかった。

 結論から言おう。めちゃくちゃ面白かった。ただこれはA級映画への「面白い」ではなくあくまでB級映画への「面白い」だ。

 あらゆる部分が滅茶苦茶すぎて腹がよじれるほど笑わせていただいた。B級映画とは映画が「ボケ」、観客が「ツッコミ」になることで完成するコメディだとここまで思わされたのは初めてである。

 ツッコんでしまった部分をすべて上げるとキリがないというか映画をすべて説明してしまうので、今回はここだけはお伝えしたいという部分に絞って話したいと思う。なおここからはネタバレが含まれますのでご注意ください。

 

 まず、少し前に話していた私の予想について話すと、めちゃくちゃ当たっていた。本当に無意味はセクシーシーンがぶち込まれている。物語序盤に「道でばったり出会った学校のマドンナとなぜかいい感じになっていて……!?」みたいなシーンがあるがこいつとの恋愛模様は本筋どころか伏線にも1㎜も関係ない。そもそも誰なんだ君は。

 もっと言うと意味のないコメディシーンが滅茶苦茶あった。背中に謎のタトゥーが彫られていることで盛り上がるシーンが2分近くある癖にタトゥーは事件解決に1㎜も貢献しない。車を探すためヒッチハイクをしようとしたところ謎のババアに思いっきり轢かれるが、このババアも今後全く事件に関与しないただの殺人未遂ババアである。

 そのくせなぜか「友人がディスカバリーチャンネル大好き」という設定が2,3回伏線として利用されている。しかも結構無理やりディスカバリーチャンネルに解決させるので、「ディスカバリーチャンネルに解決させるために問題を作った」のではないかと勘繰ってしまうほどだ。もはやディスカバリーチャンネルのステルスマーケティングである。


 1つだけ例を出そう。物語中盤、車を求めて無断で農場に侵入した2人はとあるダチョウ農家(ダチョウ農家ってなんだ)に捕まり納屋に監禁されてしまう。納屋の中にはもう一人男が捕まっており彼はもう3年も監禁されているそうだ。2人が絶望する中、ダチョウ農家が登場し、ダチョウに関するクイズに正解すれば見逃してやると言ってきた。そんなニッチなクイズわかるはずがない……主人公があきらめかけていたその時!友人がその回答を、さらに詳しい部分までつらつらと話し出した!なんと彼は日ごろからディスカバリーチャンネルを見ていたのでダチョウの話も覚えていたのだ!!!!!

 

 なんやねんそれ。脱出するためにダチョウに関するクイズに答えろってなんだよ。というかダチョウ農家ってなんだよ。

 

 とまあこのように半ば無理やりディスカバリーチャンネルをぶち込んでくる。その他の2回は是非ご自身で確認してほしい。

 ちなみにだが日本語が出てくるシーンもある。これも全く本編に関係ない。ぜひ確認してくれ。

 以上でこの映画への感想を終える。なんだかすこし体力を使った。いい運動だ。


 冷たい風が興奮冷めやらぬ頬を撫でる。弾む足取りを不審に見る通行人の目線が刺さるが、気にも留めずに余韻に浸る。

 ふと腹が鳴る。そういえば今日は簡単な昼ご飯しか食べていない。時刻も7時を過ぎたところ、ちょうどいい時間だ。

 今日は、そうだな。ピザにしよう。それがいい。少し行ったところにピザ屋があったはずだ。せっかくだからコーラもつけよう。

 私は人も少なくなった大通りを大股で歩いた。

 


 

 

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