第2話 諸事情で封じていた考案 聖水作り装置①

 スタンリー・ハンデルから中継地点である農村まで一日程度で着く。それまでは普通の馬を休ませる時間と動く時間の繰り返しで、退屈な時間になりやすい。普段のウェンダルは職場で魔道具職人として製作をすることが多い。休みでも、アイデアが出たら、即作製をするぐらい、ワーカーホリック人間である。ただし、今回は狭い上に、人がいたのでそれを行っていない。


「俺は大陸のど真ん中から来たんだよ」


 ダンと名乗り、白いターバンでぐるぐると頭を巻いている、髭の濃いおじさんという乗客が自慢げに言った。何も言わないことが無礼だろうと、ウェンダルは自身の職種と出身地をダンに伝える。


「俺はスタンリー・ハンデルから来た魔道具職人だ」


 ダンはちょび髭を弄る。


「そうなると仕事か」

「いや。ただの旅だ」

「分かるよぉ。旅は面白い」


 ウェンダルはひたすらダンの話を聞いていた。今まで外に出る事がなかった彼の情報収集の手段は顧客からの聞き取りだ。どう質問すれば返って来るのか。知りたい情報の言葉の選び方。こういったものを知っていた。それは職人として使えるテクでもあった。


「今回は商売人として、ある農村の商品を買い取りに来た。あれは我が故郷ではビッグなマネーだ!」

「向こうには似たような花がないのか」

「気候が全然違うからな。あっちは暑くて日差しが強くて雨が少ない。こっちは穏やかに季節が回っていく。寒さはこっちの方が強い。ないものを欲しがるというのは商売人として捉えなくちゃ……いけないんだ。あ。これ。食う?」

「いただく」


 知らない食べ物(海産物を乾燥したもの)を躊躇なく食べたり、ワインを飲んだり、ウェンダルとダンは楽しんだ。馬車での移動は順調そのもので、スタンリー・ハンデルから出発して一日程度で中継地点の農村に到着した。


「ちょっと様子がおかしい。お客さんはそこで待っててくれ」


 御者の発言に乗客二人は傾げる。きちんと出来た馬車で、何も開けないままだと中から外の様子が見られない仕組みだからだ。


「トラブルか」


 ダンが出入口の扉を開ける。ウェンダルは小さい隙間から外を見る。平らな土地と曇りの空が目に入る。ウェンダルにとって至って普通の景色だ。正直な意見を出す。


「何も変なところはないと思うが」


 ダンは横に振る。お茶目なところがある商売人の顔が消え、真面目な顔になっている。


「油断は出来ない。何かがあったと考えた方がいいだろう」


 足音が二人の耳に届く。


「お。御者が戻って来た。何があった」


 ベレー帽に似たものを被っている御者は何も答えず、出入口の扉を全開する。


「二人とも、聖水を持っていたりは」


 聖水。その言葉を聞いたウェンダルは何があったのかを察した。


「呪い。呪術師の襲撃があったか」

「数日前にあったそうです。俺達が仕事として、来られていれば良かったんですけど」


 御者は唇をきつく噛む。ウェンダルはごそごそとリュックサックを漁る。腰のポーチも手で探る。


「これで少しはマシになるはずってのを作ればいいか」


 胡坐をかきながら、お行儀悪く製作を開始する。金属の棒を使って、組み立てていく。台のようなものになる。その後、薄い紙を用意して、台の上に置く。旅で使うグラスを一番下に置く。


「何……作ってるんだ」


 ダンは恐る恐るウェンダルに質問をした。


「簡易的な聖水作りだ。ろ過にちょっと細工をすれば、作れる……と思う」


 ウェンダルのこめかみに汗がたらりと流れる。腰のポーチから何かを取り出す。クリスタルに似ているが、魔力を帯びているため、精霊結晶と呼ばれる代物だ。魔道具職人必須の素材だ。ウェンダルはそれを薄い紙の上に乗せ、浄化効果のある魔法の文字を付与する。準備は終わったと、ウェンダルは二人にあることを聞く。


「二人は水の魔法を使えるか」

「一応使えるぞ。ほい」


 ダンは水球をぶん投げた。薄い紙の上に乗せている。精霊結晶が濡れ、少しずつ薄い紙がろ過装置として機能し始める。ぽたりぽたりとグラスに水が入っていく。


「上手く行った」


 ウェンダルの頬が赤く染まり、拳を高く上げる。ダンはグラスを手に取り、回して、液体を見る。


「あったとしても、ランクは相当低いかもしれない。それは予想済みか。職人よ」

「問題ない。あとは本当に聖水かどうかを確認しよう。ひと口分はあるから、誰かを試さないといけないな」


 聖水は特殊な術や祈りを用いて作る。また認定基準は外に知らされているものではない。そのため、ウェンダル作製のものを実際に試さないといけない。ダメなら別の方法で試す。試作は何度も繰り返す。魔道具職人がやっている、いつものことだ。


「重い人に飲ませてみます」


 御者はグラスを持って、どこかに行った。馬車の中は二人だけになる。ダンは静かに息を深く吐く。


「あれが本当の聖水ならひっくり返るな。世界が。今までやったことは」


 ウェンダルは苦笑いをする。


「あれが初めてだよ」

「そうか。まあ……もしやったら神聖公国が何か仕掛けてたか」


 聖水の主な精製者は一神教の神聖教の者だ。簡単に作れると知ったら、神聖教が主な宗教となっている、神聖公国が外交などで仕掛ける。誰もが予想ができる。だからこそ、ウェンダルは考案したものをすぐ実行しなかった。


「とはいえやってしまったんだ。とりあえずは祈るよ」


 ダンは両手を合わせた。方向は勿論、ウェンダルだ。


「まだこれが聖水と限らないけれど……職人として出来ることをする。それだけだ」

「ならこちらは商売人として手伝おう」


 職人と商売人は拳を軽くぶつけた。聖水かどうかの結果が分かるまであと少し。

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