生活用魔道具職人の王国巡り~知らない間に国を救っていました
いちのさつき
第1話 追い出されたおじさんの旅の始まり
昔ながらの土で出来た壁に囲まれた商業都市スタンリー・ハンデル。上空には警備の竜騎士がいる。地上では人の営みがある。都市の外には……ため息を吐いている、灰色の髪をしたおじさんがいた。何かで汚れたシャツとズボンとブーツ。腰のポーチはパンパンに膨れている。マジックアイテムの分類の中の、生活用魔道具を作っている職人の一人だ。投げ出されたように四つん這いになっており、困惑をしていた。
「それじゃウェンダルさん。旅をしてください。あと、報告書として羊皮紙に書いてください」
そのおじさんの前に若い男が雑に投げた。リュックサックと羊皮紙。ウェンダルさんと呼ばれたおじさんは頭をかく。
「春の妖精の嘘(エイプリルフール)はお終いだろう。さっさとギルドに戻るぞ」
そう言いながら、ウェンダルは若い男を観察する。ため息を吐く。
「本気……なんだな。けどいいのか。俺の嫁が怒るだろ」
「いえ。あなたの奥さんは怒りません。寧ろ賛成をしていた方です」
若い男の答えを聞いたウェンダルの目が大きく開く。
「いやちょ。それだと生活はどうするんだ! 税を納めたりしないと!」
ウェンダルの慌てている様子を見ても、若い男に変化はない。
「手続きはギルドが完了しています。色々なところは問題ありませんし、戻ったところであなたの仕事はないですよ。三か月の休業なんですから」
若い男はポケットから二つ折りの手紙を出し、ウェンダルに渡した。
「ああ。魔道具職人ギルドから伝言があります」
「なんだ」
若い男の目が細くなり、口が開く。
「動かなくなる前に国を見て来い。ずっと商業都市にいるよりもいい刺激になるだろう。だそうです。それではウェンダルさん。いってらっしゃい」
若い男はそう言って、商業都市に戻った。ウェンダルはギルドからの手紙を読む。少しして、リュックサックを見つめ、空を見る。森を見る。数秒後、二度目のため息を吐いた。
「職人のウェンダルさん」
空から竜騎士が近づいてきた。金髪の若い騎士の顔は鎧で見えないが、察することが出来るぐらいに、声に笑いが籠っていた。ウェンダルのこめかみがピクリと動く。
「お前……知ってたな。ギルドの計画を」
「あっはっは。バレましたか」
陽気な笑いにウェンダルは苛立つ声を出す。
「それなら止めろ! 誤解をしたらどうする! 仕事はどうする!」
「でも現在、請け負っている仕事ないですよね」
竜騎士の鋭い指摘にウェンダルは黙ってしまう。
「いいじゃないですか。たまに外を見ても。一生戻って来れないってわけじゃないですし。周辺を見て回るだけでも問題ないと思いますよ」
竜騎士が喋っている間、ウェンダルは中に入っている王国の地図を見る。
「そうだな。とりあえずは精霊結晶採掘場まで行こう。あれは我々にとって、必須の素材だからな。竜騎士の若造」
竜騎士は泣きそうな声で言う。ほぼ演技である。
「フランツです」
「すまん。鎧で被さっておると、合っているかどうか不安なもので」
「ぐず。で。何です?」
ウェンダルは地図を指す。演技なので、フランツという龍騎士は数秒で仕事の人に戻る。
「ここの精霊結晶採掘場までどうやっていく。というか今の持ち金で足りるか? 旅なんて初めてだから要領が分からん」
「休業期間がある程度あるなら、金は保持したままがいいです。地上のスレイプニル・キントでも十分早く着きます。最短で三日で着きますし」
ウェンダルは両腕を組む。真剣な表情になっている。
「なるほど。ならそれで行くとしよう」
「スレイプニル・キントの手続き、俺がしときますよ。それと見送りもします」
ウェンダルはフランツに静かに言う。
「……頼む」
ウェンダルというおじさんは生まれた時からずっと商業都市にいて、そこで仕事をしていた。その事実を知ったギルドの仲間達は強制旅イベントを企画し、ようやくウェンダルを外に出すことが出来た。そして竜騎士の手を借りて、もっと遠くに行こうとしている。
「あと少しで出発だそうです。急いで急いで!」
「感謝する!」
ウェンダルは荷物を背負って、数人乗りの馬車に乗り込む。土で出来た壁を見つめる。思ったことがぽろりと口から洩れる。
「まさかスタンリー・ハンデルから離れることになるとは」
旅というものは何が起こるのかが分からない。未知というものがたくさんある。トラブルもある。出会いがある。ウェンダルというベテラン魔道具職人は想像をしていた。追い出された時は戸惑いが大きかったが、今は興奮気味だった。
––ウェンダルの旅路はここから始まる。逸脱した魔道具職人の力を旅先で発揮し、トラブルを解決するだけではなく、王国を救うことになるとは……彼は予想をしていなかったのである。
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