第18話 夏祭りに蠢く3つの触手 その5

「御影さん……」


「ええ、深浦くん。私ですよ」


 そう答えた御影さんは、先ほどまでの憔悴しきったようすが嘘だったかのように、はつらつとしている。浴衣の曼殊沙華も、水を得たように元気に揺れている。


 声が、頭のなかに響く。


 コクヤのうめき声を、かき消すように。


 肩をおさえるコクヤから視線をずらすように。


「そこの女は、危険ですから離れてください」


「危険……」


「ええ」にっこりと笑って御影さんが言った。「彼女は人間ではありません」


「バカ言うな……お前こそ人間じゃねえだろうが……」


 息も絶え絶えという声をコクヤが発する。それはなぜか、絵空事のように、耳を響いていって、そして頭から出ていった。


 御影さんは、一段と笑いを強めて。


「いえいえ、あなたほどでは」


「どうしてひとじゃないってわかるの……」


「今放った弾丸は特別製で、魔を払う効果があるんですよ」


 御影さんは、荒い息をつくコクヤへ銃口を向ける。その銃は銀色の手のひらにすっぽり収まってしまいそうな小さな拳銃だ。銃身は四角く銃口は四つもあった。SF映画に出てきそうな見た目だった。


「銀の弾丸か」


「あなたほどの存在であろうとも、この一撃は避けがたいでしょう?」


「だが、単に人間だから……避けられなかったともいえるぜ」


 くすりと御影さんが笑う。その笑みは、無邪気だからこその邪気を感じた。その感情も、べっとりとしたどこからやってきたかもわからない感情に塗りつぶされて消えていった。


「まあ、その可能性もありますが、見てましたよ? あなたが宇宙からやってきた吸血鬼と戦っていたところ」


「そりゃあ、コイツを守るために――」


「嘘」


 間髪をいれずに、御影さんが言った。


 その目は笑っていない。宇宙の闇のように深く、黒々としたものの中に浮かんでいる感情は、闇よりもドス黒い。


「あなたこそ、深浦くんを狙ってるんじゃないの?」


「なにを……」


 うめくようなコクヤの声。御影さんは今や高笑いを浮かべて、


「共同墓地でのグールも、書店での騒動も、そして今回の星の精霊だって、すべて、あなたのせい」


「…………」


 僕はコクヤを見た。彼女は黙りこくって、何も言葉を発しない。


 はじめて会った時から真っ白だったワンピースには、金魚のひれのような赤がじわじわと広がっている。撃たれてケガをしている。だというのに、しびれたように頭が重い。からだも動かない。


 その顔に、苦悶の表情がありありと浮かんでいるのに――。


「……そうかい」


「それは、自白ととっていいでしょうか」


「お好きにどうぞ。だが、判断はコイツにやってもらおう」


 コクヤの目が、僕を捉えた。


 その鷹のように鋭い目線を浴びた途端、冷や水を浴びせられたように、頭がすっきりした。


「別にいいけれど」


 そんな声もはっきりと聞こえる。甘えたような声は、一言でおなかいっぱいになるほどにとろけていた。見つめられれば見つめられるほどに、声を聞けば聞くほどに、脳はその甘さに沈んでいって……。


「おいっ」


 声がナイフのように、突き刺さる。アンカーのように、まどろみの中に消えていこうとしていた意識を、引っ張り上げていった。


「しっかりしろ」


「怪我してる」


「ああ、これくらいなんでもねえ。それより、お前だ」


「僕……?」


「確かに、アタシはヒトならざる存在かもしれねえ」


「ヒトじゃないの……」


 僕の問いかけに、肯定も否定も返ってこない。


「だが、アタシは、とある人間との契約でここにいるんだ。それだけは絶対、忘れるな」


 誰の契約――そう聞こうとしたところで、カチャンと金属音がした。


 御影さんが、銃を突きつけてくる。


「こそこそ話をして、もしかして、深浦くんを洗脳しようとしているの」


「……どっちがだよ」


 怒りの銃声が鳴りひびく。


 目の前にいたコクヤが、倒れていく。ゆっくりゆっくりと、スロー再生のように。


 ――忘れんなよ。


 その体が、散り散りに――サクラの花びらになって、風に舞い上がって消えていく。


 どこかへと飛んでいくピンク色めがけて、何度か細い線がのびていく。そのたびに銃声が轟いたけれども、何かが変わらなかった。


 北斗は死んだまま、コクヤは花びらのまま。


 いや――太もものホルスターへ銃をしまいながら、近づいてくる御影さんもまた、いつもと同じように微笑みかけてきて。


「さあ、いっしょにかえりましょ」


 当たり前のように言うのだった。


 変わらない調子で言うのだった。

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