とある酒場での縁(えにし)
百田 万夜子
とある酒場で。
【縁】 2019.5.14
ここは、ある
とても気さくなバーテンが営んでいる、落ち着いた大人の空間。
子犬みたいに、ころころと変わる、豊かな表情。
無邪気に語り掛ける、子供の様な瞳。
しかし、シェイカーを手に取れば、凛とした
客は、そんな彼に会う為に足を運ぶのである。
***
「いらっしゃいませ」
僕は笑顔を向ける。
店に入って来たのは、ひとりの若い女性だった。
「犬みたいな
背丈は小柄。くりっとした、アーモンド型の瞳と、短くて柔らかそうな巻き髪が、そう思わせたのかも知れない。
コースターと水、メニューを差し出す。
彼女はにっこりと笑って受け取ると、手慣れた様子で酒を選び始めた。
見た目に反して、よく飲む娘なのだろうか…。
「あの…これ、お願いします!」
注文をされて、我に返った。
「あ、すみません。かしこまりました」
注文されたのは『ネグローニ』だった。
甘い物が好きかと思いきや、渋い選択である。
お通しを出した後、早速つくり始める。
ジンを
「凄い! 手際良いですね!」
歓声に視線を向けると、彼女が目をキラキラと輝かせ、見入っていた。
ちょっと恥ずかしいが、腕には自信があるので、素直に嬉しい。
「どうぞ」
「ふふっ、ありがとうございます。いただきます」
ゆっくりとグラスに口を付ける姿に、ほんの少しドキッとする。
コクンと喉を小さく鳴らした彼女の顔に、華が咲いた。
「美味しい…」
吐息混じりに、幸せそうな声を出す。
「良かったです」
……本当に、良かった。
僕は〝この瞬間〟が、凄く好きなんだ。
提供したお酒で、お客様が喜んでくれる。
それが
*
グラスの中身が半分くらいになった頃。
「あの…!」
「お客様…」
可愛らしい声と、僕の声が重なった。
こちらからも声を掛けようと思っていたとこだったのだ。
少しの間ができる。
僕は「どうぞ」と先を促す。
すると、彼女は「えへへ」と恥ずかしそうに笑い、こう訊いてきた。
「お兄さんは、わんちゃん好きですか?」
わんちゃん…犬
「はい! 好きですよ」
答えると、くりっとした目が輝いた。
「わあ! 私もです! ジャック・ラッセル・テリアって犬、飼ってるんです!」
「え?! 本当ですか?! 僕、正にジャック・ラッセル・テリアが好きなんですよ!」
「え?! 凄い奇遇ですね! …運命?」
「あはは、運命ですかね?」
「えへへ。かも知れませんよー?」
二人でひとしきり笑った後、彼女は再びグラスを手に取った。
***
それから、暫く一杯のロングカクテルを楽しんだお客様…
A乃と名乗った娘は、愛犬の〝ケンちゃん〟の写真を見せてくれた。
……ケンちゃん。やはり、A乃さんとは、何か縁がありそうです。
ほんの少し頬を染めて帰ってゆく、小さな背中を見詰め
僕は「また来て貰えたら良いな」と思った。
とある酒場での縁(えにし) 百田 万夜子 @momota-m
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます