第5話 コラボカフェを満喫

 綿矢さんの牛乳と小魚による身長を伸ばすための努力の話が聞きながら、エスカレーターで本日の目的地であるコラボカフェのある階を目指す。


 牛乳と小魚がどのくらい身長を伸ばすことに貢献しているかは綿矢さん自身が証明しているところだろう。でも、健康には良さそうな気がするぞ。


「「おおぉぉ」」


 エスカレーターを降りてコラボカフェの入口から中の様子を見ると再現されたゲームの世界に思わず感嘆の声がユニゾンになって漏れてしまう。


 コラボカフェの内装は冒険者達が集まるギルドに併設されている酒場を模して作ってある。店員さんもゲームの中に出てくるキャラクター達のコスプレをしていてさらに世界観を盛り上げている。


 そして、コスプレのなかにはちょっと色っぽさのあるコスプレをしている店員さんもいる。


 もしかして、このコスプレがあるから予約がなかなか取れないのでないだろうか。

 この店……、子供が入っても大丈夫だよな。


 店の前でメニューを見ながら待つことしばし。予約した時間になり、店員さんが俺たちを席に通してくれた。


「けっこう気合いの入った作りになってる」

「うん、予約がなかなか取れないのもわかる気がするな」


 店内を見渡しながら席に着くと同時にメニューが差し出される。


 しかし、俺も綿矢さんも待っている間に何を注文するかは決めていたので、すぐに注文を告げる。


「俺はミノタウロスも太鼓判! 軟骨入りプレミアムハンバーガーセット」

「私はボルケーノ・トマトスパゲティーとエンジェル・ブレス・パンケーキ」

「お飲み物は何になさいますか」


 俺と綿矢さんは目を合わせてから一呼吸おいて同時に口を開いた。


「「もちろん、ギラギラジュース」」


 ギラギラジュースはゲームの中に出てくるアイテムなのだが、街のショップでは売られていない。フィールド上に稀に現れる大きなリュックを背負った放浪のジュース職人からしか買うことができないレアアイテムなのである。


「ついにギラギラジュースを飲むことができるな」

「丹下君、ジュース職人のウララちゃん好きだよね。たまにフィールドで見かけるとすごくテンション上がってるし」


 放浪のジュース職人ウララちゃんは、銀髪にキツネ耳でもふもふの尻尾、さらに巨乳といういろいろなへきを詰め込んだようなキャラだ。


 ギラギラジュースが欲しいのかウララちゃんに会いたいのか、広大なフィールドには時々ウララちゃんを探し求めて彷徨っているプレイヤーもいるらしい。


「ギラギラジュースの効果が高いのもあるけど、ジュースを買った時にウララちゃんがする踊りが面白いからな」

「あの真似をしてSNSでバズっている人もいるからね」

「そう、美少女キャラなのにウララちゃんが最後に変顔を決めるところとかめちゃくちゃ好き。こんな感じのやつ」


 普段なら人前でウララちゃんの変顔のマネなんてしないのにここにアイリスと一緒に来てテンションが上がってしまい思わずやってしまった。


「ぷぷっ、丹下君、それ似すぎ」


 思わず吹き出す綿矢さん。


「お待たせいたしました。お先にお飲み物になります」


 危ない、危ない。もう少し店員さんが来るのが早かったら俺の変顔を見られるところだ。


 運ばれて来たギラギラジュースはコップの上の方は紫色で下の方は黄色と今までに見たことがないグラデーションになっていて、どんな味なのか想像がつかない。メニューに添えられていた説明にも「〝あの〟刺激を体験しよう」とだけで味に関するは情報ゼロだ。


「思っていた以上にやばい色してるな」


 そう、ゲームの中でのギラギラジュースは効果は高いがめちゃ不味いという設定になっている。


「でも、カフェの商品として出されているからそこまで不味いことはないはず」


 とにかくどんなものなのか身をもって体験しなければ、

「「かんぱーい」」

 杯を挙げて二人同時にギラギラジュースに口を付ける。


「こ、これは」「あっ、うっ」


 口に広がるフルーティーな味わいの後にスパイシーな香り、そして、炭酸ではない何かぱちぱちした刺激が口の中で暴れる。


「やばい、美味いというよりも不思議な感じでもう一口欲しくなる」

「うん、今まで飲んだことがないね。一体になにが入っているのかな」


 その後もギラギラジュースについての感想やウララちゃんの踊りについて話しているうちに注文した料理が運ばれて来た。


 こういうイベント系のカフェなのでSNS受けを狙った料理の味はどうかと心配していたが、そこら辺のハンバーガー屋よりも美味くて逆の意味で裏切られた。


 綿矢さんはせっかくだから少しどうぞと自分のスパゲティーをすくって俺の皿に乗せてくれた。口には出さないが、さすが聖女様と思ってしまう。


「ねえ、そっちのハンバーガーも一口もらっていい?」


 ちょ、ちょっと待て。交換とは聞いてないぞ。


 スパゲティーのシェアは簡単だけどハンバーガーはそうはいかない。俺が食べ始めたところと反対側を一口あげるにしてもいずれ俺がその部分を食べれば間接キスになる。それとも陽キャ達の日常ではこれってけっこう普通なことだったりするのか。


 俺はハンバーガーを一度皿の上に戻して、ナイフとフォークでハンバーガーが崩れないように注意しながら綿矢さんの分を切り分けた。


「切らずにそのままの方が良かったのに」


 ハンバーガーの受け入れ態勢のために口を半開きで構えていた綿矢さんはその口を尖らしながら不満を漏らす。


「いやいや、ダメだろ」

「ふーん、丹下君ってけっこう潔癖だったりする?」


 小学生の時は普通にジュースの回し飲みとかはしていたからそれはない。


「別にそんなことないけど。一応、男女だし、付き合ってるわけでもないんだから」

「ふーん、付き合っていたらいいんだ。……あっ、もしかして、彼女いたりする?」


 一体どうやって俺に彼女がいるなんて可能性を見出した。


「学校でぼっち街道爆進中の俺にその質問する?」

「学校では友達が少なくても、こうやってゲームの中では私みたいによく遊ぶ人がいて、実は放課後や休みの日は繁華街で遊びまわっているイケイケキャラかもって」


 昼はしがないサラリーマンで夜はヤクザの親分みたいな設定は俺にはない。


「んなわけないだろ。放課後や休みの日は家に引きこもってゲームしているか、せいぜい本屋に行くくらいだし。それに俺のLINEの連絡先には母さんと姉さん以外に女の人いないから」

「あっ」


 綿矢さんの顔が曇る。


「ご、ごめんね。ゲーム中では他の人とも絡んでいることがあるから……本当にごめんなさい」


 待って待って、そんなに本気で謝らないで、そういうのガチでされると本当に泣いちゃう。


「別にいじめられているわけじゃないし、自分から積極的に学校で友達を作ろうとしているわけでもないから」

「それならいいけど……、そうだ、私とLINEの連絡先交換しよ」


 綿矢さんは鞄からスマホを取り出すとすぐに連絡先のQRコードを表示させた。


「綿矢さんとならチャットアプリで連絡できるからLINEは交換しなくても――」

「いいの。あっちはあくまでゲーム用でアイリスだ・か・ら。綿矢雫とはこっちで」


 綿矢さんからぐいっと差し出されたスマホに押し切られて、

「えっと、そういうことなら」

 俺はそこに表示されている連絡先を読み取って連絡先に登録する。


 今後、綿矢さんとLINEをすることなんてあるのだろうか。もちろん、ゲームの中でならこれからも一緒に遊ぶことはあるけどさ。


「ニヒヒ、丹下君の家族以外の初めてもらっちゃった」


 小悪魔的な笑みを浮かべる綿矢さんの姿は学校では絶対に見れない貴重なものだ。


「その言い方、なんだか誤解を生みそうなんだけど」

「いいよ。誤解する人は誤解しとけば。そういう人は結局、私のことを聖女様だなんて言っている時点で誤解しているから」


 綿矢さんは一瞬寂しそうな表情を見せたけど、

「さあ、冷めないうちに食べよ。そうそうパンケーキは二枚あるから一枚は丹下君にあげるね」


 いつもの調子に戻った綿矢さんは俺が切り分けたハンバーガーをはむっと頬張った。


― ― ― ― ― ―

第五話も読んでいただきありがとうございます。

次回は遂に綿矢さんがステージ上へ……。

次回更新は30日零時です。

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