第6話 レアアイテムの代償
「冒険者の憩いのレストラン「カル・デ・サック」にようこそいらっしゃいました」
食事を食べ終えてギラギラジュースを飲んでいると、カフェの奥に設置されているステージ上で放浪のジュース職人ウララちゃんのコスプレをしているお姉さんがマイクを使ってアナウンスを始めた。
「いつもは街中に現れない私が今日、このお店に来たのはもちろん私の至極のジュースであるギラギラジュースを皆さんに飲んでもらうためです」
なにやらイベントが始まるようだ。俺としてはウララちゃんのコスプレの完成度の高さと店員のお姉さんがなかなか綺麗なのでテンションが上がる。
「でも、ただ飲んでもらうだけじゃつまらないのでギラギラジュースを飲みたいというお客さんはこちらのステージで私と一緒に飲んだら思わずやってしまうギラギラダンスをやってもらいます」
なるほど、こういうプチイベントをして盛り上げるってわけだ。
「そして、一番上手く踊れたお客さんには、私が各地を放浪して見つけたレアアイテム〝世界の理〟をプレゼントします!」
ウララちゃんが世界の理のシリアルコードが書かれたカードを高らかに掲げた。
「マジかよ」
俺以外にもお店の中からは驚きの声が聞こえる。コラボカフェの入場特典は〝世界の理の欠片〟であるのに対して、ウララちゃんが持っているものはその欠片を集めて生成される〝世界の理〟の方だ。レア度が全然違う。
「丹下君、これは参加するしかないよ」
「でも、俺は最後の変顔はできても他の踊りの部分はできないんだけど……」
「For real? 二人で参加すれば優勝できる確率が上がると思ったのに」
えっ!? 二人……って綿矢さんは参加する気満々なのか。
「綿矢さん、あの踊りできるの?」
「えっと……、ちょっとは。私、ダンスの授業もそれなりに得意だから」
俺の言っている〝あの踊りできるの?〟は踊りの振りができるのかってことじゃない。振りよりもジュースが不味いことを前面に押し出したしょっぱい顔、コントのようなコミカルな動き、途中でやるオエーというお酒を飲み過ぎた人のような演技、そして、最後に気を失ったかのような変顔ができるのかってことだ。
どれをとっても女子高生が公衆の面前でやりたがらないようなものだ。
「さあ、参加したい方はこちらのステージまでどうぞ」
レアアイテムに釣られてか、すでに五人ほどのお客さんが席を立ちステージへと向かっている。
「それじゃあ、行ってくるね。見てもいいけど笑わないで」
「それ、ある意味一番難しかも」
俺の返事に対して綿矢さんはニッと笑って、
「笑ったら、学校で丹下君にいたずらされたって泣いて訴えるから」
「マジで俺の人生詰むからやめて。正座で拝見させていただきます」
他の参加者に遅れないようにステージへ向かう綿矢さん。
その後ろ姿は何故だか自信があるかのように見えた。
●
俺だけではなくここにいる他のお客さんもみんながきっと驚いている。
ステージ上で銀髪の小さな美少女が見せるギラギラジュースダンスのあまりの完成度。
年頃の女の子が全く恥ずかしがることなく変顔を晒している。
「Yes.私の雄姿見た?」
優勝商品である世界の理を高らかに掲げながらへへっと笑みを浮かべた綿矢さんが戻ってきた。
他の参加者がどこか恥ずかしさが残ったダンスをしているのに対して圧巻のダンスだった。
「完成度高過ぎ。あれどう見てもダンスの授業が得意ってレベルじゃないだろ。もしかしてSNSに上げるために練習してた?」
「うーん、練習はしてないけど、丹下君とゲームしている時に何度かウララちゃんが躍っているのを見たり、SNSでバズっている動画も見たりしたからじゃないかな……」
先程に比べて声のトーンが少し落ちた気がする。
「本当!? それであの完成度はマジですごい。ちょっと尊敬する」
俺が羨望の眼差しを向けつつ言うと、席に戻った綿矢さんは視線を外して小さく息を吐いてから、
「ごめん。ちょっと嘘ついた。本当はギラギラジュースのダンスは家で練習してた」
「そ、そうなんだ。でも、なんでわざわざ嘘なんか」
綿矢さんが嘘をついていたことに一瞬虚を突かれたが、むしろあの完成度なら実は家で練習していたと言われた方が全然違和感がない。
「だって、家で練習してたって言ったらその様子を想像するでしょ」
「まあ、するな」
「でしょ。そうすると丹下君の想像の中で私がギラギラジュースのダンスをしているのが恥ずかしいから……」
ちょっと待て。あなた今、多くの人の前でギラギラジュースのダンスやったよね。
それよりも俺に想像される方が恥ずかしいって、ちょっと酷くない。
「俺はあのステージの上でやる方が恥ずかしい気がするけど」
「いや、だからそれは……、もー、やっぱり、いいです。丹下君は乙女心がわかってないね」
えっ!? どういうこと。さっぱりわからない。だれか乙女心についてのnoteがあったら教えて。
「でも、練習の甲斐あって世界の理をゲットできてよかったな」
これ以上俺の乙女心への理解の無さを言われても困るので話題を切り替える。
「だけど私の装備はこれがなくてもすでに最強レベルまで強化されているんだよね」
世界の理のシリアルコードが書かれたカードを三本の指で器用にくるくると回す綿矢さん。
「そういえばそうだな。つーか、やり込み過ぎだろ」
「おっと、失礼だね。ゲームを愛してると言って欲しいな」
「愛が重い」
「そう、私の愛は重いんだよね。……そうだ、この世界の理は丹下君にあげるよ」
人差し指と中指に挟まれたカードが俺の方に差し出される。
「もらえないって。それは綿矢さんがもらった賞品なんだから」
ゲームの中でリアルマネーでこのアイテムが取引されることはないけれど、手に入れるまでの時間と労力を考えると俺のひと月分の小遣いよりも価値がある。
「丹下君の装備の強化に使ってもらった方が、今後の冒険を進める上で有意義だと思うんだけどね。それにこれをもらうことができたのは丹下君のおかげってところもあるし」
「それどういう意味?」
綿矢さんは手を口に当て、頬を朱に染めると少し下を向いてから口を開いた。
「……ほら、丹下君、ウララちゃん好きでしょ。何かの機会にあのダンスを見せたら喜ぶかなって思って練習してて……、だから、丹下君がいなかったら優勝できなかったっと思う」
たしかに一緒にゲームをしている時に俺があのダンスのことが好きな話はしたことがある。
それが理由で練習してたなんて。たまたま、ここでイベントがあったから披露する機会があったけど、そうじゃなかったらいつ披露するつもりだったんだ。
「そうだとしても、それをもらうわけには――」
「なら、あげる代わりに一つお願いを聞いて欲しいな」
世界の理の代償になるようなお願いとはなんだ。本能的にこれから発表されるお願いが危険だと感じる。
「警察の厄介になるようなことや誰かを傷つけるようなことはやらないぞ」
「大丈夫。そんなに難しいことじゃないし。悪いことじゃないから」
そこまで言うと綿矢さんは一呼吸おいてから笑顔で言った。
「丹下君、私、綿矢雫とお友達になってください」
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第六話も読んでいただきありがとうございます。
もし、キャッチコピーを見て、この小説にお色気場面があると思った方は残念。
こちらの作品はセルフレイティングがされていない健全な作品です。
次回更新は31日零時です。
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