第4話 どうして綿矢さんが!?
コラボカフェが開催されている繁華街までは自宅の最寄りの駅から二駅と近い。
待ち合わせ場所はファッションビルの正面入口だ。
近くまで来たところで時間を確認すると、まだ待ち合わせの時間まで三〇分はある。入店時間が指定されているから遅刻しないようにと思ったがかなり早く着いてしまった。
さすがにまだアイリスは着いていないだろうと思いながら、待ち合わせ場所に同年代の女の子がいないか確認する。
っ!?
待ち合わせ場所にいる人たちを順に見ていき、三人目まで来たところで俺は慌てて近くの柱の陰に隠れた。
「……マジかよ」
どうしてこのタイミングでうちのクラスメイトが。
柱の陰からちょこっと顔を出して再度確認する。
小学生と間違えそうな背丈に綺麗な銀髪、整った幼い顔立ち。リボンの付いた麦わら帽子を被っているから一瞬スルーしかけたけど間違いない。綿矢さんだ。
学校から比較的近い繁華街だからうちの学校の生徒がいる可能性は考えていたけど、まさかクラスメイトがいるとは。
別にこれから悪いことをしようとしているわけじゃない。ただ、友達と待ち合わせをして遊ぶだけ。健全で有意義な高校生の休日だ。
でも、今日の俺は姉さんが選んでくれたシャツに普段使わないワックスで整えられた髪型という普段の俺とは違う格好でいる。この気合いの入っているように見える姿を普段ほとんど関わりがないとはいえクラスメイトに見られるのはかなり恥ずかしい。
ここはアイリスに待ち合わせ場所を変更する連絡をするべきか……。
ブーンブーン
ゲームの時に使っているチャットアプリにアイリスからメッセージが届いた。
『ちょっと早いけど待ち合わせ場所に着いたから待ってるよ』
なぬっ!?
俺はもう一度柱の陰から顔を出して、待ち合わせ場所にいる人達を一瞥した。
――っ!? そ、そんなっ。
いない。綿矢さん以外に俺と同年代と
『早いな。俺もすぐに着くと思う』
俺はアイリスへ返信をすると、再度、綿矢さんを見る。
数秒後、スマホを見て、キョロキョロと周りを見渡す綿矢さん。
間違いない。アイリスは綿矢さんだ。
先日、奉仕活動を手伝ってくれた時に声が似ているなと思っていたがまさかだ。
しかし、どうしよう。ここで俺がタツだとばれても大丈夫だろうか。もし、タツが俺だと知ってもアイリスは今までと同じように遊んでくれるだろうか。
今ならまだこちらに気付いていない。
このままアイリスに会わない方がいいんじゃないか。
そんな考えが頭をよぎった時、
『ありがと。楽しみにしてる』
アイリスを誘った時の彼女の言葉が思い出された。
アイリスは俺と一緒に行くことを楽しみにしているのに全く声を掛けずに帰るのはさすがにまずいんじゃないか。
俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから隠れていた柱の陰から出た。
「うおっ!」
一歩踏み出したところにニッと笑う綿矢さんが立っている。
「丹下君、そんなところで何をこそこそしているのかな」
目の前にいる綿矢さんは小さな聖女様と言われるような丁寧な話し方ではなく、いつも一緒にゲームをしているときのアイリスの話し方だ。
「あっ、えっと、待ち合わせ。友達と遊ぶ約束をしているんだ」
「そっか、奇遇だね。私もちょうど友達と遊ぶから待ち合わせをしていたんだよ」
ん? ちょっと待て。どうして綿矢さんは俺にアイリスの時の話し方で話しているんだ。俺がタツだってことはバレていないはずなのに。
「綿矢さん、もしかして……、いや、絶対、俺がタツだってわかっているでしょ」
「That's right.気付くの遅くない?」
「それは急に綿矢さんが目の前に現れたからびっくりして……」
「ちがう、ちがう。今ってことじゃなくて。もっと前から私がアイリスだって気付いていなかったのってこと」
目を細めながら口を尖らす綿矢さんはいつもより幼く見える。
「だって、まさか同じクラスにいるなんて思わないだろ」
「そう? 私は入学してすぐに丹下君がタツじゃないかって思っていたけど」
そんなに前から気づいていたのか。俺が綿矢さん=アイリスかもしれないと思ったのが数日前だってのに。
「マジかよ!? どうしてそんなにすぐに俺がタツだってわかったんだ」
「入学してすぐにクラスで自己紹介をした時に先生がくじで順番を決めたでしょ」
「ああ、あの時は運が悪くて俺は一番最初だったんだよな」
「そう、その時に今みたいに「マジかよ」って呟いたのを聞いて。いつもゲームをしながらタツが言っているちょっと癖のある「マジかよ」と同じだと思ったんだよね」
まさか口癖から身バレしていたとは。
「そんなに癖があるか?」
「うーん、すごく癖があるというよりも、いつもゲームしながら聴いていたってのもあるかな。あと、これは偶然だけど、丹下君が休憩時間にスマホのチャットアプリを操作しているのをたまたま見ちゃってさ」
チャットアプリではゲーム内で俺とアイリスが所属しているギルドのメンバーと情報交換をしたり、一緒にボスの討伐に行く予定を調整したりするときに使っている。その時の姿を見られたってわけか。
障子に目ありじゃないけど、自分の周りにいる人がゲームの中の知り合いってことは意外とあるのかもしれない。
「なるほど、それで確信したってわけか」
「うん。でも、偶然でも見てしまったことは悪いとは思ってる」
すまないと小さく頭を下げる綿矢さん。
狭い教室の中で生活をしていれば、意図せず他人のスマホの画面ぐらい見てしまうことはいくらでもある。それに学校でスマホを使っている時は誰かに見られて不味いものなんか見ていないから気になどしていない。
そんな些細なことでもこうやって謝る姿は学校で小さな聖女様と呼ばれている綿矢さんのものだ。
でも、話し方はいつもゲームをしている時のアイリスのそれだから俺の脳がこの状況に追い付いていかない。
全く違う二人が目の前の女の子の中で混ざり合うように存在しているみたいだ。
頭上にはてなマークを浮かべながらこの状況を飲み込もうとしていると、
「ん? んんん?」
眉を寄せた綿矢さんが首をかしげながら俺の方を見上げてきた。
俺の顔に何か付いているのだろうか。それとも、家を出る前に確認はしたけど鼻毛でも出ているか。
「な、なに?」
「丹下君、もしかして、私が学校と全然違うから困ってる?」
「俺の表情からそれを読み取るとかエスパーか」
それとそのエスパー的な力を発揮するために距離を縮めてこちらを見つめられると無駄に心臓が忙しく働くことになるからやめて欲しい。
「エスパーってわけじゃないけど、当然かなと思って」
「困ってるというより驚いてるに近いかな。学校とゲームの中じゃ別人みたいだから」
「まあ、学校ではキャラを作っているからね。でも、丹下君だって学校では背景の一部に溶け込んでいるか、路傍の石のように存在を消しているけど、ゲームをしている時は私にツッコミを入れてくよね」
聞いたかクラスの男子諸君、みんなが崇めている聖女様はどうやら偽物らしいぞ。
「それは学校でツッコミを入れるような人がいないだけで……、ってナチュラルに俺がぼっちだってことディスらないで、事実だけど」
「私は学校以外に友達がいるなら学校でぼっちでもいいと思うけどね」
「じゃあ、替わる?」
「いいね。貴重な休憩時間に行きたくもないトイレに誘われて、笑顔で一緒に行くのも大変だから」
今度学校でその場面に出くわしたら思わず吹き出してしまいそうだ。
「小さな聖女様も大変だな」
この言葉を聞くと、綿矢さんは腕を組んで口をへの字に曲げてジト目でこちらを睨んだ。
「誰が言いだしたのか知らないけど、全くそういうのって困るね。こっちはそのつもりがなくても名前がこっちを縛ってくる。一種の
どうやらこの二つ名は地雷だったみたいだ。
ファッションビルの前なんで大きな声を出すと周りの目が痛い。
「そ、そうかな。小さなって付くと可愛らしい気がするけど」
「んぐっ、か、可愛いとか、そういうのじゃなくて――」
さっきまで組んでいた腕を解くと今度は両手の人差し指同士をつんつん合わせる綿矢さん。
「――小さいって言うけど、まだ成長期で伸びているからな。今年だって三ミリ伸びていたんだから」
それ測る時間での誤差の範囲だろ。
とにかく、このままここで話し続けては目立つというか、周りの目が痛い。
ぱっと見は小学生に間違われてもおかしくない綿矢さんだから、騒いでいる姿を見られて、誤解されて通報でもされたら大変だ。間違いなく事案発生でお巡りさんの厄介になってしまう。
― ― ― ― ― ―
第四話も読んでいただきありがとうございます。
次回更新は29日零時です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます