第42話 まだ現実を見られないようだな。
「どうした?まだ続けるか?」
教師の首に剣先をチクッとほんの少しだけ当てたような感じで、ダリアが剣を突き付けながらニヤリと笑った。
すぐに剣を首から離してゆっくりと下がり距離を取る。
よく見ると教師がプルプルと細かく震えている。
「認められない・・・、認められないわ!」
今度は剣を下段に構え左足を少し前に出した。
(マズいぞ!教師が本気になってしまった!)
だけど、当のダリアは口を三日月型にしたままに冷たい笑顔を教師に向けている。
「クラスAの実力があろうが、今の貴様ではクラスCにすら勝てんぞ。そのすぐ熱くなる癖を治さないとな。そんなのだからリンにもあっさりと負けたのではないのか?」
ダリアのその言葉に教師の剣気が更に膨れ上がる。
(これって?)
ダリアさんやぁ~~~
ここまで教師を煽ってどうする?
これは試験なんだよ。
試験の教官でもある教師がここまで頭に血が上っているなんて、この試験、本当に大丈夫なのか?
それにしても・・・
この女教師は沸点が低いよ。
なまじランクがAもあるから増長しているのだろうな。
『受験生の子供には絶対に負ける事は無い』
てね・・・
本当は俺が止めなければならない状況だろうが、あえて俺は助ける事はしないでおく。
ダリアなら皇女様のようなやり過ぎは無いと思う。
ただなぁ~、どこまで相手の心を折ってしまうのか?
そこだけが心配だけどな。
多分だけど、皇女様の模擬戦もこんな状況になったかもしれない。
いくら皇女様だろうが俺達と同じ12歳の子供だ。
そんな相手に互角以上の戦い方をされて、彼女のプライドがその状況を認める事が出来なかったのだろう。
本気になってしまい返り討ちにあって、あのような状況になったのだろうな。
そんな状況が簡単に思い浮かべてしまった。
「うるさいぃいいいいいいいいいいいい!」
教師が絶叫しながらダリアへ剣を叩き込む。
フッ!
またもやダリアの姿が掻き消えた。
ピタッ!
「チェックメイトだぞ。」
再びダリアの剣が教師の首に当てられている。
「そ、そんなのマグレよ・・・、マグレに決まっているわ・・・」
「まだ現実を見られないようだな。」
ダリアがさっきのように教師との距離を再び取った。
「私はクラスAよ・・・、そんな私が子供相手に2度も負ける?そんなの・・・、そんなの・・・」
ブルブルと震えていたけど、クワッ!と顔を上げ血走った目でダリアを睨んでいる。
「認められないわぁあああああああああああああああああ!」
あらら・・・、キレてしまったよ・・・
「浅はかな・・・」
ダリアが「はぁ~」とため息を吐いた。
「真の強者とは相手の構えだけで力量を測る事が出来る。しかし、貴様はそれすら理解していないようだったな。その驕り高ぶったプライド、妾が粉々に砕いてやろう。」
「黙れ!黙れ!黙れぇえええええええええ!」
教師が半狂乱なってダリアへと切りかかってくる。
「甘い!」
ダリアの肩口へ袈裟切りで迫ってくる剣をダリアが見つめている。
フッ!
またもやダリアの姿が掻き消える。
ビタッ!
ダリアがいつの間にか教師の隣に移動し、剣を首にピッタリと添えた。
「また・・・」
しかし、今度は教師がサッと横に飛び退き、剣を下に構え掬い上げるように剣を振るった。
おい!
これはもう試験じゃないぞ!
完全にダリアを殺しにかかっている!
だけどな・・・
相手が悪かったな。
ダリアの姿が掻き消え、教師の剣が空しく宙を舞った。
「どこよ!どこにいるのよ!」
「ここだ。」
教師の背後にダリアが立ち、剣をまたもや首筋に当てている。
「そ、そんな・・・」
またもや教師が信じられない顔でガタガタと震えていた。
「あぁああああああああああああああ!嘘!嘘!嘘よぉおおおおおおおおおおおおお!」
こうなってしまったらもう戦いではなくなってしまった。
教師が闇雲に剣をダリアへ振り回しているけど、その剣筋はもう滅茶苦茶だよ。
その度にダリアが瞬間移動するかのようにいきなり教師のすぐそばに現れ、ピタリと剣先を首筋に当てている。
あの動きははアクセラレーターの応用だ。
いくらランクAの実力があろうとも、今のダリアの動きを目で追う事は不可能だろう。
回帰前のダリアとの戦いで嫌という程に味わってきたからな。
体裁きが完璧だから無駄な動きも無く、一瞬で距離を詰め首を切り落とす技だ。
予備動作が全く無くいきなり動き出すものだから、相手にとっては瞬間移動されたようにしか見えない。
そもそも、加速のバフがかかっているから、その時点で動きを目で追うのは不可能だろうな。
今回は寸止めの突き技にしているけど、本気でダリアが戦えば彼女の首は何回落ちたか分からないよ。
ビタッ!
これで何度目か分からないくらいにダリアが教師の首に剣を当てる。
「も、もう許して下さい・・・」
完全に心が折れたのだろう。
ガクッと膝から崩れ落ち、ペタンと地面に蹲ってしまう。
メソメソと涙を流しながらダリアへと懇願していた。
「これに懲りて人を見下すのは止める事だな。世の中どこにどんな猛者がいるか分からん。その相手の真の強さを感じ取るのも強者の証だ。貴様はまだまだ伸びしろがあるだろう、常に努力を忘れないようにな。」
「は、はい・・・、そのお言葉、胸に刻み精進します・・・」
(お~~~~~~い!)
ダリアさんやぁ~~~
どっちが教師なんだよ。
まさかの12歳児の受験生が現役教師で試験官の心を折ってしまう程に圧倒し、説教までしているんだよな。
まぁ、今のダリアの見た目は子供だけど、中身は数千年の・・・
ギロッ!
ダリアの鋭い視線が俺を射抜いた。
全身に悪寒が走る。
「アレン・・・、何だろうな?とっても失礼な事を考えていなかったか?」
(す、す、鋭い!)
てか!どうして俺が考えている事が分かるんだよ!
ここまでくると鋭いってレベルじゃないぞ!
俺がプルプルと首を振ったけど、ダリアの視線が変わらない。
「アレン、覚えておけよ。」
冷たい視線だったのが唐突にニコッと微笑んでくれる。
(アレか・・・)
帰ってからだと思うけど、ダリアの抱き人形になる未来しか見えないので、今度は俺が思いっきりため息が出てしまった。
「ダリアさん、もう結構ですよ。」
泣き出してしまった女教師の隣に別の男教師が立っていて、ダリアの試験終了を宣言していた。
例の女教師はもう1人の女教師に慰められながら競技場を降りている。
残っていた男教師がダリアを見てニコッと微笑んだ。
「ダリアさん、あなたは本当に12歳の子供ですか?座学も魔法も全てが満点どころか私達教師をも圧倒する実力、正直、我々ではあなたを教える事は無理ではないかと思っているのですよ。しかも、今回の剣術にしてもクラスAの教師すら歯牙にかけない圧倒的な才能、私達の方が自信を無くしますね。」
うわぁぁぁぁぁぁぁ、ダリアの評価がとんでもない状態だよ。
最強がそのまま転生すればそうなるものなんだな。
「どうです?この際、学生としてでなく教師として我々と教鞭を取りません?あなた程の才能なら我々も大歓迎ですよ。」
マジかい・・・
まさかのダリアが教師にスカウトされるなんてな。
あの実力ならそうなるだろう。
でもな、ダリアの性格なら・・・
そのダリアはニコッと微笑んだが首を横に振る。
「ありがたいお申し出ですが、私はまだまだ若輩者。人生の先輩たる皆様を差し置いて教鞭をとるなんて烏滸がましいです。人間として未熟な者ですので、これからも私を一学生としての扱いでご指導お願いします。」
「ふふふ・・・、人間性も完璧ですね。」
教師がニコリと微笑み姿がブレる。
(!!!)
男と思っていたが、そこに立っていたのは女性だった。
その女性は20代前半くらいだろう。
宝石のラピスラズリのような深い青色の長い髪をポニーテールで結び、髪と同じ深い青色の瞳がダリアを見つめていた。
しかし!
その見た目で普通の人間とは決定的に違う部分があった。
「エルフ?」
そう!
女性の耳が普通の人間に比べてとても長い。
これはエルフの特徴だ。
エルフは森の奥に住んでいて、人とあまり交流をする事が無い。
そんなエルフが学院にいる?
王国の学院時代にもそんな人はいなかった。
帝国には人と一緒に暮らす変わったエルフがいるんだな。
「変わった受験生がいるって聞いていたけど、ここまで変わっているなんてびっくりだわ。」
そのエルフの女性が嬉しそうに微笑んだ。
いやいや!
回帰前でもエルフの女性は旅の間に何人か見た事があったけど、今、目の前にいるエルフの女性の美貌はとんでもない!
ダリアもとんでもないくらいに美人だけど、そもそも彼女とダリアの美しさの基準が全く違う気がする。
皇女様も太陽のように輝く美しさだったけど、微笑む彼女はそれを上回る、いや、別次元の美しさのような気がする。
「まさか、あなたがねぇ~~~」
しかし、一瞬だけど鋭い視線に変わる。
その瞬間を俺は見逃さなかった。
「まぁ、今はそういう事にしておくわ。楽しい学院生活を送りなさいね。それと・・・」
今度は俺を見つめた。
「君が彼女が変わるきっかけになったのね。これからも彼女をよろしく頼むわ。私は立場上見守るだけしか出来ないけど、出来る限り協力するからね。」
そう言ってパチンとウインクをすると、次の瞬間に彼女の姿が掻き消えてしまった。
(まさか転移?)
ダリアが神妙な顔で競技場から降りて俺の隣にやってきた。
「アレンよ・・・」
「どうした?」
「あのエルフの女、只者ではない・・・、妾の正体を知っている。」
「本当か?」
「あぁ、間違いないだろう。あの姿はエルフだが、只のエルフではない。あやつから感じる魔力は妾をも遥かに上回っているし、多分だが、セドリックすら足元に及ばない存在かもしれん・・・」
ダリアがギリッと歯を鳴らし、彼女が消えた競技場をずっと見つめていた。
ダリアよりも上位だと?
しかもセドリックすらも上回る?
そんな存在なんて一体?
考えられるとしたら・・・
チラッとダリアを見ると目が合う。
「エルフの姿であの青い髪の魔法使い・・・、まさかと思うが遥か昔に神となった・・・」
ズン!
圧倒的な気配が俺とダリアを包み込む。
『余計な詮索はしない方が身の為よ。さっきも言ったでしょう?今は学生らしく学院生活を楽しみなさいとね。心配しなくてもあなた達の疑問は追々分かるから。それじゃ、また後でね。』
その言葉が終わった瞬間、押しつぶされそうなプレッシャーが消えた。
「ダリア・・・」
ダリアが「ふっ」と微笑む。
「そうだな、難しく考えずに今は妾も人間の世界を楽しむ事にしよう。それが奴の思いだろしな。」
何か少しスッキリした感じのダリアだったけど、そんな彼女の笑顔がとても眩しく感じた。
「さて!次は私の番ね。」
エリザが競技場の上に立って準備運動の背伸びをしていた。
「エリザさん・・・」
例の女教師はダリアに心を折られてしまい試験どころではなくなってしまったので、代わりに別の男性教師が試験官として競技場に立っていた。
しかし、相手がエリザなので、ちょっと困惑した表情になっている。
「あなたまで試験を受ける必要はないのですよ。聖女が剣を使って戦うなんて前代未聞なんですからね。」
しかしだ!
そんな教師の心配をよそにエリザはやる気満々だったりする。
「心配しなくて結構です。私はこれで戦えますから。」
そう言って拳を突き出した。
「怪我をしても知りませんよ。」
教師が気だるそうに剣をエリザへと突き出した。
パキィイイイ!
「えっ!」
甲高い音に続き、教師の驚愕の声が響いた。
折れてしまった剣の刀身がクルクルと宙を舞い、一瞬でエリザが教師の前に立つ。
グッと腰を屈め右足を前に踏み出す。
ダン!
エリザの地面を踏みつける音が聞こえたのと同時に気合の籠った声が響いた。
「はっ!」
ドン!
「げひゃぁあああああ!」
およそ人から発せられる事が無いほどに大きな打撃音が響き、教師が悲鳴を上げながらクルクルと派手に空中に吹き飛んでいった。
ドチャッ!
吹き飛ばされた教師が頭から地面に落ちピクピクと痙攣し気絶している。
その光景を右手を突き出したままの姿勢のエリザが見ていて、ニヤリと笑った。
「聖女だからって肉弾戦が出来ないって事はないのよ。私を舐めないでね。」
(おい!)
エリザが格闘戦が出来るって聞いていないぞ!
試験までダリアが個別でエリザを鍛えていたのは知っていたが、まさかのまさかだ!
どんな化け物を育てたんだよ・・・
国に裏切られ死んだ底辺勇者は恋人となった魔王と回帰し最強になる。 やすくん @yasukun33
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