第39話 決めたわ!
ペタン・・・
皇女様が力無く崩れ落ち地面に座り込んでしまう。
「皇女様・・・」
俺はあえて鋭い視線を向けて皇女様の名前を呼んだ。
しかし、反応が無い。
かなりのショックを受けていたのか、まだ呆然とし焦点の定まらない目で俺を見ている。
「これが本当の殺し合いですよ。負ければ全て終わり、やり直しもありません。あなたが俺に対して行ったお返しがこれなんです。無意識とはいえあなたが踏み込んだ世界なんです。自分が満足したい為だけの戦い、それは俺も否定しませんよ。ですが、一歩間違えれば簡単に人を殺してしまう世界にあなたは踏み込んでしまったのです。後から『冗談だった』、『そんな気が無かった』、『ここまでなるなんて思ってもいなかった』では済まされないのです。命のやり取りをする覚悟、皇女様はそんな覚悟はありますか?やり直しが出来ないこの世界、皇女様が今まで経験していない世界です。」
「何で・・・?」
ボソッと皇女様が呟く。
「何であなたがそんな世界を知っているの?私と変わらない歳なのにどうしてよ?あなたに何があったの?」
「俺にも色々とありました。」
視線をダリアに移すとダリアがゆっくりと頷く。
「いつ終わるかも分からない激しい殺し合いの末に、お互いの心が通じ好きになってしまった人が俺の胸の中で死にました。そして、俺も黒幕に殺されて・・・」
ジッと皇女様が俺を見ている。
「こんな殺し合いが未来に俺達が勇者となって魔王達と戦う世界ですよ。必ず勝てるかも分からない、いや、歴史上、魔王を倒した勇者はいないです。そんな相手との戦いに臨むのですよ。皇女様にはそんな覚悟はあるのですか?」
何か言いたそうな表情の皇女様を無視し、背を向け競技場の外へと歩き始めた。
「ちょっ!ちょっと待ってよ!」
だけど、俺はその言葉に振り向かず競技場から降りた。
競技場の周りには多くの人が集まっていたが、俺が降りるとサァ~と俺を避けるように人が割れた。
誰も人が周りにいなくなったが、ダリアだけが1人立っている。
ダリアの前へ俺は歩いていった。
目の前に来るとダリアがギュッと抱きしめてくれる。
「損な役回りを押しつけて済まない・・・」
「いいさ・・・、あのままだといつかは取り返しのつかない事が起きただろうしな。それを未然に防げて良かったと思う。これはダリアの仕事ではないよ。」
お互いに見つめ合っていたけど・・・
「アレン、いつまで2人だけの世界に入っているのかしら?」
すっごいドスの効いた声が聞こえてきた。
(げっ!)
全身から真っ赤な怒りのオーラを立ち上らせ仁王立ちになっているエリザがいた!
しかも!
俺達から遠巻きに離れて見ていた男どもからも、俺が放った以上の殺気が放たれているよ。
今の俺とダリアの姿に嫉妬をしているのは確実だ。
(無事にこの場所から帰るのだろうか?)
SIDE ジークリンデ
怖かった・・・
恐怖で足が竦むなんて経験は初めてだった。
剣の訓練で騎士団の騎士達と一緒に森の中で魔獣と戦った時も、こんなに怖い思いをしたことが無かった。
どんな魔獣だろうが私は全て一刀両断で倒していたわ。
帝都近くでの魔獣との戦いはすぐに退屈になった。
どんな魔獣も私の前では等しく私に倒される存在だった。
騎士達も模擬戦では私の前で手も足も出ず敗北を宣言していたわ。
今となっては分かる。
アレは騎士達が私に気を遣って私に勝ちを譲っていたのでしょうね。
私が皇女だから?
私のご機嫌取り?
だけど、その中でもダリアだけは決して手を抜かなかったわ。
いえ、あれでも手を抜いていたのかもしれない。
いつも余裕な表情をしていたからね。
そんな境遇に私はイライラしていたわ。
誰も私と本気で戦ってくれない。
思い切り力をぶつけても、私を受け入れてくれる相手が欲しかったの。
そして見つけたわ!
ダリアと一緒にいるアレンという男!
父様から聞いていた終末級の魔獣をも倒し、騎士団長でもある兄様を含めた騎士団の精鋭100人をあっという間に打ち倒した男!
その時に突然現れた災厄級のグリーンドラゴンをも従えてしまったと・・・
彼なら私の欲求不満を受け入れてくれるはず!
私の前でちょっと生意気だった教師を分からせてあげたけど、今度は私が分からされてしまうなんて想像もしていなかったわ。
冷静に考えれば確かにアレは私も大人げなさ過ぎたと思う。
あの時の私は本当に馬鹿になっていたと思う。
何もかも彼に通用しなくてイライラが頂点に達していたのでしょうね。
確かに色々と思いっきり戦えるのは楽しかったけど、アレは本当にマズかったわ。
魔獣をも一撃で殺せる魔法を持ち出したのは本当にバカだった。
ライトソードを持ち出した時点で私は戦う資格が無かったのよ。
そんなので切られでもしたら、腕なんて簡単に切り落とせるし、それこそ人も簡単に殺せる。
相手が怒っても仕方ない状況を作ったのは私だった。
彼が言っていた、相手を殺す覚悟、自分が殺される覚悟、そんな覚悟は全く無かったのは確かよ。
自分を認めて欲しい、自分が満足すれさえば良い、頭の中にはそれだけしか無かった。
そんな今までの私の甘ったれた考えを彼は真っ向から否定してくれた。
彼の最後の一振りは本当に死ぬかと思った。
今、思い出しても体中に鳥肌が立つくらいに怖さが蘇ってくるの。
そして、彼の去り際の言葉・・・
まるで彼が経験していたかのような話。あの悲しそうな目も忘れられない。
私と同じ歳のはずよ。
彼には何があったの?
呆然と座り込んでいる私にロイが手を差し出してくれたわ。
「姫様、これで理解したでしょう?だれかれと無差別に突撃して戦いを挑んでいましたけど、いつかはこうなると私は言っていましたよね?アレン殿には感謝ですよ。あえて厳しくして現実を姫様に教えてくれたのですからね。」
確かにね・・・、ロイの言う通りよ。
私の中にあったちっぽけなプライドを粉々に砕いてくれたわ。
「決めたわ!」
私の言葉にロイが反応してくるわ。
「姫様、何を決めたのです?まさか、今更になって淑女になる事です?いやぁ~~~、天変地異の前触れ?」
「うるさい!」
失礼な事をほざいているロイの脛を思いっきり蹴ってあげたわ。
痛そうにピョンピョンと跳ねているけど『ざまぁ!』よ!
あの時は私はいなかったけど、父様と彼が接見した時、父様が彼に私と婚約するようにと言っていた事を思い出した。
いきなりそんな事を言い出すのかと娘としては『父様、頭の中は大丈夫?』とも思っていたけど、実際に彼と戦った今では彼の人なりも分かった気がする。
彼なら絶対に私を受け入れてくれるはず!
彼の事を思うと不思議、胸がドキドキする。
うわ!顔まで熱くなってきた!
「姫様?」
「何よ!」
「急に顔を赤くして体をクネクネしているなんて気味が悪いですよ。本当に何があったのです?まさか?」
ロイが目を見開いて私を見ているわ。
ホント失礼な男ね。
でも、ダリア以外に私の事を特別扱いしない男は彼くらいだしねぇ・・・
すぐに私から顔を背け別のところを見ているわ。
(どこを見ているのよ?)
「あ”!」
思わず変な声が出てしまう。
何なのよ!アレはぁああああああああ!
ダリアと彼が抱き合っているってぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!
体がガクガクと震える。
父様が私との婚姻を打診していたのよね?
それなら彼はフリーのはずよ。
何でダリアと抱き合っているの?
それにお互いにうっとりとした顔で見つめ合っているって?
何?何?何?どういう事?
「分からなかったのですか?」
(どういう事なの?)
ロイがニヤニヤした表情で私を見てくるのが癪に障る。
私の知らない事を知っていて、それを自慢してくるのでしょうね。
「アレン殿とダリア嬢は学院に来てからずっと一緒なんですよ。しかも、腕を組んでいる姿もチラホラと目撃されていますからね。」
「何であんたがそんな事を知っているのよ!婚約者がいるのにダリアに横恋慕するつもり?」
「何を言っているのですか?私は婚約者であるマーガレット以外の女性に現を抜かす気はありませんよ。彼女は最高に素晴らしい女性なんですからね。」
ロイがやれやれといった感じで首を振ってきたけど、こいつは婚約者である彼女一筋なのよね。
だから女である私の護衛も問題ないとして一緒にいるんだけど。
「私が彼らに興味を示したのは皇帝陛下がアレン殿を姫様とくっつけようとしていましたからね。こんなじゃじゃ馬をあてがうなんてどんな人間だろうと、純粋に興味を持った訳ですよ。本人同士はお互いに好き同士で間違いないみたいですね。いつからそんな関係になっているか分かりませんけど、あの様子じゃかなり前からのようですな。ただ、ダリア嬢の父である辺境伯様が2人の仲を認めていないとの噂もありますので、2人を狙っていまだに婚約を結ぼうと大量のお話が舞い込んでいるみたいですね。」
(かなり前から?)
その前に私の事をじゃじゃ馬と言ったわね!
後でお仕置き確定だから覚悟してね!
話は元に戻るわ。
アレンが住んでいた村はかつて王国領だったわね?それが2年ほど前に帝国領になったけど、たった2年にも満たない間であれだけイチャイチャするくらいの仲になる?
一気に燃え上がる恋も分からなくはないけど、彼はついこの前まで平民だったはず?
あの2人に何があったのかしら?
いえ!
今はそんな事は関係ないわ!
問題は私がどうやってあの2人の間に割り込むかよ。
ダリアの父親がアレンとの付き合いを反対しているし、父様は私と婚姻を結ぼうとしている。
「ぐふふふ・・・」
いけない!
思わず笑い声が出てしまった。
これは私にとってチャンスよね?
ダリアの方がまとまっていない今が私との婚約を結ぶチャンスなのよ!
「姫様、差し出がましい事ですが・・・」
「何よ!私は忙しいのよ!」
「姫様はダリア嬢からアレン殿を奪い取る気ですか?それは無理というものですよ。」
「無理かどうかやってみないと分からないわ!」
「まず、横恋慕自体が感心しませんよ。」
「それは分かっているけど、これは皇族と貴族の婚約なのよ。好きだからって本人だけで決められる訳じゃないの。お互いの家にメリットがあるか無いかで婚約が決まるからね。父様が私との婚約を推しているなら私にも可能性はあるわ!」
「それはそうですが・・・」
何よ!なんだか言いにくそうだけど、何が言いたいの?
「姫様のお顔は間違いなくダリア嬢に負けないほどの美貌でしょう。ですが・・・」
ロイの視線がダリアと私を交互に見比べている。
しかも、その視線が特にある部分を重点的に!
「ダリア嬢のアレと比べてしまうと姫様はとてもとても・・・、同じ女性でもここまで違うものかと・・・、アレはダリア嬢の圧勝ですな。それも圧倒的な大差で!もう少し女の魅力を磨いてから迫ってみては?と思い・・・」
ブチッ!
「ふふふ・・・、ロイ・・・」
ブォン!
私の周りにいくつもの白い魔方陣が浮かび上がる。
「姫様!失言でした!許してくださぁ・・・」
汗をダラダラ流しながら両手をブンブンと振ってロイが慌てているわね。
でも、もう許さないわよ・・・
「問答無用!ホーミング!レイ!くたばれぇえええええええええええええええええええ!」
ズドドドドドドドドドドドドドドォオオオオオオオ!
大量の光線がロイに降り注いだわ。
「セクハラ男は成敗よ!」
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