第37話 頼むから壊れないでよ!

「あのバカ・・・、やりおったな・・・」


ダリアが盛大にため息を吐いていた。


競技場の上には・・・


ズタボロになった試験官の教師が倒れていて、その向い側には無傷で元気な姿の皇女様が立っている。


(あれは酷いな・・・)


教師は上半身が傷だらけになって気絶している。

皇女様の剣は模擬戦で使うような刃を潰した鋼の剣ではなく、例の本物に見える木剣だった。


全く切れない木剣であそこまで人をボロボロに出来るものか?

まるで本物の剣で切りつけたようにな。


いや・・・


それは可能だ。


卓越した剣の技量があれば剣でなく例えばそこら辺に落ちている小枝でも、剣閃だけで鎧ごと人間を真っ二つにする事も可能だ。

実際に人で試した事はないが、俺も人の胴回りくらいある木を木剣で切りつけ、簡単に切り落とす事は可能だったりする。


まさか、皇女様はそれを人で試したのか?


(あり得んぞ・・・)


その皇女様が俺を見つけたようで、パチンとウインクをしてから手を振った。


「挑発に乗るな。アレはお主を誘っているだけだ。」


ダリアが静かに呟いた。


「まさか、教師を見せしめにしてまでアレンとの勝負を求めているとは・・・、妾も予想外だったぞ。今のは試験の一環だし、あくまでも試験の模擬戦であって、教師を戦闘不能にしても素行不良として不合格にはならんだろう。トバチリを受けた教師には悪いが、アレに勝てるヤツはそういないしな・・・」


そう言われてしまったが、俺は後悔している。


俺は極力皇女様との勝負を避けていた。

ダリアも下手に相手をすると面倒だからと言われていたのもあったからな。


だけど・・・


俺が逃げ続けていた結果がこれか・・・


何も関係ない教師が・・・


皇女様は俺に力を見せる為にこのような事をしたと思うだろうが、ここまでやる事は無かったのじゃないのか?

いくら戦闘狂だろうが超えてはいけない一線というものがある。

今の俺の前に広がる光景は、単なる見せしめであり暴力だ。


ゆっくりと2人の前に歩き始めた。


「やっとやる気になってくれたのね?」


皇女様がペロッと舌なめずりをしている。

本当に戦う事が好きなんだな。

迷惑以外に何物でもないけどな・・・


俺が競技場に上がると、皇女様が剣を構え腰を下げる。


「私はいつでも大丈夫よ。ウオーミングアップは終わったからね。準備運動なら付き合ってあげてもいいわ。どう?」


「いや、結構だ。それよりも先に・・・」


剣を俺に向けて構えている皇女様から離れ、気絶している教師の元へと歩く。


その教師は女性だった。

まだ20代初めの若い女性だ。

多分だけど、皇女様が相手だったからだろうな。


しかし・・・


上半身の腕など肌が出ている部分があちこちと鋭利な刃物で切り裂かれているような傷だ。

中には深い傷もあり、血がかなり流れている。

これだけの傷なら一生残る傷も出来そうだ。

特に顔の頬の部分がかなり酷い。

ざっくりと抉られたような深い傷跡が残っていた。


その教師の前に立ち膝を下す。


(俺のせいでスマン・・・)


「パーフェクト・ヒール!」


右手をかざすと全身の傷が全て消え、全く傷の無い綺麗な肌に戻る。

あれだけ深い頬の傷もサッパリとな。


「そんな・・・、聖女と同じくらいの癒しの力が使えるなんて・・・」


皇女様が俺の回復魔法を見てプルプルと震えている。


少し遅れて担架を持った教師達が気を失っている女性教師を担架に乗せ競技場から降りていった。


改めて俺は皇女様と向き合う。


「皇女様、俺はこの通り回復魔法も使えますので、皇女様に傷が付いてもすぐに治せますよ。だから、傷物にしたと責任を取らせる事は出来ませんからね。」


俺の言葉に皇女様がニヤリと笑う。


「ふふふ・・・、そんな事は言わないわ。戦いの傷は名誉の傷だからね。だけどね、私に傷を付けられた人はいないのよ。ダリアだけが私を満たしてくれたわ。でも・・・、分かるのよ。ダリアは手を抜ているってね。私がどれだけ本気で向かっても決して本気で相手をしてくれないの。分かる?それがどれだけ寂しいか?」


ゆっくりと剣先を俺へと向ける。


「私を失望させないで頂戴。私の本気をぶつけても壊れないでよ。」



(うわぁああああああああああああああああ!)



これって、ダリアは言った通りマジでヤバい人だ!

ここまでの戦闘狂は初めて見たよ。


だけど、俺はもう逃げない。

ここで逃げてしまえば、また誰かが皇女様の犠牲になってしまう。


教師が気を失った時に落としたのだろう。

俺の足元に模擬戦用の刃を潰した剣が落ちていたので拾い構える。


俺の構えを見て皇女様の視線が鋭くなる。


「構えだけでここまでとはね・・・、今までの無礼は謝るわ。」


構えを解き、剣を胸の前で立てた。


「私はこのハルモニア帝国の皇帝が第2皇女ジークリンデ・ハルモニア!尋常に勝負!」


彼女が自己紹介したから俺もしないとな。


「自分はアレン・ランカスター、先日、男爵位とランカスターの名をいただきました。皇女様、若輩者ではございますが、胸をお借りします。」



「アレンよ!」



(ん?ダリアが呼んでいるぞ。)


「リンの胸を借りるといったが、こいつには借りる事すら無理な程に絶望的な絶壁だからな、遠慮するな。徹底的に叩き潰せ!胸が抉れるくらいにな!」


(おい!何てことを言う!)


「ダリアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


あらら・・・、皇女様が胸を押さえて顔を真っ赤にしているよ。


「戦いに胸の大きさは関係ないでしょう!あんたみたいに無駄に大きいよりマシよ!大きいと重くて戦いの邪魔だからね!」


「何を言っている?妾はそんな事は一切思った事はなかったぞ。持たぬ者の負け惜しみと受け取っておこう。ふはははぁああああああああ!」



(2人で何を争っている・・・)



周りはドン引きだぞ!


いや・・・


ここにいる男どもの視線がダリアの胸に集中している。

あれだけ大きいとなぁ・・・


(いかん!いかん!今はそれどころじゃない!)


でもね、可哀想な人を見るような視線が皇女様へ注がれているよ。


ダリアVS皇女様、完全に勝負が決まった。


「うるさい!うるさい!うるさぁあああああああああああああっい!」


ははは・・・、皇女様がキレて涙目になってしまったよ。


さっきよりも鋭い視線で俺を射抜くように睨みつけてくる。


「こうなったら!アレン!あなたで憂さ晴らしさせてもらうわ!ダリアの分までまとめて地獄を見せてあげる!」



ス・・・



(消えた?いや・・・)



ガキィイイイイイイイイイ!



おもむろに剣を頭上に掲げると、剣にかなりの衝撃が走った。


(気配を隠さないなんて・・・)


あまりにも丸分かりの動きで少し拍子抜けしてしまう。


「何で受け止められるのよ!」


皇女様が騒いでいるけど、ダリアの剣に比べれば甘い甘い!

多分だけど、自分より強い相手との戦いはダリア以外に経験は無いのかもしれない。


受け止めた剣を流し振り返る。

俺の背後でギリギリと歯を食いしばっている皇女様が立っている。


「皇女様、学院は身分は建前では平等ですよね?だから、今からは私が皇女様に戦いの厳しさを教えてあげます。ダリアのように優しく出来ないので、そこは許して下さいね。」


剣を正眼に構え、皇女様へとウインクをする。


本当はここまで挑発したくないけど、もう逃げ続ける訳にいかなくなってしまった。

俺のせいで教師が酷い目に遭わされている。


「納得するまでお付き合いしますよ。」


その言葉に皇女様の口角が上がりニィ~と笑みを浮かべていた。


「それは私のセリフよ!頼むから壊れないでよ!」



ドン!



一気に皇女様が剣を横薙ぎに構え飛び出して来る。


目の前まで接近した瞬間、いきなり横にステップを踏み俺の視界から消えるように移動する。

あまりに高速の横っ飛びなので、技量が低い人にとっては目の前から急に消えたように見えるだろう。


しかしだ!


そんなのは俺には通用しない!


「甘いですよ!」


俺の左の死角にいた彼女が剣を振りかぶった瞬間、俺はすぐさま右足を軸に回転し、彼女の正面に立つ。

俺がいきなり横に振り向くと思わなかったのか、彼女が少し驚いた表情になっている。

だけど、それは一瞬ですぐに真剣な表情に戻り、俺の足に向かって剣を打ち下ろしてくる。


これは中々の戦術だ。

真剣なら足を切り落とし、相手の機動力を削ぐのは常套手段でもあり上手く考えている。

いくら木剣で切る事は出来ないだろうが、そんなものを脛に当てられてしまえば痛くてそれどころではなくなってしまう。

伊達に天才と言われていないようだ。


だが!


俺の目には彼女の動きがハッキリと見える。



ガキ!



俺の脛を狙った剣を受け止める。


だが、彼女の剣はすぐには止まらない。


受け止められたと思いきやすぐに握りを変え剣を上段へと振りかぶる。

あまりにも早い切り替えしにちょっと感心してしまった。

上段へと構えた剣を一気に袈裟切りで俺の肩を狙って打ち込んでくる。


それは既に読んでいる。


スッと一歩後ろに引きさがると、剣は俺の服ギリギリを掠め空を切る。


「嘘!」


皇女様の驚きの声が聞こえた。

まさか、これを受け止めるのではなく避けられるとは思ってもいなかったのだろう。


後ろに下がった俺に驚いていたが、すぐに剣を今度は正眼に構え突きを放ってくる。

これなら確実に俺の胴に打ち込めるとの判断だろう。

状況判断も上手い。


(相手が悪かったな。)


迫りくる剣を俺は受け止め、その反動で俺が横に飛び跳ねた。

一気にジャンプし距離を取る。



「し、信じられん・・・」

「おい・・・、見えたか?」

「これが新入生の戦いなのか?」

「俺・・・、自信無くすよ。」

「あんなのと一緒に授業を受けたくないよ。」



競技場の周りにいる受験生達や教師が青い顔になって俺達を見ていた。


(おや?)


かなり距離を取った皇女様が俯き、肩をワナワナと振るわせている。




「最高よ!」



いきなり顔を上げて叫んだよ。

とっても嬉しそうな顔で俺を見ているし・・・


「戦乙女のスキル!遠慮しないで使っても構わないのね!」



(マジかい!)



皇女様のスキルは『戦乙女』だって!


これはエリザ以上のレアスキルじゃないか!


それじゃ普通の熟練者くらいなら歯が立たないよ!


皇女様が増長してしまうのも分かる。

そして、その力の矛先を持て余している事もな。



「皇女様、だったら私がその力を受け止めてあげましょう。気の済むまでね。」



「頼むわよ。私を失望させないでね。」



ズズズ・・・



皇女様からのプレッシャーが増大している。



バサッ!



そして背中に大きな黄金の翼が生えた。




さて・・・、これからが本番だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る