第36話 答えが合っているか自信が無い

「さぁ!勝負よ!」


いきなり剣を突きつけられてしまったけど、それ以前にだ!


学院内は護衛と認められた人以外は帯剣を認められていない。

それが皇族や公爵家などの上位貴族でもあろうだが!


それを・・・


この人は堂々と剣を抜くなんて・・・、頭のネジが数本どころか全部抜け落ちてアレになっているんじゃないか?


俺とダリアが呆れた目で目の前にいる危険人物を見ていたら、突然、ペロッと舌を出した。


「これはね、精巧に作られているけど木剣だからね。殺傷能力はほとんどないし、運が悪くても骨折くらいで済むわよ。」


(おい!)


俺が言いたいのはそんな事じゃない!

木剣だろうがいきなり剣を向けて『勝負!』と言う神経が問題だと言いたい!


隣にいるダリアに目を向けると、ダリアがこめかみを押さえながらため息をしている。


(そういえば知り合いだったな。)


「リン、皇女である貴様がいきなり決闘なんて正気の沙汰じゃないぞ。まずは自己紹介から始めるのが筋じゃないか?腐っても皇女なんだから少しはな・・・」


「失礼ね、腐ってもってその言い方は無いんじゃない。私は弱い人間には興味が無いだけよ。私が求めるのは私より強い人なの。父様も兄様もみんな大人の人は私を子供扱いするし、真面目に私の相手をしてくれるのはあなたしかいなかったのよ。あなたが男であればと・・・、どれだけ思ったか・・・」


ペロリと彼女が舌なめずりをする。


その行動をダリアが見てブルッと震えた。


「アレンよ、妾が会いたくないと言った意味が分かっただろう?バトルジャンキーもジャンキー、しつこいにも程があるぞ・・・」


(その気持ち、よ~~~~~~~~く分かる!)


「ダリア、学院内は喧嘩御法度だし、戦いを受けずにこのまま無視しても良いんじゃない?いくら相手が皇族でもこれなら不敬罪にはならないよな?」


「そうだな、真面目に相手をするだけ無駄だし、これで試験に遅れたらシャレにならん。無視してさっさと行くぞ。」


ダリアがエリザに目配せをすると、エリザも頷き俺のところへ駆け寄ってきた。


「アレン、アレってどうするの?いくら皇女様でも失礼にならないかな?」


「大丈夫だ。その点は心配するな。アレが勝手に絡んできたから無視するに限る。お前も余計なトラブルに巻き込まれたくないだろう?」


「そうね、ただでさえ貴族生活は胃が痛くなるような事も多いしね。聖女になってから自分で胃の痛みを治せるから良いけど、ダリアの言う通り危険人物そうだから無視するね。」


皇女様よ~~~

何かすごい言われようだけど、普段からの行いが悪いからダリアにここまで言われてしまうのだろうな。


あらら・・・、少し涙目になっているよ。



「ロイ!」


おや?

皇女様が誰かの名前を呼んだぞ。


大柄な赤い髪の男の人が素早く皇女様の隣に移動してくる。

見た目は殿下くらいの歳に見える。

だけど、その人の動きを見ると、普通に歩いているのに足さばきなど動きに無駄が無い。


(この人、相当に出来る。)


これだけの手練れなんだし、多分だけど、この人は皇女様の護衛じゃないかと思う。

それも近衛兵クラスのエリートに間違いない。


しかし、彼は両手を横に広げやれやれとした態度をとっている。


「姫様、だから言ったじゃないですか。いきなり突撃なんかしても相手にされないって・・・、みんなが姫様のように戦う事が好きだっていう人はいないですよ。」


「分かっているわよ!でもね、戦ってみたいと思わない?ダリア達は災厄級じゃなくて終末級の魔獣を倒したのよ。そんな人を目の前にして黙っている方がおかしいわよ。」


(いえいえ、おかしいのは皇女様の方だと思う。)


ビシッと皇女様から人差し指を差されてしまう。


(こらこら、人を指差すのは失礼な行為だよ。)


「あなた!この勝負!預けたわよ!」


(いやいや、預ける預けない以前の話だと思う。)


それ以前にお互いに自己紹介すらしていないんだぞ。

物事の順番すら皇女様の中では突撃が一番って訳?

自分に正直かもしれないけど正直過ぎる!

こんなのだからダリアが苦手になっているのも分かるよ。

そう思ってチラッとダリアを見ると、ダリアが苦笑いしている。


「筆記試験の後で実技試験があるわよね?その時に私とあなた、どっちが強いか決めるから!絶対に逃げないでよ!」


クルッと踵を返してスタスタと建物の方へ歩き始める。


「ロイ!行くわよ!」


ロイと呼ばれた男が俺達の方を向いてペコリと頭を下げた。


「うちの姫様が迷惑をかけて申し訳ないね。ホント、頭の中身は突撃と特攻しかないから、後が大変で・・・、ダリア嬢にも迷惑をかける。」


「いえいえ、ロイ様の心労、察知しますよ。でも、大人の中ではあなたくらいしかリンの相手が出来ないから仕方ないのでは?」


ダリアがニコッと微笑んだ。


「ダリア嬢にそう言われて助かるよ。本当にあの姫様の護衛にされた時は皇帝を恨んだくらいだったしね。仕事と思って割り切るしかないよ。」


そう言って手を振り皇女様の後を追いかけていった。



おやおや、ダリアが俺以外の男に優しくしているなんて不思議だ。

それよりもだ、あのダリアの笑顔の破壊力に耐えられるなんて、素直に凄いと思う。

珍しい事が立て続けに起きるし、雨じゃなくていきなり槍が降るかも?



ジロッ!



(げっ!)


ダリアが鋭い目で俺を睨んで来たよ。


「アレン、何か失礼な事を考えていなかったか?」


(す!鋭い!)


タラリと額に汗が流れた。


「心配するな。あの男は既に婚約者がいるから、他の女に現を抜かす真似はしないぞ。言動は少し軽いが、根は真面目だし実力は本物の男だ。リン程でもないが、この国でも最強の一角に入るだろうな。」


(おぉおおお!)


「ダリアってちゃんと他の男の人も評価出来るんだ・・・」


思わず声が出てしまった。


「失礼な・・・、妾も人の評価はちゃんと出来るぞ。管理職を気が遠くなるほどしていたのは伊達ではないからな。」


確かにな・・・


「そんな意地悪を言ったお主に罰を与える。」


ギュッとダリアが俺の腕に抱きつき、大きなアレをグイグイと押しつけてくる。


「ダ、ダリア・・・」


思わず顔が赤くなってしまうけど、ニヤニヤしているダリアは離れてくれない。


「このまま筆記試験の会場まで連行するからな。拒否は認めん。それにな、こうしていれば妾に近づく不埒者もいなくなるだろう。一石二鳥だな。ふふふ・・・」


確かにダリアにとってはそうかもしれないけどさぁ・・・


回りの男連中から発せられる俺への視線が尋常じゃない!

異常だよ!異常!


嫉妬が殺気に昇華してヒリヒリするくらいに感じるんだよ。


俺にとってはある意味拷問だ!



それにだ!



エリザもエメリアからの視線も痛い!

それに何でかレナさんも少し怖い表情なんだよ!



俺の周りはもしかして敵しかいないの?






「着いたぁぁぁ・・・」


とてつもなく精神的に疲れ筆記試験の教室に辿り着いた。

一生分の嫉妬を受けた気がする。


「アレンも頑張って!」


エリザが俺の手をギュッと握って応援してくれる。


「アレン、頑張るのだぞ。」


チュッ!


(おい!)


ダリアさんや!どさくさ紛れに俺の頬にキスをするな!

ほらほら!また男達の凶悪な嫉妬の目が集まったじゃないか!


(胃が痛い・・・)


自分で自分の胃に回復魔法をかけると少しスッキリした気がした。。


俺達3人の試験部屋は別々だったので、教室前で別れ俺は席に着いた。


(ん?)


何だろう?さっきまでの視線とは違う殺気を感じる。


殺気を放つ先に首を向けると、1人の男の子(俺もそうだけどね)がジロジロと俺を見ている。


(これは・・・)


単なる殺気とは違い、上位の力がある者が出す殺気だ。

周りにいる12歳の子供が出す殺気と違う。


栗色のどこでもいる髪だけど瞳が紫色は珍しい。


(確か・・・)


俺が記憶している上位貴族の中に該当する瞳の人がいたかな?


俺も貴族となったからにエリザと同等の子爵位以上の貴族を覚えるように勉強させられたよ。

貴族として最低限の交流も必要だし、俺みたいに爵位が低い貴族が上位貴族の顔も知らないとなれば恥だからと言われた。

ダリアは上位貴族だけど、やはり会って知らないのは勉強不足だと陰口を叩かれてしまうので、上位は上位で大変なんだなとしみじみ思った。

幸い、ダリアのところには貴族の名簿と姿絵があったので、いきなり貴族になった俺でも勉強には困らなかったし感謝しているよ。


そう思うと本当に貴族世界は色々と難しいよ。


記憶の中にある貴族の姿絵を次々と思い出す。


と・・・


(いた!)


確かこの帝国の3大公爵家の1つに紫色の瞳の頭首がいたよ。


『ラインハート公爵家』


ダリア情報だとこの公爵家の長男は俺達と同じ歳で、今年学院に入学する予定だ。

そしてスキルの儀でエリザに匹敵するレアスキルを授かったとの事だよ。


そんな公爵家に睨まれる?


やっぱりダリア争奪戦の1人なのか?



・・・



まぁ、今は試験に集中しないとダリア達に置いて行かれてしまうからな。

ダリアもそうだけどエリザの頭の良さも尋常ではない。

俺はリミット・ブレイクが頑張ってくれたから、回帰前以上に記憶力が良くなったよ。


だけど、あの2人は素で天才だった。

それに実技試験も問題ないだろうし、彼女たちはSクラスに編入になるだろう。

実技に関しては自信はあるけど、やっぱり筆記でどうなるか?

Sクラスは30人の狭き門だし、俺は大丈夫なのか不安だよ。

もし俺がSクラスになれなかったらダリアパパが何を言ってくるか?

それも心配の種なんだよな。



「どうだった?」


筆記試験の教室を出るとダリアが待ってくれていて微笑んでくれた。


「う~~~ん、一応回答は全部埋めたけどなぁ・・・、答えが合っているか自信が無い。」


「大丈夫だ!妾と一緒に勉強した仲だ、間違いはないだろう。」


どうしてかダリアが謎の自信で俺は大丈夫だと言ってくれている。


(ありがとうな・・・)


おかげでちょっと気が楽になったよ。



「アレ~~~~~~ン!」



エリザが廊下を走りながら俺へと駆け寄ってくる。


「こら!学院内を走るのは禁止だと言ってあるだろうが!淑女たるもの、入学前から既に教育は始まっているのだぞ。」


走ってくるエリザをダリアが注意しているよ。

何だかんだいってこの2人は仲が良いよな。


そのままエリザが俺の手を握ってくる。


「アレン、どうだった?一緒なクラスになれれば良いよね。」


「う~~~ん、どうだかな・・・、エリザはどうだった?」


俺の質問にエリザが満面の笑みでブイサインを作った。


「もちろん!自信はあるわよ。逆に簡単すぎてこれで良かったの?って思ったくらいだったしね。」



(ハイハイ、左様ですか・・・)



天才の余裕だよ。



(ん?)



またしても教室で感じた殺気を感じる。

殺気の元に視線を送るとサッと目を逸らされた。


間違いなく公爵家の彼だよ。


(殺気まで飛ばして俺に何を言いたいんだ?)


公爵家の人間だし、俺みたいな男爵位がダリアと仲良くしているのが気に入らないのか?


まぁ、今は殺気を飛ばすだけで何も実害も無いから放置だな。

上位貴族にはこちらから絡む事は不敬にもなるし、無視するに限る。


そんな状況にダリアも気づいたようだ。


「放っとけ。」


素っ気なく言ってきたけど、それが正解だろう。


「そんな奴は無視して、実技試験の会場に行くぞ。座学はやっぱり肌に合わんし、少し体を動かしてスッキリしようか。」


「そうだな。」


例の公爵家の事は気にしたら負けだ。

そう思う事にしていた。




3人で屋外にある実技試験場に着いたけど・・・


(どうした?)


何か騒がしい。


試験会場の一角に人だかりが出来ている。


あの場所は試験官と模擬戦をする競技場のはずだよな?


(何か嫌な予感がする・・・)


3人で人混みをかき分け前に進んでいく。

そして競技場の前に辿り着き、目の前の光景に絶句してしまう。



「あのバカ・・・、やりおったな・・・」



ダリアが盛大にため息を吐いていた。


競技場の上には・・・


ズタボロになった試験官の教師が倒れていて、その向い側には無傷で元気な姿の皇女様が立っていた。

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