第23話 毎日が楽しそうですね
あれから半年が経った。
「そろそろ離れないか?」
俺の膝の上に乗っているダリアへ声をかける。
「ん、もう少し・・・」
「ダリア様、もう時間ですよ。これ以上はお父上が何を言ってくるか?冗談抜きで行方不明として捜索が出ますよ。そうなると私も隠しきれません!」
クロエさんがとっても困った顔で俺を見ているよ。
その隣ではレナさんが「うふふ・・・」といった表情で微笑んでいた。
そのレナさんだけど、メイド服を着ているんだよな。
まぁ、今はエリザの専属メイドのような位置づけだったりする。
エリザに関しては後で説明するとして・・・
レナさんは人化が出来るようになり、人化した際は既に服を着ている状態だった。
その服はレナさん自身の魔力で作られていて、本人の好きなように変える事も可能だ。
何でそんな便利なの?と聞いた事があったけど、「だって裸だと色々とマズいでしょ?それを期待する人もいますけど、あくまでも健全にですよ。ここは深く考えたらダメです。大人の事情と思ってください。」と言って、いつもの柔らかい笑顔を向けてくれた。
まぁ、踏み込んだらいけない世界があるってことだろう。
大人の事情は難しい。
ダリアは俺成分を十分堪能したのだろう。
「仕方ないなぁ・・・、それじゃ戻るとするぞ。」
素早くダリアが俺の膝から降り立ち上がる。
「おっと!忘れ物だ。」
すごく嬉しそうな表情のダリアの顔が迫ってくる。
チュッ!
頬にキスをされた。
そのままダリアが俺の首に腕を回し抱きついてくる。
「やっぱり離れたくない・・・」
そんなダリアをとっても怖い目でクロエさんが見ているけど、その気持ちは良く分かる。
「ダリア様、このような逢瀬は本来は許されるものではありません。やっとこの土地の譲渡が終わって領主や代官が決まったところなんですよ。お父上には聖女様の事だけしかお教えしていませんし、アレン様やレナ様の事は今は内密なんですから、少しは自重して下さい。バレたら、私も父も物理的に首が飛ぶんですよ!」
何度目か分からないクロエさんのため息が聞こえた。
「ダリア・・・」
俺が少し睨むとダリアが泣きそうな顔で俺を見ている。
「そんな顔するな。俺だって寂しいんだけど、ダリアの立場が悪くなると困るし我慢しているんだからな。」
「それは分かっているけど・・・」
「普通なら馬車で10日以上かかる距離を転移で一瞬で来れるんだから、いつでも会えるのと変わらないだろう?毎日朝、昼、夕、寝る前と来ているから、少しは我慢しないと付き合わされているクロエさんにも悪いからな。」
「うん・・・、分かった・・・」
凄く萎れた感じで返事をしてくるが、ここはあえて厳しくしないとな。
俺も寂しいけど、何事にも限度がある。
「じゃぁ、これで元気を出せよ。」
そう言って俺はダリアのおでこにキスをする。
途端にダリアの顔が嬉しそうに綻ぶ。
「ふふふ・・・、元気が出た!それじゃな!夕方にまた来るからな!」
スキップするような勢いで俺から離れ、クロエさんが慌ててダリアの横まで移動し、2人の足元に魔方陣が浮かび姿が消えた。
幻と言われた転移魔法を片手間に俺と会いに来るのに使うなんて、お城の高位魔法使い達が見たら卒倒するかもな。
それだけ俺とダリアの魔力は桁違いなんだろうな。
「ふふふ・・・、毎日が楽しそうですね。」
レナさんがニコニコと微笑んで俺のそばに立っている。
しばらくするとギュッと俺の後頭部が柔らかい感触に包まれる。
「レ、レナさん!」
レナさんが後ろから俺を抱きしめていた。
大きな胸が俺の後頭部に当たっているんだぞ!
恥ずかしいったらありゃしない!
「いいじゃいですか。私もこうして人間の姿になりましたし、母親の気持ちはどうなのか知りたいのです。ポチも可愛いですけど、アレン様の今のお姿と私の姿だとちょうど親子みたいなものですよ。こうしてアレン様を抱いていると私の心が落ち着くのです。ダリア様がアレン様から離れたくない気持ちも分かるような気がします。」
こうやってみてみると、レナさんはかなり母性の強い人みたいだよ。
ダリアが俺にとことん甘えてくるのに対し、レナさんは何かにつけて俺を甘やかそうとしてくる。
ダリアとは違う感じで俺を事ある度に抱いてくれる。
恥ずかしいけどこの体勢は極上の気分にさせてくれるんだよな。
このままずっとレナさんの温もりの中に浸りたいと思う程に気持ちが良かった。
ジ~~~~~~~~~~
(ん?)
すっげえ視線を感じる。
ダリアとは違うタイプの痛い視線だ。
視線を感じたところへ眼を向けると・・・
(ひょぇええええええええええええええええええええええええええええ!)
エリザが部屋から廊下へ通じるドアの隙間から顔を半分出して覗いていた。
(ストーカーかい!)
エリザと目が合うとエリザがダッシュで俺へと駆け出してくる。
「アレェエエエエエエエエエエエン!」
半泣きの状態で俺に抱きついてきた。
「あらら・・・、エリザ様、本日の勉強はどうされたのですか?」
ニコニコと笑っているレナさんだけど、ダリアの時とは違い少しプレッシャーを感じる。
「頑張っているけどぉぉぉ~~~、いきなり貴族様の勉強って・・・」
ちょっとべそをかいているエリザの頭をレナさんが優しく撫でた。
「確かにこの歳からの勉強は大変ですよね。でもね、アレン様も同じように頑張っているのですよ。1年半後の学院入学に向けての勉強をね。だから、エリザ様も頑張って下さい。分かりました?」
「うん・・・、頑張る・・・」
「よろしいです。ではご褒美ですよ。」
そう言ってレナさんはエリザを優しく抱いていて、とても嬉しそうにエリザが抱きついていた。
俺といい、エリザといい、レナさんは子供をあやすのは大好きなんだよな。
俺の母さん以上に甘やかせてくれるのには、ちょっとどころかかなり恥ずかしい。
この半年間で俺の周りの状況はかなり変わった。
俺達の村のある一帯を治めていた領主は、ベヒーモスが出現した際、ダリア達を見捨て自分の領都へと逃げ帰ってしまった。
ダリア自身の魔法の才と護衛騎士団の奮闘で、辛うじて犠牲を出さずにベヒーモスを森の奥に追い祓ったと、クロエさん達が口裏を合わせダリアの父親である辺境伯に報告した。
ダリアの父親はとてつもなくダリアを溺愛しているから、見捨てられたとの報告を受けて激怒し、セイグリット王国へ厳重に抗議を行ったとの事だ。
元々があの男爵が治めていた領地は赤字経営の領地となっており、莫大な賠償金など払う事も不可能。
セドリック自身もこの領地には思い入れも無く、無能だと判断されてしまった男爵は物理的に首が飛んでしまい、ダリアの筋書き通り賠償金代わりに領地を帝国へ譲渡となった。
どっちに転んでもあの豚男爵は死ぬ運命だったのだな。
正式にこの領地が帝国領となった時に、ダリアが領地の視察に同行し、偶然を装ってエリザの資質に聖女のスキルを感じると父親に報告した。
それからの動きは速く、すぐさまエリザのスキル鑑定を行い、帝国から正式に聖女と認定された。
元々ここは王国の領地だったから、ここで聖女が現われた事が分かればセドリックが何か手を回してくるかと思ったけど、意外なほどに何も無かった。
ダリア曰く、
セドリック自身は既に聖女のスキルを吸収済みなので、特に聖女が現われたからって何もしてこなかったのだろう。
セドリックの興味は自分が吸収していない未知のスキルだからな。
エリザが聖女と認定された事により、帝国ではエリザを貴族にする動きが出てきた。
ただでさえ聖女のスキルはレアの中のレアだ。
あちこちの国や教会では自分達が手に入れたいと水面下で色々と動いていた。
そんなエリザを帝国に留めておきたいとの思惑もあり、エリザは若干9歳で爵位を貰えることになってしまう。
小さい時から貴族として教育されている者と違い、エリザは貴族の作法も知識も何も知らない平民だ。
貴族となってしまったエリザは否応なしに貴族としての知識を叩き込まれることになった。
ほぼ毎日のように家庭教師をつけての勉強とレッスンを続けていた。
貴族でない者にいきなりの事はさすがに無理があったけど、エリザ自身はとても頭も良く、まるで乾いた砂に水をまいたかのごとく次々と知識を吸収していき、家庭教師からも数十年に1人の天才だと褒められていた。
だけど、9歳の女の子にそのような環境に慣れる事は無理でよく俺に泣きついていた。
その度にレナさんがエリザを慰めていたので、2人の仲がとても良くいつの間にかレナさんがエリザの専属メイドになっていた。
貴族となったエリザだったけど、領地はどうするか?となったが、あの豚男爵の領地が宙に浮いていたので、子爵となったエリザの領地にする事で落ち着いた。
さすがにエリザが治めるのは無理!
エリザは名前だけの領主で、実際には彼女の両親が村から領都であるリースに引っ越しし、肩書きも村長から領主代理となって日々頑張っている。
ちなみに俺の村の現在だけど、村長さんがいなくなってしまったので、俺の父さんが村長に任命されてしまった。
多分だけど、ダリアの差し金だろうな。
さて、俺の立場はというと・・・
俺が魔法を使ってベヒーモスを倒した事は、その場にいた全員には秘密にさせた。
もちろんレナさんもポチの事もだ。
何でそんな隠し事をするんだとダリアに聞いたけど、
「エリザが聖女に目覚めた話題でこの国は大騒ぎになるだろう。そんな状態でアレンの事を話そうが、多分、エリザの話題が大き過ぎて誰も気にしないだろうな。それこそ、アレンの凄さをアピールするにはまだまだ材料が足りない。それなら、エリザの話題が落ち着き、学院が始まる頃に強烈なデビューを果たせば良いのでは?」
そんな風に言われてしまった。
確かに今の俺は勇者としての戦い以外は何も出来ないだろう。
回帰前の記憶があっても、貴族の娘として生きているダリアと将来一緒になるには決定的な点が無い。
クロエさんからも指摘され、貴族の婚姻は政略結婚と呼ばれるように、お互いの家にメリットがなければどんなに好き合っていても結婚は無理だろうと・・・
それ以前に、どうして俺とダリアが知り合い、ダリアが俺の事を婚約者だと言ったのか?その馴れ初めをしつこいくらいに聞かれてしまった。
さすがにダリアとの馴れ初めは言えなくて誤魔化したけどな。
どうせなら学院が始まってから誰にも文句が言えない程に鮮烈なデビューをすれば、一気にアレンの評価に繋がるだろうとダリアが計画した。
戦いや魔法に関しては問題無いだろう。
だが、回帰前に身に着けていたマナーや知識はあくまでも平民レベルに毛が生えたくらいしかなく、王国民だけあって帝国についてはほぼ知らなかった。
知識に関しては丁度エリザが貴族籍になった事により、貴族としての勉強を行い始めたので、俺も一緒に勉強をする事になった。
家庭教師に関してはダリアからの手配もあり、俺も同席しても問題無かった。
俺もエリザと同様に貴族の知識は全く無かったけど、そこもリミット・ブレイクがまた仕事をしてくれ、次から次へと知識を吸収し、家庭教師の先生も過去1番の生徒だと手放しで褒めてくれた。その時に横にいたダリアのドヤ顔は可愛かった。
この1年半、勉強に毎日何回も押しかけるダリアとエリザの息抜きの相手・・・
学院の入学試験の勉強、なぜかクロエさんの剣の指導も増えていた。
正直、かなり大変だったけど何とか乗り越えた。
そんな自分を自分で褒めてあげたいと思ったくらいだよ。
忙しい時間はあっという間に過ぎ、俺はとうとう12歳になった。
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