第22話 とっても嫌な予感がする

犬サイズになったベヒーモスの子供でもある『ポチ』がダリアにモフモフされ、嬉しそうに尻尾をブンブンと振っている。

この姿を見ていると、ポチは本当に災厄と言われたベヒーモスの子供か?と思いたくなるくらいに可愛い犬と化しているよ。


俺よりもダリアに懐いているみたいだな。


そんなダリアとポチのじゃれ合いをベヒーモスがジッと見ていた。


「寂しいのか?」


『寂しくないと言えば嘘になりますね。私とあの子は生まれ方は違えども、私の子供に変わりありません。私以外に懐くのは母として複雑です。』


「へぇ~、魔獣だと思っていたけど、人間のような感情もあるんだな。」



(ん?)



・・・



・・・



ちょっと待て!



何だろうな・・・、今、とんでもない言葉を聞いた気がする。



「母ぁあああああああああああああ!」



ベヒーモスって雌(♀)だったの?


『そうですよ。見た目は分かりにくいですが、私は雌の個体として生れました。まぁ、誰も番となる者がいませんでしたので肉体関係というものは経験はありませんが・・・、そして、あなた様と契約した事によって私も新しい力を授かりました。私にこんな力が眠っていたとは信じられませんし、その力を目覚めさせていただいたあなた様は実は神様ですか?』


うっとりした表情(に見える)のベヒーモスが俺を見ている。


「いやいや!俺にそんな力は無いよ!それでどんな力なんだ?」


『ふふふ・・・、お見せしますね。』


何だろうな、とっても嫌な予感がする。



カッ!



ベヒーモスの全身が金色に輝く。


しばらくすると光が収まり、そこにいたのは・・・


(マジかい・・・)


今の俺の母さんと同じくらいの年齢の20代後半くらいに見える女性が立っている。

少しウェーブがかかった腰まである長い銀髪をなびかせ、ダリアに負けないくらいの美人な女性だ。

神秘的な赤い瞳がジッと俺を見つめている。

スタイルも大人ダリアに匹敵する程に抜群だったりする。


多分だけど、俺のリミット・ブレイクが仕事をしたのだと思う。

ベヒーモスは実質精霊みたいなものだし、契約する事によって召喚魔法を覚えるだけじゃなかったってか?

リンクした相手の潜在能力まで開花させてしまうなんて・・・

本当にどこまで規格外のスキルなんだよ。


(それにしても・・・)


人化したベヒーモスの姿に思わず見惚れてしまう。


しかし!ふと我に返り・・


チラリ・・・


恐る恐る後ろにいるダリアの方を見ると・・・



(やっぱりぃいいいいいいいいいいいいいいい!)



あれだけ可愛いはずの子供ダリアが夜叉のような表情で俺を睨んでいるよ!

モフモフされて気持ち良さそうにしていたポチが完全に委縮してしまって、フサフサな尻尾も垂れ下がるどころか、お腹で抱えて蹲ってしまった。


(怖い!怖い!怖い!)


こんな殺気を放ったダリアを見たのは初めてだ!


「貴様・・・、何者だ?アレンを誘惑しようとしたのか?」


これはあのベヒーモスなんだ!


と言いたいが、ダリアの圧倒的な殺気で言葉が出ない。


しかし、彼女がスッと片膝をつき頭を深々と下げた。


「契約者様、いらぬ誤解を生んでしまい申し訳ありません。」


その態度に、今度はダリアがぽか~んとした表情になった。


「き、貴様はあのベヒーモスか?」


「そうです。契約者様とのリンクで私の中に眠っていた力が目覚めました。このように人の姿に変化が出来るとは驚きです。こうして契約者様にお仕え出来るのは幸せの極みでございます。」


「そんな事が・・・」


彼女の丁寧な挨拶でダリアの全開だった殺気が急速に萎んでいく。


(助かったぁぁぁ~~~~~~)


心から安堵してしまう。


あれだけ怯えていたポチだったけど、ダリアが落ち着いたので安心したのか、尻尾を振りながらベヒーモスのところへ行って体をすり寄せていた。

そのポチをベヒーモスが嬉しそうに撫でている。


「ふふふ・・・、この子をこうして愛でる事が出来るなんて、契約者様には感謝ですよ。」


(あれ?ベヒーモスの顔って?)


誰かに似ていると思ったら、母さんが俺を撫でている時の表情と同じだ。

今まではサイズが違いすぎて適度な触れあいも難しかったかもしれない。

だけど、今のサイズなら普通に可愛がることが出来るからな。

それが嬉しいし、我が子を愛でるのが嬉しいのだろう。


「アレン・・・」


「どうした?」


なんだろうな、ダリアが少し難しい顔をしているよ。

懸念事項でもあったのか?


「いやな・・・、あのベヒーモスも名前を付ける必要が出来てしまったかな?と思っただけだ。ああやって見ると、ベヒーモスだけが森にいるのも可哀想じゃないか?出来るなら一緒にいさせたいと思うのだけど、どう思う?」


そんな意見、相談されるまでもないだろう。


「もちろん、俺もダリアの意見に賛成だよ。ダリアは優しいな。」


「そ、そうか・・・」


俺の言葉でダリアの顔が赤くなり少し俯いてしまった。

だけど、そんなダリアの姿が可愛くて思わず頭を撫でてしまう。


「ア、ア、アレン・・・」


嬉しそうにダリアが抱きついてきた。



ジ~~~~~



(ん?)


俺とダリアの姿をベヒーモスが嬉しそうに見ている。


「ふふふ・・・、お似合いですね。」


「そ、そうか!」


ベヒーモスの言葉でダリアが嬉しそうに微笑む。


「そうだ、お主にもポチと同じように名前を付けようと思っているががどうだ?この姿でベヒーモスと呼ぶのもおかしいからな。」


ベヒーモスが深々と頭を下げる。


「私にまで名をいただけるとはとても名誉でございます。出来ましたらアレン様に付けていただけないでしょうか?」


そう言ってジッと俺を見つめる。


(これは困った。)


いくら何でもポチのような名前を付ける訳にいかない。

相手は妙齢の女性だし、変な名前は絶対に避けなくてはならない。

頭の中で何十もの名前が浮かんだ。


大量の名前の中でピコン!と1つの名前が残った。



「レナ、どうかな?」



俺の言葉にベヒーモスがとても嬉しそうに微笑み、胸に両手を当てた。


「アレン様よりいただきましたこのお名前・・・、私の心に未来永劫刻み込んでおきます。」


何それ、重い!重いよ!

まぁ、名前って一生付きまとうものだし、嬉しく思うのも仕方ないか・・・



ジ~~~~~



何だ?視線を感じる。



(ダリアさんやぁ~~~)


そんなに怖い顔で見ないでくれ・・・


あの表情は名前を付けてあげた事を喜んでいるだけで、俺とレナ(ベヒーモス)さんはそんな関係じゃないんだから。


レナさんもレナさんでそんな誤解されるような事をしないでもらいたいよ。

ダリアの質量のある視線が本当に痛いからな!


そして・・・


これで回帰前とは完全に違う歴史となった訳だ。

これからは何が起きるか分からない。

真の魔王であるセドリックを倒し、ダリアとの平和な未来を掴まなくてならない。

回帰前の経験以上に大変な事もあるだろう。


だけど!


ダリアと一緒なら絶対に乗り越えていけると確信している。



不思議だけどそんな気がする。






SIDE  レナ


ふふふ・・・、私がこうして人間の姿になれるとは想像もしなかったわ。

これもご主人様であるアレン様のおかげ。

私の今までの使命はこの森の平穏と、新しく生まれた我が子(ポチ)が私を取り込む事が出来るようになるまで見守る事。

私の存在意義はそれしかなかったし、それが当然だと思っていた。

森の平和はアレン様とダリア様が約束してくれたわ。その約束が私と森を縛っていた鎖から解放してくれたの。

永遠とも思われる程に長い時を森に縛られていたけど、それが無くなって私は真の自由を手に入れた。

お二人の生きている間限定だとはいえ、私は自由を楽しむことにするわ。

そんな事はアレン様に言えないけど、うふふ・・・


アレン様・・・


私はアレン様のおかげで新しい生き方をする事が出来るようになりました。


それに、先ほどまで激しく愛し合い(殺し合い)ましたからね。

私の全力を受け止めてくれた方は初めてでした。

受け止めてくれただけでなく、私をも上回る圧倒的な存在感。


あの時のアレン様の眼差しといったら・・・


思い出すだけでゾクゾクします。


本気で私を殺そう思うなら、アレン様は確実に私を殺す事は出来ました。

でもね・・・、アレン様は私を殺すどころか傷一つ無く回復させてくれたのですよ。


誰が何と言おうともアレはアレン様の愛です!間違いありません!

愛があるから私はこうして生きていられますし、心でアレン様と繋がる事が出来たのです。



『レナ』



これが私の新しい名前であり生き方・・・


こうして人間になれたのは良いけど、ダリア様と比べても私はかなりの年上の見た目でしょうね。

いくら何でも私とアレン様だと釣り合いが取れないわ。


でもね・・・


私のこの姿はずっと変わらないはず。

アレン様がもう少しお年を召せば私の姿でも釣り合いがとれるわ。

それまでの我慢ね。


その時は・・・


ふふふ・・・


改めて愛し合いましょうね。

今度は私からたくさんの愛を囁いてあげますよ。




SIDE  ダリア


何か嫌な予感がする。


あのガキンチョは絶対にアレンを狙っているが、まさかベヒーモス(レナ)もそんな気がする。


ガキンチョは修業の名目であまりアレンとの接点が多くないように出来たが、アレ(レナ)はどうしようか?


ただなぁ・・・、ポチはお気に入りだからそばに置きたいが、そうなるとアレも一緒にいる可能性が高い。

妾は常にアレンと一緒にいたいが、妖精の姿の時と違い生身の人間だと立場もあるし、なかなか一緒には・・・


そうなると、あの2人にもアレンと一緒にいる確率が高くなるのだな。

さすがに妾の一存で誰にも会わせないようアレンを監禁する訳にもいかんし・・・


あのガキンチョといい、レナといい、何でアレンの周りには女ばかり集まる?神よ、妾とアレンの恋を邪魔するのがそんなにも楽しいのか?ふふふ・・・、良かろう・・・、この挑戦、いくらでも受けて立とう!障害が多ければ、それだけ激しく燃え上がるからな!




SIDE クロエ


私は夢でも見ているのだろうか?


初めてダリア様にお会いした時は5年前、ダリア様が5歳で私が10歳の時てした。

ダリア様の身の回りのお世話と護衛の任務となりましたが、なぜ子供の私にこんな仕事を回されたのか、最初は怒りしかありません。

ダリア様の身分は私よりもはるかに高いお方であろうが、これは横暴な事だと思っていました。

例え父が我が領のランカスター独立騎士団の団長であろうが!


しかし!


そんな怒りはダリア様を見た瞬間に消えてしまいました。


(こんな人間がいるの?)


まだ5歳なのよ!


そんな子供なのに誰もダリア様の美しさに匹敵する人はいない。

そう思えるほどにダリア様は美しい。


(このお方に仕える事は最高の誉れ!)


同じ女性なのに一瞬にして私はダリア様に心酔してしまいました。


それからはダリア様の隣に立てるよう必死に努力しました。

身の回りのお世話は当然で、万が一の護衛もあるから父からは徹底的に武術も教えてもらいました。


ダリア様は9歳の時に魔法が使えると公言されたわ。

その時の私の驚きはどれだけのものだったか・・・

女神とも言われる程の美貌に、国内の高位魔術師以上に素晴らしい魔法の才能。

このお方はまさに神の祝福を受けてお生まれになったに違いないです。


ダリア様は私の理想を具現化されたお方、このお役目は誰にも譲れない思いが更に強くなり一段と努力しました。

スキルが無くても死ぬほど努力しました。

そのおかげで私は今やダリア様の専属付き人としての地位を確立したの。


ダリア様は普段は完璧な淑女の女性だけど、私と2人っきりの時は話し方も態度も全く違う。

まるで正反対で最初は戸惑ったけど、ダリア様がそれだけ私に心を許してくれているものだと思っていたわ。


それなのに・・・


どこの馬の骨とも分からない子供がいきなり現われ、ダリア様と抱き合っているではないの!

しかもキスまで!


そして『婚約者』?何を言っているのか理解出来ません!


こんな現実は受け入れられないと思っていたけど、更に信じられない光景が目に飛び込んできました。


森から出てきた巨大な魔獣が飛び出てきました。

あり得ないくらいの巨大な魔獣なんて見た事がありません!

あれが伝説の魔獣ベヒーモス?


ただでさえ信じられない状況なのに、更に信じられない光景が目に入ってきます。


あの少年もダリア様と同様に魔法を行使しています。

そしてあの巨大な魔獣を倒してしまいました。


それこそあり得ない・・・



実は私は夢を見ているね・・・



そう思えればどれだけ気持ちが楽か・・・


だけど現実は目の前に起きた事でした。

この光景に立ち会った私と護衛の騎士以外は誰も信じてくれないでしょうね。


父上、いえ!団長にはどう報告すればいいのかしら?


そう思うと頭痛がしてきます。



でもね・・・



あの少年と一緒にいるダリア様は本当に楽しそうです。

本当に彼とは親密な関係なんですね。



それにです・・・



ダリア様、素が出てますよ。人前では淑女の見本とも言われているお姿のあなた様が・・・

私だけしか知らない本当のダリア様は、貴族として少し型破りなお方でしたが、さらに弾けてしまいましたね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る