第21話 決して譲れないものの為に

リミット・ブレイクよ!


俺の想いに応えろ!



ドクン!



体の奥底から力が湧き上がってくる。


(これは?)


かつてダリアと戦った時の感覚と同じだ。

俺の体が限界を越える時の感覚!



「ベヒーモス・・・」



横たわり顔だけを上げて俺を睨んでいたが、ヨロヨロと力無く起き上がる。

しかし、起き上がった瞬間、弱々しさは消え去り圧倒的な強者のオーラを放ってきた。


これが王としての存在感。


そして!


俺が乗り越えなくてはならない壁!



「その壁を今!俺はぶち破る!」



剣を両手に持ち横薙ぎの姿勢で構える。


対するベヒーモスはグッと身を屈めた。

いつでも飛び出せるように構えているのはすぐに分かった。

あれだけの巨体なのに一瞬で俺との距離を詰められるだろう瞬発力。


(相手に不足はない!)


フッ!


ベヒーモスの姿が掻き消えた。


だが!


俺の目には高速で迫っている奴の姿が見える。

奴はまたもや俺へ右脚を振り下ろしてきた。

今度は飛び上がってからの全体重を乗せての打ち下ろしだ。

あれだけの巨体を受け止める事は物理的に不可能だ。


だけど、避ける行為は今の俺にとっては逃げるのと変わらない。


堂々とダリアの横に並ぶ為に!

俺自身が前に進む為に!


逃げる訳にはいかない!


今の奴の動きは直線的で動きは読めた!

すぐに俺の意識は既にベヒーモスから離れ、手に握っている剣に集中する。


漆黒の刀身が突然真っ白に輝いた。


「舐めるなぁああああああああああああああああ!」


剣を両手で握り構える。


ダン!と右足を前に踏み出すと、あまりの踏み込みの強さに、俺の足を中心にして地面が放射線状にひび割れた。


そのまま奴の懐に潜り込み下段に構えた剣を一気に切り上げる。

光輝く剣が奴の皮膚に喰い込んだ。



「シャイニング!ブレードォオオオオオオオ!」



ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!




奴の右脚を肘の関節から切り落とした。


鮮血と切り落とした脚が宙に舞う。


だが!


奴の目はまだ諦めていない!

必ず次の攻撃が来る!


しかし・・・



ボシュゥウウウ・・・



俺の剣の刀身がボロボロと崩れてしまった。

俺の光魔法をエンチャントした剣が、強力な魔力に耐え切れずに崩壊してしまう。

脚を切り落とされようが、奴の闘志は全く衰えていない。

剣が無くなり俺の攻撃手段が無くなったと思ったのか、奴がニヤリと笑った気がした。


トドメとばかりに奴が大きな口を開け巨大な牙で俺をかみ砕こうとして迫ってくる。



「剣が無くたってぇえええええええ!」



柄だけになった剣を放り投げ、グッと右拳を握った。


一気に跳躍し奴の頭上へと飛び上がる。


「これで終わりだぁあああああああ!」


俺の拳が真っ赤に燃え上がる。



「バーニングゥウウウ!ナックルゥウウウウウウウ!」



ドォオオオオオオオオオオオン!



炎を噴き出している俺の拳が奴の眉間へ吸い込まれるようにしてぶち当たる。

激しい激突音が響き、俺も奴も弾けるように転がってしまった。


慌てて起き上がり拳を構える。



!!!



俺と同時に奴も起き上がってくる。

右前脚を切断されているのにも関わらずにだ!

俺の拳には確かな手応えを感じた。

ベヒーモスは見た目はとてつもない巨大な狼の姿だが、体の構造は普通の生物とそう変わらないはずだ。

弱点も同じだと思い額の眉間を狙って、炎魔法で最大に強化した拳を叩き込んだ。

アレを喰らって無事な訳は無いはず!


(これでも奴には届かないのか?)


しかし、決着はあっけなく訪れた。


グラリと奴がよろけ、地響きを立てながら地面へと倒れ込んだ。

全身を痙攣させピクピクと震えている。



(勝ったぁああああああ!)



思わず拳を頭上に掲げガッツポーズをしてしまった。


「派手にやったな。」


いつの間にかダリアが俺の隣に立ち、腕を組みながらジッとベヒーモスを見ている。


「最初は妾の手伝いもあったが、まさかほぼお主1人でやり遂げるとは思わなかったぞ。災厄と呼ばれた伝説の魔獣もお主の前では単なる魔物と変わらんか・・・」


少し呆れた感じのダリアだったが、俺へ顔を向けると満面の笑みを浮かべていた。


「妾と釣り合える男になったな。」


そう言って倒れているベヒーモスへ顔を向ける。


「さて、こいつはどうする?トドメを刺しておくか?災厄を倒した証拠にもなるし、こいつからはぎ取れる素材の価値は計り知れん。何せ誰も討伐した事も無いし、未知の素材だらけだからな。一気に妾の領地も潤うぞ。」


(どうするか?)


確かに・・・


回帰前はコイツに村を滅ぼされてしまった。

だけど、元々はあの領主が余計な事をして刺激してしまった結果だ。

そして今は、俺が刺激してしまい奴を起こしてしまった。


本来は戦う必要も無かったのに・・・


将来、起こりえる可能性を考えての行動だったが、奴にとっては叩き起こされただけの迷惑しかないだろう。


だけど・・・


回帰前の惨状が俺の頭に蘇る。


やはりここで決着を着けなければ、今度は俺を狙って村に被害が出るかもしれない。



(済まない・・・、俺達のせいでこうなってしまって・・・)



せめて安らかに眠ってくれ。



右腕を高々と掲げた。



ボボボォォォォォ!



巨大な炎の玉が俺の頭上に出現する。

まるで太陽のように輝き、コレを喰らえばいくらベヒーモスと言えど耐えられる事はないはずだ。


奴に打ち込もうとした瞬間!



「ばぅ!」



1匹の狼がベヒーモスの前に立ち塞がった。

成獣の狼よりも大きな狼が俺とベヒーモスの間に立っている。

まるで奴を守るように・・・


狼だと思ったが、体の色はブラックウルフのような黒色とは全く違う。

後ろにいるベヒーモスと同じ銀色だった。


「まさか?」


ダリアが呟く。


いきなりの事で集中力が切れてしまい、俺の頭上の炎の玉が霧散して消えてしまった。


その狼は牙を剥き出しにしながら俺を威嚇している。


「ダリア、何か知っているのか?」


「あぁ・・・、まさかと思うが、この狼はベヒーモスの子供かもしれん。」


「子供?番がいないのにどうやって子供が出来る?」


それこそあり得ない。

ベヒーモス1体でどうやって子供を産み育てるというのだ?



『小さき者よ。』



どこからか声が聞こえてくる。

いや、俺が赤ん坊の時の妖精ダリアのように頭の中に直接語りかけてくる感じだ。


「あり得ん・・・」


ダリアが驚愕の表情でベヒーモスを見ている。


(まさか?この声は?)


ダリアも俺と同じ事を考えたのか、目が合うとゆっくりと頷く。


『私を打ち負かした者の命令は絶対だが、どうか私の願いを聞いて欲しい。』


「その声はベヒーモス!お前なのか?魔獣がどうして念話が出来る?」


『小さき者よ、確かに私はサイズが違えども魔獣のような見た目をしているが、どちらかと言えば精霊のような存在だ。』


「精霊だと?」


『そうだ、かつて私はこの森の魔素が集まり精霊となって生まれた。そして長い年月を経て受肉し、今のこの体となったのだ。』


「ダリア、知っていたか?」


そのダリアだったが、首を横に振り俺へと視線を移してくる。


「ベヒーモスは妾よりも遥か昔から存在していたのだ。その時点ですでに魔獣の王と呼ばれていたからな。正直、妾も驚いている。」


『この森は私の生まれ故郷でもあり、動物達の楽園でもある。だから、この森に害を成す者はことごとく排除してきた。そして、この森を守るもう一つの理由も・・・』



「ぐるるるぅぅぅ~~~~」



さっきもそうだけど、この銀色の狼はベヒーモスを守るように俺達へと牙を剥いている。


(まさかと思うが・・・)


『そう、あなたの想像通りだ。この子は精霊体から受肉をし私の子供となった。この子が大きくなった時は私はこの子に吸収され、この子が新たな森の守護者となるだろう。私はこの子が立派に成長するまでは絶対にこの森を守る。それが私の使命なのだ。』



そういう事か・・・



ベヒーモスが頑なにこの森を守っていた訳が・・・



ゆっくりとベヒーモスへと歩み寄る。


改めて奴の状態を確認したが、この状態でここまで戦っていたとは驚きだった。

ダリアの魔法を受け体中傷だらけの状態で大量の血が流れている。

その上、左目も潰れてしまい、右脚も欠損してしまった状態だ。

満身創痍と言っても間違いないだろう。


奴は守るものがあって戦っていた。

決して譲れないものの為に。


それのなのに俺は・・・


そっとベヒーモスの体に手を添えた。


奴の全身が白く輝く。


『こ!これは?』


驚きの声が俺の頭の中に響いた。


奴の全身の傷みるみると塞がり、欠損していた前脚も再生していく。

実は今の俺は聖女クラスの治療魔法も行使できる。

エリザと一緒にこの1年頑張ったからな。

リミット・ブレイク様々だよ。


唸っていた子狼もゆっくりと奴へ近づき頭を摺り寄せた。


『何を考えている?もはや私はあなたの好きにしても良いのだぞ。私を倒した勇者として名声を得るのも、巨万の財を成すのも自由なんだぞ。それを・・・』


「もう終わった事だ。これ以上戦う必要も無い。」


隣のダリアへ視線を移すと、俺と視線が合うとゆっくり頷く。


「アレンの言う通り、もう終わった事だ。お前はこの森に必要な存在。妾達の勝手な都合に振り回されてしまっただけだ。そして約束しよう、妾達の目が黒いうちは絶対にこの森に手出しはさせんとな。ダリア・ランカスターの名に懸けて約束は守る。まぁ、食料の調達で少しばかり恵みを分けてもらえれば嬉しいけどな。」


『おぉおおおおおおおおお!』


ベヒーモスが嬉しそうに声を上げ、まるで犬の伏せのような姿勢で頭を下げてきた。

隣の子狼も嬉しそうに尻尾を振りこちらを見ている。


『あなた方のお気持ち心より感謝します。あなた方が生きておられる限り!私は絶対の忠誠を誓います!』


(何だ?)


頭の中に何かの魔法が浮かび上がった。


「アレンよ、このベヒーモスは間違いなく精霊だったわ。まさか、奴が妾達の召喚獣として使役出来るようになったとはな・・・、今、頭の中に浮かんだのはこのベヒーモスの召喚魔法だ。」


(マジ?)


『それと、もう一つお願いを聞いてもらえないだろうか?』


「何だ?」


子狼が俺へと近づき頭を擦り付けてくる。

子供とはいえども、普通の狼よりはかなり大きく、馬くらいの大きさじゃないかな?


『この子もあなたに感謝している。私を救ってくれた事に・・・、そして、私はこの森の外の事を知らない。だが、この子はかなり外に関心を持っている。勝手に出て行かれても困るが、あなた達ならこの子を託しても良いと思っている。』


(う~~~ん・・・)


いくら子供でもこれだけ大きいとなぁ・・・


家の前に繋いでいても怖くて誰も近寄ってこないだろうし、これだけ大きいと食べ物も大量に必要になってくるだろな。


『心配はいらない。』


その言葉が聞こえた瞬間、目の前の子狼の姿が輝き、みるみると光の大きさが小さくなっていく。


「驚いた・・・」


光が消えそこにいたのは・・・


俺の腰くらいまでの高さまで小さくなっていた子狼だった。


つぶらな瞳で俺を見つめ、「ばぅ!」と可愛く吠えている。


『これなら問題はないだろう。そして我々は食料は必要としない。精霊と同じく魔力を取り込む事により生きているのだ。あなた方の膨大な魔力を分けていただければ十分。』


「これなら問題無いな。」


ダリアが嬉しそうに子狼の首を撫でている。


「これは何という気持ち良さだ。癖になりそうだな。ところで、こいつに名前を付けるのはどうだ?いつまでも名無しも可哀想だろう。」


確かにそうだ。

ベヒーモスの子供や、子狼と呼ぶのも実際に変だ。


(だったらどんな名前にするか?)


「ポチ!この名前でどうじゃ?」


(はい?)


何だろうな、名前としてはちょっと違う気がする。


「昔に読んだ物語で出ていた犬の名前だが、妾は気に入っていてな、いつか犬を飼った時にこの名前を付けようと思っていたのだ。それが今、叶ったぞ!」


おいおい・・・


コイツは将来の魔獣の王でもあるんだぞ。

そんなありきたりの、しかも犬の名前って・・・


「ばぅ!ばぅ!」


すっげぇ尻尾を振ってダリアにスリスリしているよ。


「そうか、気に入ってくれたようだな。お前はこれからはポチ!そう呼ぶぞ。」


「ばぅ!」


またとても嬉しそうに吠えた。



ポチよ・・・


お前・・・、本当にこの名前で良かったのか?

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