第20話 任せろ!
ドガガガァアアアアアア!
いやぁ~~~、魔獣の王とはこれだけ凄いのだと改めて思うよ。
俺は木々の間を縫うように走っているのに、やつはまるで普通に走るかのごとく木を薙ぎ倒しながら追いかけてくるんだよ。
森の中であれだけ図体が大きいから少しは有利に走れるかと思ったけど、そんなの全く関係無しに一直線だよ。
(ちょっと舐めてた。)
それでも俺の身体能力の方が上のようだ。
本気で走ればぶっちぎりで逃げ切れるけど、それをしてしまうと奴を倒す計画の意味が無くなってしまうからな。
「アレン!そろそろ森の外だぞ!すぐ近くに妾の本体も待っているからな!」
俺の隣を飛んでいたダリアが叫ぶと、森の木々の隙間からかなり明るい日差しが入っている光景が見える。
「ようやく出口か・・・」
そのまま一気に森の脇にある街道へと飛び出す。
「いた!」
少し離れているが馬車の一団が目に入った。
(ん?)
何だ?
豪華な方の馬車の上半分が無くなっているぞ。
馬は倒れているし、どこかで襲撃を受けたのか?
(何で?)
「そりゃそうだろうが。」
ダリアが嬉しそうな顔で壊れた馬車を見ている。
「本体はアレンに早く会いたいと思っているのだぞ。悠長に馬車を止めて出てくる訳があるか。すぐに飛び出せるようにしたのだ。」
(そういう事ね。しかしなぁ、どう見てもやり過ぎだよ。)
だけど、俺もダリアが来るのを待っている気は無い。
俺の方から行くのが良いだろうな。
しかし・・・
チラッと後ろを振り返ると、怒り狂ったベヒーモスが森から飛び出してきた。
あそこからここまで何も障害物は無い。
一気に加速し迫ってくる。
(俺も少し本気で走るか・・・)
そう思った瞬間!
「うおぉおおおおおおお!」
目の前に巨大な漆黒の球が迫ってくる。
俺の身長をはるかに超えた大きさのダークボールだ!
「ちょい!ダリア!俺ごとベヒーモスを殺す気か!」
まぁ、そんなものくらい俺だったら軽く躱してしまうと思っているだろうな。
実際にそこまでスピードが速くないのは本当だ。
直前まで迫ってくる魔法を跳躍し一気に飛び越す。
ドォオオオオオオオオオオオン!
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
直後に例の魔法がベヒーモスに直撃し悲鳴が上がったのが聞こえた。
そんな音を聞きながらかなり高く飛び上がっていると、眼下に馬車が見える。
(いた!)
ダリアがいた!あの姿は間違い無い!あの壊れてしまった馬車の上にいる!
スタッ!
少女の前に着地した。
俺の前にいる少女は・・・
サラサラで腰まで真っ直ぐな長さの艶のある漆黒な髪に、神秘的な黒い瞳がジッと俺を見つめている。
その瞳から止めどなく涙が流れていた。
ジッと顔を見つめてしまった。
何という事だ!
思わず心の中で絶叫してしまう。
大人の姿のダリアしか知らなかったが、目の前にいる少女ダリアの破壊力はハンパない!
あの肖像画でも天使かと思ったくらいなのに、実物はそれの比ではなかった。
エリザのような同性でも虜にする程の美貌だ。
これだけの美少女を絵に描けというのも無理だろう。
引く手あまたに婚姻の話が来ているという話も納得だよ。
俺の前にいるダリアはそれだけ可愛かった。
妖精のダリアはずっと俺のそばにいてくれていたが、こうして生身のダリアが目の前にいる。
そして目を潤わせながら俺をジッと見ている。
会いたかった・・・
そう思った瞬間、体が自然にダリアを抱き寄せた。
ダリアも俺の存在を確かめるように抱きつき頬を胸に押しつけてきた。
「ダリア・・・、会いたかった・・・」
自然と言葉が出てくる。
「アレン・・・、妾もだ・・・、もう絶対にお主を離さない・・・」
俺も絶対にダリアを手放さない!
「不届き者が!ダリア様から離れなさい!」
すぐ隣で女性の怒号が飛んだ。
(???)
声のする方向に顔を向けると、俺達よりも少し年上の感じのメイド服を着た女性がナイフを構え鋭い目で俺を睨みつけている。
「あ!」
そうだった・・・
ダリアって貴族の娘だった・・・
そんな地位の人間には護衛がいても不思議でない。
いや!逆にいない方がおかしい!
彼女はダリアの護衛だろう。
普段はメイドの服装でさりげなくそばにいて、いざとなればダリアの盾になる。
だけど、今の俺って一気にあれだけの距離を飛んでダリアの目の前に降り立った。
いきなり森からベヒーモスも現れ、あの場所から規格外の身体能力で一気にダリアの目の前に現れた。
そんな今の俺って不審者としてしか見れないだろう。
警戒されて当たり前だ。
(ちょっとミスったかな?)
「クロエ!落ち着け!」
俺から顔を離しダリアが手を伸ばし彼女を制した。
「し!しかし!ダリア様!」
「落ち着けと言っているだろうが・・・」
有無も言わせぬくらいの鋭い視線と圧倒的な威圧を発し、クロエと呼んでいたメイドの彼女を黙らせていた。
「は、はぁ・・・」
やっと彼女から発せられていた殺気が消えて、逆に困惑した表情で俺達を見ている。
「クロエの気持ちも分からんではない。いきなり現れて妾と抱き合っているからな。」
「ダリア様、その・・・、失礼ですが、彼は一体?」
さすがにダリアのあの威圧を受けたものだから、クロエさんの怯えようは当たり前だろう。
だけど、そんな彼女だけど、俺を見る視線はまだ敵愾心を持っているのは分かる。何かあればすぐにでも飛びかかってくるくらいに身構えている。
「アレン・・・」
ん?
クロエさんを見ていたダリアが俺へと顔を戻した。
が!
何だ?一瞬ニヤリと笑った気がしたが、気のせい?
「アレンは妾と将来を誓った男・・・」
ゆっくりとダリアの両手が俺の首に回される。
(ちょ!ちょ!ダリア!)
ダリアの言動に少し焦ってしまい、気が付くとダリアの美しい顔が俺のすぐ目の前にあった。
!!!
俺の唇に柔らかいものが当たる。
この感覚はあの時と同じ・・・
しばらくするとダリアの顔が離れていく。
「10年ぶりだな・・・」
うっとりと蕩けるような表情のダリアが俺をジッと見ている。
「我慢しようと思っていたが我慢出来なかった。だけど今日はこれで我慢しておこう。ふふふ・・・」
しかし、すぐにキリッとした表情に戻り、クロエさんへ顔を向ける。
そのクロエさんだけど、俺とダリアのキスを目の前で見てしまったからなのか、今にも顔から火が噴き出るかと思う程に真っ赤になっていた。
「ダ!ダ!ダ!ダリア様!これは?」
完全にテンパっているクロエさんとは対照的にダリアはニヤリと冷静に笑った。
「見ての通り、アレンは妾の婚約者だ。誰も異議を唱える事は許さん。分かったか。」
「はぁ、はぁ・・・」
信じられない表情でクロエさんが頷いている。
「ですが、ダリア様・・・、この事はご当主様のお父上もご存じなのですか?こんな事は私達も存ぜぬお話ですし、いきなり見知らぬ男が現れダリア様の婚約者と言われましても・・・」
(だよなぁ~)
クロエさんの言いたいことは分かる。
平民の俺がいきなりダリアの前に現れ、しかもキスまでしてしまったのだ。
俺がダリアの婚約者だという説明なんてもはや問題ではない。
彼女にとってはダリアは貴族としてはあり得ない行動をしている。
それが大問題なんだと言いたいのだろう。
「クロエよ・・・」
とても低く冷たい声でダリアが彼女の名前を呼んだ。
「は、はい!」
その声がとても怖かったのか、クロエさんはビクビクと震えながら返事をしている。
「確かに妾は性急過ぎたな。だが、このアレンが妾と釣り合う男だったらどうする?」
「そ、それは・・・」
「ふふふ・・・、アレンの力、存分に見せてやろう。誰も文句が言えない程に徹底的なアレンの力をな!」
(おいおい、いきなりハードルを上げないでくれよ。)
だが、今は俺の力を見せるチャンスには間違いない。
だったら・・・
GUGUGU・・・
左目から真っ赤な血を流し、牙をむき出しにして唸り声をあげているベヒーモスへと視線を移す。
「お目覚めかい?」
ダリアの特大ダークボールを喰らったベヒーモスが起き上がり、憤怒の表情で俺達を睨みつけている。
いきなり飛びかからないのは、またもや魔法を放たれるのでは?と思っているのだろうな。魔獣とはいえ知能はかなり高いのだろう。
だが!
そんな存在を俺は倒す!
抱きついていたダリアが離れ俺の隣に立った。
「アレン、行くぞ。」
「任せろ!」
剣を右手に構え一気に飛び出す。
そんな俺の行動を奴は冷静に構えて見ていた。
奴の前に立った瞬間、ヤツの右脚が上がり、一気に振り下ろしてきた。
「舐めるなぁああああああああああ!」
剣を両手で構え直し上から迫ってくる奴の爪を受け止める。
ガキィイイイイイイイイイ!
「ぐ!」
凄まじい衝撃だ。
受け止めただけで体中の骨がバラバラになりそうだ!
「アレン!」
奴の隣でダリアの心配そうな声が聞こえる。
「ダリア!今のうちに!」
「分かった!」
ダリアが奴の横に回り込むと、彼女の周囲に透明な鋭い細長い槍が十数本も浮かぶ。
「ダイヤモンド・スピア!」
ズドドドォオオオ!
一斉に飛び出しベヒーモスの脇腹に全てが突き刺さった。
GUAAAAAAAAAAAA!
ベヒーモスが苦悶の咆哮を上げ、俺を押さえつけていた力が緩む。
「ナイスだ!」
俺の魔法ではダメージを与える事は出来なかったが、ダリアの魔法は確実に奴にダメージを与えていた。
ダリアの放った魔法は土属性の魔法でも上級の魔法だ。
最高硬度のダイヤモンドを生み出し、槍のように相手に叩き込む。
どんなに硬い皮膚だろうが、ダイヤモンドより硬いものはほぼ存在しない。
一部神話級のエンシェント・ドラゴンのような存在なら効果は出ないかもしれないが、まず遭遇する事は無いだろう。
この魔法は稀少鉱物でもあるダイヤモンドを無の状態から生成するから、余程の高位の魔法使いでもない限り行使する事は出来ない。
しかも、そんな魔法使いでも普通は1、2本生成出来るか出来ないのに、ダリアは一瞬であれだけの槍を生成した。
これだけでもダリアの規格外さは分かってしまう。
「これで済むと思うなよ!」
ダリアが叫びながら両手を頭上へ掲げる。
彼女の上空に十数メートルはあろう漆黒の巨大な球体が浮かんだ。
「グラビトン!」
ゴシャァアアアアアアアアアア!
GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
ベヒーモスの背中に超重力の力がぶつかり、またもや悲鳴を上げる。
「ダリアばかりにさせてもな!今度は俺の番だ!」
ダリアの攻撃で俺への押さえつけの力が弱まり、一気に前足を押し返す。
剣を左手に持ち替えグッと右拳を握り、跳躍し奴の横っ面へと思いっ切り拳を叩き込んだ。
「喰らえぇええええええええええ!」
ドガァアアアアア!
あれだけの巨体が真横に吹き飛ぶ。
「まだだぁあああ!」
空中にいる俺だけど、握っていた拳を開き掌を奴に向けた。
「ブラック!ライトニング!」
俺の掌から黒い稲妻が奴に向かって飛んでいく。
この稲妻は普通の上級属性雷魔法の『ライトニング』とは違う。
雷属性に闇属性を付与した魔法だ。
お互いの属性が合成し劇的に威力を高める事が出来た。
全属性の魔法が使える俺だけのオリジナル魔法だ。
バリバリィイイイイイイイイイイイ!
その稲妻が奴の全身を包み込んだ。
GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
地面に横たわっているベヒーモスがピクピクと痙攣している。
あれだけの巨体にしっかりとダメージを与えるとは予想以上だった。
しかし!
奴の目は死んでいない!
最初に受けたダリアの魔法で左目を潰され、残った右目はジッと俺を睨み続けていた。
(これが伝説の魔獣、気を抜くと一気に巻き返される。)
それくいらいにピリピリとした殺気を奴から感じる。
「アレン、手助けが必要か?」
隣に立っているダリアがチラッと俺を見た。
「いや、ここは俺に任せてくれ。これは俺がダリア、お前の隣に立てるか?その為の戦いだ!俺はこの戦いで貴族であるお前に相応しい男になる!それを証明してやる!」
「アレン・・・」
ウルウルした瞳でダリアが俺を見ている。
(ダリア・・・)
最高に可愛いよ。
お前の為だと思えば俺はいくらでも頑張れる。
そして、いくらでも強くなれる!
リミット・ブレイクよ!
俺の想いに応えろ!
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