第19話 もう絶対にお主を離さない・・・

「魔獣の王・・・、『ベヒーモス』・・・」


回帰前に見た姿と変わっていない。

コイツは魔の森の守護者と呼ばれている。

回帰前に暴れた時は森に火を点けられ、その行為に激高した。

あの時の領主達は森の奥から出現したベヒーモスに驚き、自分達の屋敷がある街に逃げて行けばいいものを、よりによって俺達の村に逃げて来たんだよな。


おかげで・・・


家よりもデカい魔獣が村の中で暴れるし、一緒に森の魔獣も大量に襲って来た。


領主は村長さんの家の中に逃げ込んだが、ペヒーモスにとってはオモチャの小屋のようなものだ。

あっという間に叩き潰され、家の中にいた全員が潰された建物の下敷きになって圧死したか、魔獣達に食い殺されてしまった。

当時のエリザは運良く俺の家の近くにいたので、自分の家でなく俺の家に避難したので襲われる事はなかった。


村には30件ほどの家があったが、ほとんどの家が踏み荒らされ数件だけが残り、俺の家も奇跡的に無事だった。

だけど、家を潰されてしまった村人はベヒーモスと一緒に襲ってきた魔獣に襲われ食い殺され、無事な人は誰もいなかった。


今は眠っているように見えるが、森の異常を敏感に察知し、害のある存在を徹底的に排除する。それが『森の守護者』と呼ばれる所以だ。

このベヒーモスはいつからこの森に存在しているか分からないが、太古の昔からこの森の最深部にいるとの伝説が残っていた。

その伝説のおかげでこの森は通称『魔の森』と呼ばれ、誰も森自体に手を出すことはなかった。

今まで誰もコイツの存在も確認した事もなかったし、狩りで多少の魔獣や野生動物は狩ることがあっても何も無かったので、この伝説は眉唾物と領主は思ったのだろうな。

実際、人々が抱いていたこの森に対する恐怖心も、昔から比べて薄れていたのは事実だろう。


このまま何もしなければコイツは目を覚ます事はないだろう。


だが!


今のコイツは何もしていないが、俺は忘れることは出来ない。


あの惨劇を・・・


回帰した事により歴史は変わったかもしれない。

惨劇は起きないかもしれない。


だけど、あの領主の事だ、いつかは過ちを犯しコイツを目覚めさせるだろう。

そうなってからではは遅い。



ブン!



俺の手に真っ黒な刀身の剣が握られる。


この剣はこの1年間更に鍛えた剣だ。


重さは木が原料とは思えない程に重くて頑丈だ。

まるで鉄の剣のようにズシッとかなりの重さを感じる。

俺が現在使える重力魔法の技術を全てつぎ込んだ。

ダリアが言うには、木が炭化すると炭になるが、その炭を極限まで圧縮するとダイヤモンドになる。今の俺の剣はその手前のようなもので、強度に至っては鋼の比ではないという事だ。


聖剣や魔剣のような存在までとはいかないが、人間が鍛冶で作れる剣の中では最高峰の部類に入るようだ。

俺としてはそんなに実感はないけど、回帰前に使っていた剣と比べても高性能なのは使っていても分かる。


だが、コイツにこの剣が通用するか?


強者の余裕なんだろうか、俺がコイツの前に立っていても起きてこない。

俺のような人間相手は羽虫のような存在だと思っているかもな。

実際、あの時はコイツの前では人間なんて蟻のように踏みつぶされかみ殺されていた。


あの時の惨劇が俺の頭の中で鮮明に蘇る。



チリ・・・



ピクッとベヒーモスが身動ぎし、ゆっくりと目を開けた。

その目がジッと俺を見ている。


(どういう事だ?何でいきなり目を覚ます?)


「アレンよ・・・」


「どうした?」


隣に浮いているダリアの額に汗が流れている。

いつもの尊大な態度ではなく、かなり真剣な表情だ。


「まさか、お主の殺気に気付いて目を覚ますとは想像もしなかったぞ。だが、今のお主から出ている殺気は妾でも寒気がする。」


「そうだな・・・」


俺の大切な故郷を滅茶苦茶にした奴だ。

ある意味、セドリック以上に憎い奴かもしれない。



GURURURU・・・



地面が揺れるのでは?と思う程に低い唸り声を発している。


だが、今はここで戦うわけにいかない。



「アース!スパイク!」



ベヒーモスの寝ている地面から何十本もの石の杭が飛び出す。

しかし、ヤツの強靭な皮膚は全くダメージを与える事が出来なかった。


だが!


これで奴は俺を敵と認定したかもしれない。



「ダーク!ボール!」



いくつもの黒い球が奴へと飛んでいく。

これも全くダメージを与えたようには見えなかった、


俺を視界にとらえたままゆっくりと立ち上がり始める。


「さすが災厄クラスだけあるな。お前だけで国が亡ぼせるって事は大げさじゃないな。」


思わす笑みがこぼれる。


ここまで強力だったら男爵レベルの領主ごときの兵力では討伐は無理だろう。

回帰前と一緒で尻尾を巻いて逃げるしか選択肢はないだろうな。

あの時はベヒーモス達が暴れるだけ暴れて森の中に去って行くまで何も出来なかった。

文字通り災厄だった。


今回は違う。

黙って蹂躙されるだけの俺達ではない。

その為に生まれてから今まで準備をしてきた。


隣のダリアへ視線を移すとダリアが微笑んだ。


俺1人ではない!


ダリアと一緒にコイツを倒す!


コイツに手こずっている暇は無い!


この程度で苦戦するようならセドリックを倒すなんて夢の夢だ!

ヤツの影に一生怯えて暮らす訳にいかない!



俺とダリアの未来の為にも!



「出し惜しみはしない!」


両手を頭上に掲げる。


「ロック・フォール!」


奴よりも巨大な岩石が奴の頭上に現れる。


「喰らえぇええええええええ!」


その岩石が勢いよく奴へと落ちていく。



ドォオオオオオオオオオオオン!



「どうだ!」


!!!


しかし、奴は何事も無さそうに立ち上がった。


GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


まるで森全体を揺らすのでは?と思えるほどにヤツの咆哮が響く。


「全く効いていないなんて少し自信を無くすよ。だけどな、今はお前を倒すつもりはないから、これで十分だな。」


奴の真っ赤な目が俺を見下ろす。

俺の事を完全に敵だと認識したのだろうな。


ゆっくりと俺へ向かって動き始めた。


(ヤバい!)


背中に悪寒が走り、慌ててその場からジャンプする。


ズガァアアアアア!


今まで俺のいた地面が大きく陥没する。


奴が前足を俺へと向かって叩きつけただけだったのに、ここまで地面が抉れてしまうものか?


単にデカイだけじゃなくてスピードもパワーも魔王クラスだ。


不思議だ・・・


思わず顔がにやけてしまう。


今の俺の力はどれだけか?

魔王に対抗出来るのか?


それよりも・・・


ダリアと一緒に戦える。

かつては敵だったダリアだったが、今は俺の最高のパートナーだ。


「ダリア、待っていろ。今からそっちに行くからな。」



GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!



怒り狂った奴が俺の後を追いかけ始める。


「命がけの鬼ごっこだな。だけど、勝つのは俺だ!」


全身に身体強化を施し、縦横無尽に木々の間を縫うように走っていく。


奴は生い茂った木々の事はお構いなしに、次々となぎ倒しながら俺の後を追いかけてきた。






SIDE  ???



鬱陶しい・・・


妾の目の前にいる豚がとっても鬱陶しい。

ニタニタと妾の全身を舐め回すような視線はなぁ・・・


指をVの字にしてそのまま豚の両目に突き刺したいとどれだけ思ったか。


「ダリア様、我慢ですよ。私も我慢しているんですから。」


妾の隣に座っているメイド兼護衛のクロエが小声でささやいている。

普通ならメイドが妾の隣に一緒に座るような不敬な事はさせないのだが、さすがにこの豚の態度に我慢が出来ず、間にクロエを置いて緩衝材代わりにしてしまった。

クロエも露骨に嫌な顔をしていたが、ここは仕事、手当を弾むからと無理やり盾になってもらう。

クロエも妾ほどではないが間違いなく美少女の部類に入るだろう。

豚の下品な視線が妾とクロエを交互に見ているのが分かる。

おかげで豚の視線が妾だけに集中していないので、少しはマシだろうな。


こんな視線に耐えるのも貴族の務めの1つと思っていなければやってられん!


今、妾達はこの豚が治めている街へ向かっている。

そこで正式に見合いなるものを行う手筈になっていたのだが、この豚が待ち切れずにアレンの村まで迎えに来たのだ。

まぁ、これも計略なんだが・・・

そして魔の森と並行して通っている街道を進んでいる。

どうやら、実物の妾を見て一目惚れをしたらしく、馬車の中まで押しかけしきりに迫ってくる次第であったのが・・・


いくら何でも女性の馬車の中にズカズカと乗り込んでくる無神経さに呆れてしまったが、これもアレンと一緒になる為・・・


この豚め!


妾を子供だと思ってのこの舐めくさった態度だ。

護衛の騎士達もこの豚を葬るのに躊躇はしないだろう。

不敬罪で無礼討ちするのも1つの手だろうが、生憎、妾は帝国、コイツは王国の人間だ。

国が違う相手に対しての無礼討ちは流石に無理があるだろう。

だが!もう少しすれば合法的に貴様を葬り去る事が出来る。


くくく・・・


図に乗っているのも今だけだからな!

貴様は既に棺桶に片足を突っ込んでいる状態だ。


あと少しで妾が引導を渡してやろう。

妾は元魔王、見た目で騙された貴様が悪い。

たかが子供と思って舐めた真似をするからこうなるのだ。





ドクン!



これは?


胸がドキドキする。

妾の胸の中にある魔石が共鳴している。


もう1つの・・・

アレンの体の中にある魔石が・・・


すぐそこまで近づいている!


やっとだ!やっと!



「クロエ!伏せろ!」



貴族の嗜みもかなぐり捨て思わず素で叫んでしまった。


「はい!ダリア様!」


その返事と同時にクロエがうつ伏せになって両手を頭の上に置いた。

そんなクロエの行動に椅子の向い側に座っていた豚は何が起きたのか分からない表情でオロオロしている。

そんな豚なんかに構っている暇は無い!


右手を馬車の屋根へと伸ばす。


「エクスプロード!」


ドォオオオオオオオオオオオン!


馬車の屋根が派手に吹き飛び、とても見晴らしが良くなった。

この馬車の修理代もしっかりと請求させてもらうぞ。



ドクン!



胸の鼓動が止まらない!


あぁあああああああ!

アレンがすぐそばに来ている!



ズズン・・・


目の前に広がる森の奥から地響きが聞こえる。


計画通りアレンがベヒーモスを引き連れてやってきているのだろう。



シュン!



森の出口から何かが飛び出す。


人間離れした速度で走っているが、妾の目にはハッキリと見えた。


涙が止まらない!


10年だぞ!10年!

妾がどれだけ会いたいと思っていたか!

一気に飛び出せるように馬車の屋根も壁も吹き飛ばしたから、今すぐに飛んで行き抱きしめてやろう!


今!行くぞ!



バキバキィイイイイイイイイイ!



森の木々をなぎ倒しながら巨大な獣が飛び出してくる。

そのままアレンの後ろを追いかけ、巨大な前足でアレンを叩き潰そうとしているではないか!


許さん!


怒りで目の前が真っ赤に染まった。



「貴様ぁああああああああああああああああああああああ!アレンに何をしている!邪魔だぁああああああああああああああああああああああ!」



無意識にそいつに向かって手を向けると、巨大なダークボールを放つ。



ドォオオオオオオオオオオオン!



GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


ふふふ・・・、いい悲鳴を上げて転がっていくわ。


ん?


あの豚め・・・


馬車が壊れてしまい、目の前にあのベヒーモスが迫っていたからゴキブリみたいに這って自分の馬車まで逃げていくではないか。

あの豚と一緒にいた護衛も一緒になってこの場から逃げ出そうとしている。

あれだけ重そうな体なのに逃げ足だけは異常な速さだな。


あの豚は放置しても問題ないだろう。

生きようが死のうが待っているのは賠償による借金地獄以外はないからな。

帝国の辺境伯の令嬢である妾を見捨てて逃げるのだ。相応の賠償をしてもらう予定だ。

その賠償はアレンの村を帝国領にする事、それ以外の賠償は認めんからな。


フワ・・・


妾の前に1人の少年が立っていた。




ようやく・・・



ようやく・・・



何も言わずに少年は妾を優しく抱きしめた。


「ダリア・・・、会いたかった・・・」


「アレン・・・、妾もだ・・・、もう絶対にお主を離さない・・・」

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