第14話 もう安心だ

「もう安心だ。俺がお前達を助けるからな。ただ、ちょっと気持ち悪い光景になるから目を閉じていろ。すぐに終わらせる。」


直後、エリザが信じられない表情で俺を見ていたが、すぐに何だろう?キラキラした目で俺を見ている気がした。


(何かやらかした?)


「アレン・・・」


俺の背中にいるエリザが俺の名前を呟くと、ギュッと俺に抱きつく力が更に強くなる。

やっぱり怖いよな。女の子だから尚更だろう。


その時のエリザの行動はそういうものだと思っていた。


普通はこうして抱きつかれてしまうと戦いにくいのだが、相手はたかがブラックウルフだ。

今の俺はエリザに抱きつかれたくらいでは戦いに支障はない。


「さぁ!さっさと終わらせて帰るぞ!」


「うん!」


さっきまで泣きながら震えていたエリザだったけど、元気よく返事をしてくれる。

ちょっと元気になるのが早過ぎない?と思ったけど、まぁ、ずっと怖がられているよりもマシだしな。

エリザには目を閉じるように言っているが、ずっと目を閉じている事もないかもしれない。

あまり凄惨な光景を見せないように頑張るとするか。


「グラビティ・フィールド!」


ズン!


俺を中心にして辺り一帯に高重力のフィールドを成形する。


ブラックウルフの1番に厄介なところはもちろん群れで襲って来る事だが、もう一つが高い俊敏さを生かした高機動戦闘が得意なんだよな。

最初に潰した1体は奴が油断していたのもあるだろう、まさかこんな子供が魔法なんて使えるとは想像もしていなかっただろうし、重力という目に見えない攻撃だったのもある。

しかし、今のブラックウルフ達は明らかに俺の魔法を警戒していた。

ジリジリと包囲網を狭めながら近づいてくるが、すぐに飛びかかるような真似はしないみたいだ。


ブラックウルフは群れを作って役割分担をしながら狩りをする。

魔獣の中ではかなり知能が高いのだろう。


俺の目に見えない魔法を警戒しているのが丸分かりだ。


だけど、そんな警戒も無駄だ!


俺を中心にして周辺一帯を高重力のフィールドに変える。

奴らには何が起きたのか理解出来ないだろう。


急に全身が重くなり、満足に駆け回る事も出来なくなったからな。

力の弱い個体は地面にへばり付くようになっている。


もちろん!俺達には影響が出ないように範囲は調整してある。


これで奴等の最大の強みである機動力を封印した。


「後は俺のターンだけだ。」


右腕を頭上に掲げた。


「アイスジャベリン!」


ブラックウルフ達の上空に数十本もの氷の槍が浮いている。


本当は殺傷力の高い炎系の魔法で一気に消し炭にしたかったが、ここは森の中だし強力な炎の魔法は使えない。

万が一火事にでもなったら、それこそ厄災が目を覚ますかもしれない。


「お前達に恨みはないが、村の子供達に手を出した。人間を餌として認識したお前達は今後必ず村を襲う事になるだろう。」


ぐるりと周りを見渡す。


「終りだ!」



ドドドドドォオオオオオオ!



宙に浮いていた大量の氷の槍が雨のようにブラックウルフへと降り注いだ。



「「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!」」」



1体につき何本もの槍が全身へと突き刺さり、全てのブラックウルフが地面に倒れ息絶えていた。


静寂が辺りに漂う。



「終わったな。」


「あぁ・・・」


ダリアの声が聞こえる。

俺以外には聞こえないけどな。






「妖精さんがいる・・・」






「はっ!」

「えっ!」


俺とダリアは思わず叫んでしまった。


すぐ横で浮いているダリアに目を向けたが、ダリアは信じられない表情でエリザを見ていた。


「まさか?お前、妾の姿が見えるのか?」


エリザがニコッと微笑みながら頷いた。


「ダリア、まさか隠蔽魔法をかけ忘れたのか?」


「いや、今も絶賛隠蔽中だぞ。それでも妾の隠蔽を見破るし、聖域結界の魔法といい、まさかと思ったが信じられん。」


「あぁ・・・、俺もだ。まさかエリザが『聖女』のスキルに目覚めたとはな・・・」


「流石に妾も驚きだ。聖女の出現なんて数百年ぶりだぞ。これがバレてしまえば、それこそ国同士がこの小娘の取り合いを始めるぞ。」


「確かにな・・・、聖女は最上級の勇者並の待遇だ。国もそうだけど教会も放ってはいないだろうな。」


「くくく・・・」


ダリアが嬉しそうに笑っている。


「これも運命なのかもしれん。しかし皮肉なものだな。回帰前の世界では起きなかった事象が次々と起こっている。神もセドリックに対抗出来るよう妾達に協力してくれているのかもしれん。セドリックの計画は絶対に阻止せねばならん。それが妾達が回帰した最初の目標だからな。」


ダリアが俺の肩に乗りチュッと頬にキスをする。


「その後はもちろんアレンとの甘々スローライフ、その為に今は頑張っているからな。」


(ん?ちょっと待った!)


「ダリア、聖女が現われたのは数百年ぶりと言ったよな?だったら当時のグロリアは何者だ?あいつも聖女と呼ばれていたぞ。あの時は聖魔法以外にも氷魔法を俺に撃っていたよな?」


「そうだ、あいつはセドリックの忠実な部下で魔族の女だ。セドリックが吸収した歴代勇者のスキルを譲り受けている。妾達と同じく魔王と同じ存在だな。多分だが、かつての聖女のスキルを受け渡してもらったのだろう。セドリックがスキルを奪えるという事は与える事も可能という事だ。しかしなぁ・・・」


「どうした?」


「あのグロリアの聖女の肩書だけど、あいつの本性を知っている妾はな『聖女』でなく、すぐに男漁りをする『性女』の方がしっくりするのだが・・・」


(そういう事ね。)


確かに、回帰前の勇者パーティーでは、俺はパーティーメンバーの中では最弱だったからとても待遇か悪かった。

いつも荷物持ちや宿でもまともな部屋で泊めてもらえず、下手すれば馬小屋で寝泊まりしていた時もあったな。

レックス達はいつもグロリアと同じ部屋に泊まっていたよ。

毎晩あいつらが何をしていたのかは流石に俺でも分かる。」


ジッとダリアが俺を見つめている。


「アレンがグロリアに目を付けられなかったのは幸いだな。使えない勇者と判断してしまうと、すぐにあいつは精気を全て吸い取り殺してしまうからな。」


「まぁ、俺は荷物持ちや雑用をメインにしていたから、俺がいないと不便だったのもあるかもしれない。ある意味、器用貧乏で助かったかもな。」


「そのおかげで妾はアレンと出会えた。この奇跡に感謝だな。」


そう言って、うっとりとした視線でダリアが俺を見つめている。



「あ。あのぉ・・・」



「「ん?」」


同時に声がした方を振り向くと・・・


「「あっ!」」


俺とダリアの会話をエリザがキョトンとした表情で見ているよ。


おっと、ダリアとの話に夢中でエリザの事を忘れていた。


お互いに視線を戻して見つめ合ってしまったけど、エリザの前でイチャイチャしていたのを思い出してしまい顔が熱くなってくる。

ダリアも真っ赤な顔だ。


「アレンって妖精さんと仲良しなの?」


エリザが俺とダリアを交互に見つめている。

ダリア以外の女性(9歳の女の子だけど)にジッと見つめられるとさすがに恥ずかしい。母親は除外、それは当然だろう。


ダリアを見て何故かエリザがニヤッと笑った気がした。


「ふ~ん、アレンって妖精さんとねぇ~~~、でもね、仲が良くても妖精さんは妖精さんだよね。ふふふ・・・、私にも・・・」


何だ?エリザの最後の方の言葉がよく聞き取れなかった。

まぁ、9歳の子供だし、ダリアの事を妖精だと勘違いしてくれていれば助かる。

だけど、村の人に俺の魔法の事がエリザの口からバレてしまうと不味い!


「エリザ・・・」


俺の後ろにしがみついて何でか頬をスリスリしているエリザに声をかける。


「何、アレン?」


どういう事だ?


さっきまで泣いてガクガクと震えていたエリザだったが、とっても嬉しそうに俺を見ている。

俺は回帰しているから戦いの恐怖は既に克服しているけど、あれだけ危ない目に逢ったばかりなのに元気が良過ぎる気がしないでもない。こんな小さい子供なら下手すればトラウマレベルまで恐怖が染みついているはずなのにな。


「エリザ、お願いがあるんだ。俺がエリザ達を助けた事は絶対に話さないで欲しい。俺が魔法を使える事がみんなに分かってしまうと村にいられなくなってしまうし、エリザも大変な事になるかもしれない。」


「え!アレンがいなくなってしまうの?絶対ヤダ!」


すごっく不安な表情で俺を見つめているよ。

俺の事でここまでエリザが心配する?


「それに妖精の事も話さないで欲しい。」


「私が言っちゃったらアレンに迷惑がかかるの?」


「そうだ。そうなると妖精も村に遊びに来れなくなるからな。」


ジッとエリザが俺を見つめている。


「分かった。アレンの事と妖精さんの事は絶対に言わない。今日の事は何を言われても知らないって言うね。でもね、アレンも私と約束して欲しいの。」


何だ?エリザの顔が物凄く真っ赤になっている。


「いいぞ、何でも約束してあげる。それで何だ?」


まぁ、9歳の子供だしそんな変な事は言わないだろう。

言っても大した事はないだろうしな。



その時の俺は子供の言う事だからと、とっても軽く考えていた。



「私のお願いを叶えて欲しいの。」


「お願い?」


「うん、お願い・・・」


「どんなお願いなんだ?」


俺がエリザに聞くとさっきよりも更に顔が赤くなっている。

まるで今にも顔から火が出そうな感じだ。

その様子を見ているダリアの視線が怖い!

いや!痛い!

どうしてか物理的にチクチクするのだけど、何で?


「い、今は・・・、恥ずかしい・・・」


「分かったよ。じゃあ今度でいいからな。言えるようになったら教えてくれな。」


「うん・・・」


何だろうな。すごくおどおどした感じだし、俺には良く分からない。


(まぁ、別に急ぎの事でもなさそうだし、いつかは言ってくれるだろう。)



ビルとベンはまだ気を失っているけど、そろそろ森の外に移動しないとマズいよな。

幸い事情を知っているのはエリザだけだし、口止めを頼んだからそれに期待するしかない。


「エリザ、そろそろ森の入り口に戻るぞ。村の大人達が探しに向かっているからな。」


「うん!」


よし!

エリザも元気になったようだし戻るとするか。


ブゥン!


俺達の足元にかなり大きな魔方陣が浮かんだ。

魔方陣が輝くと目の前に景色が一瞬で変わった。


「え!嘘・・・、森の外にいる?」


エリザがキョロキョロと信じられない顔で周りを見渡している。


「ここにいればすぐに村の人が気付いてくれるから動いたらダメだからな。それとな、目が覚めたらここにいたって、何も分からないと言ってくれな。」


「うん、分かった。」


ニコッとエリザが微笑みながら返事をしてくれる。

元気になってくれて良かった。


「アレンとの約束、私ね必ず守るから、アレンも絶対に守ってね。」


「おぅ!分かったよ。」


「絶対にだよ!」


う~ん・・・、ここまで念押しされるとちょっと怖い。

9歳児には思えない程のすっごい強力な圧を感じるのだが気のせい?

これも聖女のスキルに目覚めたからなのか?


まぁ気にしてもキリがないから、俺はそろそろここから離れるとしよう。


「エリザ、また明日な。」


「うん!明日ね!」


そう言って俺は転移で自分の部屋に戻った。



エリザは俺との約束をちゃんと守ってくれた。

ブラックウルフに囲まれた事まで覚えていたけど、怖くて気を失ってしまい目が覚めたら森の外にいたと言ってくれた。

3人が森に入ったのは好奇心からで、ビルとベンはブラックウルフに囲まれた瞬間から失禁して気を失ってしまっていたから、村の大人たちはどうしてみんなが助かって森の外に出られたのか分からないまま、日が経つにつれてこの騒動はみんなの記憶から薄れていった。



結局、大騒ぎになったドタバタでエリザの約束の事などすっかりと忘れてしまった。

エリザからも約束の内容はどうなのか言ってこなかったのもあるけどね。

その数年後に、この約束でかつてない危機に陥ってしまうとは夢にも思わなかったよ。

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