第9話 うん・・・、ありがとう。
(死ぬかと思った・・・)
まさか、母さんの胸に埋もれて窒息死寸前なんて、人生最低の死に方だけは絶対に勘弁だぞ!
しかしだ、その原因を作ったのは俺だしなぁ・・・
(そこまで母さんを心配させた俺が悪かったよ。)
丸二日間気絶していたからなのか、喉もとても乾いていたし、お腹もペコペコだった。気絶していた間はずっと飲まず食わずだったのに、赤ん坊の体でよく生きていたものだったと少し感心してしまったけどな。
まぁ、そのせいなのか、しばらくは母さんの胸に吸い付いて離れなかったなぁ~~~
これは赤ん坊の本能だと思う。恥ずかしいから離れようとしても体がずっとお乳を求めているから全く離れる事はなかった。
そんな俺を母さんはとても優しい目で見ていた。
(俺が元気なら母さんはそれで満足なんだな。親の気持ちは実際に俺が親になった事が無いから分からないけど、今の俺なら少しは分かる気がする。俺は本当に親に愛されて育っていたのだってな。)
母さんが俺から離れ、家事に行ったのだろう。
今、部屋には俺とダリアしかいない。
そのダリアだけど、とってもニヤニヤした目で見ているのだけど、気のせいか?
いや!気のせいではない!
『アレンよ、やっぱりあのように乳房に吸い付くプレイがお望みか?』
「ぶふっ!」
赤ん坊の体だけど、さすがに今のは吹き出してしまった。
(おい!何を言っている!)
『だってだぞ、お主の乳房に対する執着がハンパないからな。妾の胸も大きさには自信があるし、妾の体がお主の母親と同じくらいの大きさになれば、妾の・・・』
(わぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
バン!
母さんが慌てて部屋に入って俺を抱いた。
思わず叫んでしまったけど、傍から見れば泣き出したようにしか見えないからな。
「アレン、どうしたの?私が出て行ったから寂しくなったのかな?」
母さんに抱かれ揺さぶられているうちに俺は気持ちよく眠ってしまった。
「ぐっ・・・」
首が苦しい!
セドリックが俺の首を片手で握りしめながら持ち上げている。
指が段々と喉に喰い込んでくる。
メキ!
首の骨が軋む。
ゴキ!
「あっ・・・」
その瞬間、俺の意識が真っ暗になる。
「おぎゃぁあああ!」
「よしよし、アレン、どうしたのかなぁ?眠っていたと思ったら急に泣き出すし・・・」
目が覚めると、心配そうな顔で俺を見つめている母さんの顔がすぐ目の前にあった。
(あの時の記憶だ・・・)
俺がセドリックに殺された瞬間の・・・
(この夢はこれで何度目だ・・・)
回帰し赤ん坊になってからも、時折セドリックに殺された時の光景が夢となって蘇る。
その都度、大泣きして母さんに心配させてしまっている。
(くそ!あの光景は完全に俺のトラウマになっている!やっぱり死ぬ瞬間というのは忘れられないのか?あいつと戦う時、俺は・・・、あいつの目の前に立っても普段通りにいられるのか?)
俺が落ち着いて大人しくなったので再びベッドに置かれた。少し名残惜しそうな表情で母さんが部屋から出て行った。
今の時間から考えれば夕食の準備なんだろうな。
忙しいのに俺に付き合わされているから申し訳ない気持ちになる。
こんな時こそ鍛錬をして頭の中を空っぽにしたいけど・・・
(ん?)
俺の手に柔らかく温かい感触を感じる。
ダリアが俺の手に抱きついていた。
(ダリア・・・)
しかし、ダリアが少し悲しそうに俺を見ている。
(どうした?)
『こんな時に妾は何も役に立たないとはな・・・、お主がセドリックに殺されたトラウマに苦しんでいのは分かっている。その恐怖の感情が妾の魔石にも流れ込んでいるからな。』
ポロッとダリアが涙を流した。
『妾はお主の母親にはなれん。ずっと見ていたが、やはり母親というのは偉大だ。お主がどんなに苦しんでいても母親に抱かれていると安心して眠ってしまう。妾はアレンに寄り添えるが、アレン・・・、お主は妾に寄り添えない。肉体的にも精神的にも・・・、妾はそれが悲しい・・・』
(・・・)
俺の手に抱き着いているダリアへ、俺は寝返りをしてもう片方の手でダリアを優しく包んだ。
赤ん坊の体だけど、生後半年も過ぎればそれくらいの事は出来る。
『アレン・・・』
(そんな淋しい事を言うな。ダリアは俺の為に色んな事をしてくれた。こうして人生すらやり直せてくれた。こんな経験は誰も出来ないよ。それにな、ずっと俺に付き添ってくれているんだぞ。両親よりもダリアと一緒にいる時間が長いんだ。まだ動く事も出来ないし、もどかしい事もあるけど、ダリアのおかげで淋しくない。ダリアには感謝しかないからな。)
『うん・・・、ありがとう。』
はにかみながらダリアがお礼を言ってくれる。
何だろう?いつもの尊大な態度のダリアとは違うな。
こんなダリアがとても愛おしく感じる。
(ダリア・・・)
『アレン・・・』
ダリアの顔が段々と俺の顔に近づいてくる。
とても小さな唇が俺の唇に触れる。
しばらくしてからゆっくりとダリアが離れる。
『今はこれだけの事しか出来ないが・・・』
赤い顔でダリアが俺を見つめていた。
とても心配してくれているダリアの気持ちが嬉しい。
いくら敵同士だったからといえ、俺はダリアを殺してしまったのに・・・
そんな俺に一切敵愾心も持たずに心配してくれている。
あの時の俺は確かに負けて殺された。
でも、次こそは絶対に負けない!たった一度の負けがどうした!
こんな心が弱い俺だと、折角回帰させてくれたダリアにとても申し訳ない。
ジッとダリアを見ると、ダリアが恥ずかしそうにしている。
『どうした?』
(いやな・・・、ありがとうダリア。おかげで元気が出たよ。ダリアが頑張っているのに俺だけウジウジしても恥ずかしいしな。」
『そうか・・・』
嬉しそうにダリアが微笑んでいる。
『妾のキスでこんなにも元気になってくれたのか。』
またチュッと軽くキスをてくれた。
不思議だな。
ダリアのキスが俺にとってはとても温かく感じる。
母さんも毎日俺にキス(滅茶苦茶恥ずかしい!)してくれるけど、ダリアのキスの方がとても落ち着いた。
それからだ、眠ってもあの悪夢を見る事が無くなった。
(ダリア、ありがとうな。)
ダリアが俺の体に寄りかかって寛いでいた。
急に上目遣いで俺を見てくる。
『妾はアレンと出会えた奇跡に感謝している。魔王が神に感謝するのはこれが最初で最後だけどな。』
(出会った時は有無も言わさない殺し合いだったけどな。)
『むぅ!この話は言わないでくれ!だけど、本気でお互いにぶつかったからわだかまりも無く、こうして一緒にいられると思う。』
(そうだな・・・、俺は淋しくて悲しい思いをしていた魔王の存在を知った。)
『妾は熱くて優しい勇者を、そして恋を知った。』
お互いに見つめ合うと自然に笑い声が出てくる。
(今更に気付いたけど、よく考えれば、俺とダリアって勇者と魔王の禁断の恋じゃない?)
『そうだ・・・、だからこそこうも熱く燃え上がるのだろうな。だが、妾は全く後悔はしていないぞ。』
(それは俺もだ。)
見つめ合っていたけど、ダリアが真面目な表情になった。
『さて、本日の訓練をするぞ。』
その言葉に俺は頷く。
ダリアが俺の左手の人差し指をギュッと抱いた。
『準備オッケーだ。』
その言葉を合図に俺の右手の掌から小さな光の玉が浮き上がった。
『よし!このままの状態で魔力を消費しろ。慣れるまでの制御は妾が行うから、少しでも早く制御のコツを掴むのだな。』
最初にいきなり魔法を暴走させてとんでもない事になったから、ダリアから説教を受けたよ。
『気を失った理由は簡単だ。元々のお主の魔力量は赤ん坊もあって微々たる量だったから、その魔力を一気に使い果たしてしまったのだよ。いわゆる魔力欠乏による意識喪失状態だ。普通はここまで魔力が無くなる事は無いが、あの新魔法の魔力消費量が桁違いだったのだろう。すぐに魔力がスッカラカンになって気絶したって訳だ。』
今はダリアの補助で魔力を制御してもらいながら魔力を少しずつ減らしている。
魔力も完全に枯渇させなければ気を失う事は無かった。
だけど、魔力欠乏状態になってくると、何とも言えない程に気分が悪くなってしまう。
頭は二日酔いみたいに中から思いっ切り叩かれるようにガンガンするし、吐き気も尋常ではなかった。
だけど、人間に転生したダリアの本体も、今の俺のような状態になりながらも魔力を鍛えていると聞いた。
(俺だけ泣き言を言うのはねぇ・・・、男が廃る!)
ダリアの指導の元、魔力をギリギリまで減らすまで使用し、回復するまで休んで、また魔力を使用する作業を毎日繰り返した。
魔力は元々持っている資質も大きいが、だからといって魔力が少ないから悲観することは無い。
少ないのなら増やせば良いだけの事だからな。
ただ闇雲に魔法を使えば増える事は無いんだよね。それこそ魔力の最大値を増やすにはギリギリまで魔力を減らす必要がある、
力を手に入れるには何事も楽にはいかないって事だ。相応の苦労をしないとな。
それでも魔力の容量が増えるのは本当~~~~~~~~~~~~~~~にごく僅かだ。
このような事を数千回、いや、数万回も繰り返す事になる。
気の遠くなるような回数だが、今は赤ん坊の体だし、これしかやる事がないからな。
ダリアの言葉を信じて頑張っているよ。
(そういえば・・・)
今更に気付いてしまったのだが、ダリアが実体化している時間がかなり長いと感じるのだが?
普通に触ることも出来るし体温も感じる。
これって、やっぱり実体化しているからだろうな?
(ダリア、もしかしてだけど、かなり長い時間の実体化が出来るようになっていないか?)
そんな事を言うと・・・
『やっと気が付いたか・・・』と言って、ニコ~~~~~~~と俺に微笑んだ。
『ずっとさり気なくアピールしていたのだけどな・・・、お主がここまで鈍感だったのにはちょっと悲しかったぞ。あまりにもギリギリに魔力を減らすと妾の実体化する時間も無くなってしまうから、実体化出来る分の魔力は残している。その見極めは意外と難しいのだ。』
(スマン・・・)
『まぁ、お主にとって魔法は全く知らない領域だから、なかなか気が付かないのも仕方ないな。あの暴走の1回だけでも一気にお主の魔力が増えたから、妾も実体化が出来る時間が増えたのだぞ。それと日々の努力もあって相当の魔力を有するようになったのだが、実際のお主の魔力量はあり得ん上昇率だ!本体の妾も必死で頑張っているが、このままだとそう遠くないうちに追い抜かされるかもしれん。元魔王が人間に抜かされるのは屈辱だが、リミット・ブレイクの力が原因だったと納得しないとやっておられんわ。』
(それと実体化している事だけど、父さんや母さんの前でも実体化している事もあったよな?そんな事をしても大丈夫なのか?)
『それは大丈夫だ。妾自身には常に隠蔽の魔法をかけてあるから、実体化しようが誰も気付かれる事はない。意識を共有しているお主以外には、妾の存在は認識出来ないから安心するのだな。』
(それなら良かった。)
『ふふふ・・・、お主と添い遂げる為にも妾は手を抜かん!』
そう言いながらダリアか俺の腕を枕にして寝転がった。
『お主が妾の温かさが分かるということは、妾もお主の温かさも分かるのだ。お主との添い寝は妾にとっては最高に幸せな時間なのだよ。』
今度は俺の腕にギュッと抱き着く。
『お主の魔力が回復するまでの間は、このままで・・・』
ダリアが気持ち良さそうに目を閉じている。
こうしてダリアと一緒にいるようになったけど、冷静に考えるとダリアの愛がとても重い気がする。
だけど、こんなに一途に想ってくれているのは素直に嬉しい。
そしてこんな可愛らしい姿からは、回帰前のあの苛烈な戦いをしたダリアと同じ人物だったとは想像も出来ないな。
「妾はこの生き方しか出来なかった。それだけだ・・・」
「妾も普通の人間の女のように生きてみたい。」
あの時のダリアの言葉が蘇る。
(ダリア・・・、俺がお前の望みを叶えてあげる。ずっと一緒にいような・・・)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます