第5話 プロローグ⑤

しかし、その感傷の時間はすぐに破られてしまった。



ドン!



「ぐあっ!」


俺の胸に激しい痛みと衝撃が走った。

ゆっくり視線を下げると、胸から大きな氷の槍が突き出している。

背中からアイスジャベリンの魔法を受けた?

魔法使いはダリアに殺されたはずなのに誰が魔法を?


薄れゆく意識を何とか覚醒させ振り返ると・・・


「グロリア王女様・・・」


掌を俺に向けたグロリア王女様が右手を突き出しニタリと笑っていた。


(何で?)


今のグロリア王女様の雰囲気は聖女と言われている厳かな雰囲気は全く無い!

妖艶な悪女の見本ような醜悪な笑みを湛えていた。


「まさか、魔王ダリアを倒してしまう存在だとは。これで父様の悲願が叶うわね。」


「グロリア王女様・・・」


ブワッ!


「がっ!」


今後は風の刃が俺を襲い、全身のあちこちが切り裂かれてしまった。


グロリア王女様は聖女で、回復中心の神聖魔法しか使いないはずでは?

何で普通に属性魔法が使えるのだ?


王女様の真っ白な法衣がみるみると黒く変化している。


「本当こいつは人間なの?これだけやっても死なないなんて、しぶといにも程があるわ。」


とても冷たい視線で吐き捨てるように俺を見つめる。

まるで俺の事をゴミでも見るような目付きだ。

セイグリット王国の王女でもあり、あの聖女の姿は演技だったのか?



ブン!



彼女の隣の空間が歪んだ。


「そ、そんな・・・」


それこそ信じられない光景だった。


(国王様がどうしてここに?)


この国の国王がいきなり現れる。

しかもだ!いきなり転移でもしたかのようにだ!



(まさか?)



俺の頭の中に先程のダリアの言葉が蘇る。


『覚えておくが良い。今のお主はもう手遅れだろうが』


まさか・・・


真の魔王とは?



ドン!



「ぐふ!」


今度は腹にとんでもない衝撃を感じた。

あまりの痛さに意識が途切れそうになってしまう。

さすがにこれは分かる。

俺の腹に大きな穴が開いて大量に血が流れているのが・・・



「間違い無いな・・・」



国王の感情の無い声が俺の耳に入った。


(やはり・・・)


「ふふふ・・・、まさか、最後の欠片がすぐそばにあるとは思わなかったぞ。」


グッと首に圧迫感を感じる。

国王が俺の首を掴み、片手で持ち上げている。

ギリギリと締め上げられているが、瀕死の俺ではどうにもならない。


「ふはははぁあああああああああああ!これで余は完成するのだ!神を凌駕し、再び余が神の世界で覇権を握るのだぁああああああああああああああ!」



ゴキン!



(あ”・・・)


首の骨が折られてしまった。


意識が・・・



もう一度やり直せるなら・・・




今度は・・・






『心配するな。妾が・・・』





薄れゆく意識の中でダリアの声が響き、俺は死んだ・・・









「やっとくたばったか・・・」


国王セドリックがアレンの動かなくなった体をジッと見ていた。


「これでこいつからのスキルを奪えば余が全能の神となる事が出来る。忌々しい魔王の体を脱ぎ捨て、かつての神の体を取り戻せるのだ。しかもだ!今度は誰にも太刀打ち出来ない、完璧な強さを身に付けてな!」


ニチャァ~と不敵な笑いを浮かべていた。


「さぁああああああ!余の権能にこのスキルを!」



バチッ!



「ぐっ!」


アレンの全身から放電が走り、セドリックが思わず手を離してしまう。

ドサリとアレンの骸が地面へと転がった。

その胸には掌に握られていたはずのブラックダイヤモンドの宝石が乗せられている。


「何が起きた?」


パキ!


そのブラックダイヤモンドが縦に2つに割れた。


「ダリア・・・、貴様の仕業か?死して尚、余に歯向かうというのか?」


憤怒の表情でセドリックが2つに割れた宝石を見ている。


『くくく・・・、アレンは妾のものよ。誰にも渡さん・・・』


どこからかダリアの声が聞こえる。


「たかが下位の管理者ごときが余に歯向かうのか!身の程しらずがぁあああああああああ!」


その声でセドリックが激高する。


『妾は死んだ事により貴様の管理から解き放たれたのだ。いくら統括者であろうが、今の妾を縛る事は出来ん。今まで散々と妾をこき使ってくれたお礼だ。』


アレンの胸にある2つに割れた宝石一つが輝き、光の粒子となってアレンの体へと吸い込まれていく。

そして、その輝きは全身を包み込んだ。


「何が起きている?」


輝きが収まり、そこには既にアレンの肉体は無かった。

もう1つの残りの欠片が宙に浮いているだけだった。


「貴様ぁああああああああああああああ!何をしたぁああああああああああああああ!」


「別に大した事はしてないぞ。数千年、妾を散々とこき使ってくれたからな、退職金代わりにアレンの存在をいただいただけだ。妾が有効活用してやろう。」


「ふ!ふざけるな!」

「そうよ!たかが父様の下僕の魔王ごときが逆らうつもりなの!」


ゼドリックもグロリアも激高し叫んでいる。


『セドリックよ、貴様は最大のミスを犯した。それは、妾にアレンを会わせた事だ。その選択が貴様の命取りだったと後悔させてやろう。あはははぁああああああああああああああああああああああああああ!』


高らかに笑うダリアの声が響き、残った片割れの宝石も光を放ちこの場から消え去った。



「くそ!」


セドリックが忌々しそうに呟き姿が消えた。

その後を追ってグロリアも姿が消える。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






(ここはどこだ?)


真っ暗な世界に取り残されてしまったのか?


いや・・・


俺は確か死んだはずだ。


もしかして?ここは死の世界なのか?


(いや、違う・・・)


真っ暗な世界ではない。単純に俺が目を開けられないだけだ。


目を開けると・・・


(なんて眩しい!)


光の奔流が俺の目に焼き付くようになだれ込んで来る。


体も自由に動かせない!

致命傷を受けた後遺症なのか?

それで体が動かせないような状態になってしまったのか?


声を出そうとしたが・・・



「おぎゃぁあああ!おぎゃぁあああ!」



(はい?)



何で俺が赤ん坊のような泣き声を出すのだ?


再び声を出そうとしたが、またもや赤ん坊のように泣いてしまった。


いきなり誰かに抱かれ持ち上げられた感覚を感じた。


(俺を軽々と持ち上げる?)


ぼんやりとしか見えていなかった風景がハッキリと見えるようになってくる。


(う!嘘だ!)


2人の男女が俺の顔を覗き込んでいる。

その人物が信じられない人物だった!


(父さんに母さん!)


しかもだ!とても若い!

俺の小さい時の記憶にある父さんと母さんの顔だった。


それに!俺よりもはるかに大きい!まるで巨人族みたいだ!


(訳が分らない・・・)


若い母さんが俺の顔を見てニコッと微笑んだ。


「あなた、アレンはどうやらお腹が空いたようね。だから、ちょっと別の部屋に行ってくれない。」


(はぁあああ?)


やっぱり、目の前にいる巨人族は俺の父さんと母さんに間違いない!

若い父さんは部屋を出て行った。

更に訳が分らなくなっている中、若い姿の母さんが徐ろに服を上げ、胸を出してくる。


(ちょっ!ちょっ!母さん!)


いくら何でも母さんが胸を丸出しにし、俺の顔に当てようとしてくる。

そのまま俺の口に当てられた。


体が自然に反応しゴクゴクと・・・


(俺って・・・、まさか?)


今の俺は母さんの胸に吸い付いてお乳を飲んでいると理解出来た。


そして、これは夢ではない!

現実に起きている事だ!



俺は赤ん坊の頃に戻ったのか?

記憶だけは当時のままに・・・

時間だけが巻き戻して・・・



(確か?)


死ぬ寸前に俺が願ったのは・・・




もう一度やり直せるなら・・・




そう願った。



その願いが叶ったのか?

そして聞こえた声は、確かダリアの声が・・・


もしかして、ダリアが俺に何かしたのか?

時を巻き戻して、もう一度やり直せるように・・・




(しかしだ!)


今の俺は赤ん坊の姿だろうが、中身は18歳の大人の男だ!

そんな俺が若い母さんの胸に吸い付いてお乳を飲んでいるなんて・・・


頭では恥ずかしくて死にそうなのに、体は別の意志を持っているのか胸に吸い付いてずっとお乳を飲んでいる。


こんなの拷問だよ・・・


大きくなったらどんな顔で母さんを見るんだよ。


(いっそ殺してくれ・・・)



そして半年ほど経った。

正確には分らないが、窓から見える景色で大体の季節が分るしな。


やはり俺は赤ん坊の頃に時間が戻ったのは間違いない。

この事は現実として受け止めている。


これからは同じ事をして生きていけば、また勇者となって魔王と戦う日々に戻る・・・


(魔王?)


そういえば、今の頃の魔王であるダリアはどうなっているのか?

まぁ、俺の事は知らないだろうし、ダンジョンで勇者を待ち構えているのかもな。

ダリアの事を知ってしまった俺はもうダリアとは戦えないだろう。


(そして・・・)


ダリアから教えてもらった真の魔王の事もあるし、俺だけが世界の真実を知っているのだろうな。


もうこの国、セイグリット王国には仕える事が出来ない。

俺の隠されたスキルがあの国王や王女にバレてしまえば、また殺されてしまうだろう。

勇者になる切っかけとなった学院の入学も諦めて、ひっそりと過ごした方がいいかもしれない。


(だけど・・・)


せめてダリアだけでも魔王の宿命から解き放ちたい。

あまりにも可哀想だよ。


戦いを放棄した俺だとあのダンジョンの最奥にいるダリアに会う事も無理だろうな。

そして、話をしようにも絶対に信じてくれないだろうし、それ以前に瞬殺だろうな。



(ダリア・・・)



俺はお前を救いたい。




『アレンよ、妾は既にお主に救われた。』



空耳が聞こえるな。ダリアの声が聞こえるなんて、俺も焼きが回ったか?



『おい!妾を無視するな!』



(はっ!)


これは空耳じゃない!

本当にダリアの声が聞こえる!


(どこにいる?)


ベビーベッドに寝ている俺の隣から声が聞こえた気がする。

まだ首がうまく座っていないので、ぎこちなく首を横に向けると・・・



(はぁあああああああああああああああああ!)



心の中で素っ頓狂な声を出してしまった!


確かにダリアはそこにいた!

女神と言っても差し支えがない程の美貌を湛えた笑顔のダリアが!


しかしだ!


今のダリアは!


身長が30cm程の小人サイズで、背中に黒い6枚の翼を生やした、まさに妖精のような姿のダリアが浮かんでいた!


『アレンよ、会いに来たぞ。そしてこれからはな、妾はお主とずっと一緒だ。』


とびきりの笑顔でダリアが俺へと抱き着いてきた。

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