第14話 理解者


 客のバルクとその友人のロハスと立ち去る姿を、俺は目視できなくなるまでしかと見送ってから店に戻った。それがルセト王の前世を持つ彼に対するせめてもの敬意だと思ったからだ。


「リヒテルもルセト王も、とても良い顔をしてましたよ」


「ああ。エスナ。古い友人と久々に語り合ったような気分だったからな。最初はお互いに嘔吐いたもんだが、友人ならそれくらいの距離感があったほうがちょうどいいい」


「そんなもんなんですね」


「もちろんそうさ。親しき仲にも礼儀ありっていうだろ?」


「なるほど……。確かに礼儀は大事です。あの岩山でのことは忘れてませんからね?」


「うっ……」


「ふふっ」


 っと、今度は前回とは打って変わり、絶好のタイミングで客が訪れてくれた。次の客は、猫の獣人の少女だった。


「君の名前は?」


「私の名はミアです。鑑定士さん、よろしくお願いします」


「ああ。語尾にニャはつけないのか?」


「ニャなんてつけないに決まってます。獣人とはいえ、こう見えて一応ほとんど人間と同じなんですから。でも、言ってほしいならつけますよ?」


「い、いや、いいんだ」


 やめておこう。シルビアの俺に向かってくる視線が怖いし。


「でも、無表情なところは猫っぽいね」


「あ、それよく言われますにゃ!」


 ……別にいいのに、ニャをつけたのか。俺がそういう趣味を持ってるって思われそうだが。まあいい。


「それじゃあ、鑑定するよ、ミア」


「よろしくですにゃ!」


 ミアのひくひく動く猫耳に俺は視線を奪われつつ、彼女の前世を鑑定する。


名前:ミア・キャトリウス

性別:女

年齢:18

種族:獣人

職業:魚屋


攻撃能力:C

防御能力:D

魔法能力:F

回復能力:E

技量能力:D


前世:人魚


「見えた。ミア。君の前世は人魚だ」


「えっ……カナヅチなのにですかにゃ⁉」


「ああ。間違いない。人魚だったよ」


「あ……そ、そいういえば、私、子供の頃からスイスイと魚みたいに泳ぐ夢を見ましたですにゃ。泳ぐのって凄く苦手だから。夢から覚めたとき、あんな風に泳げたらいいなあって思ってましたです……にゃ」


「なるほど……それで、泳げるようになりたいなら、人魚としての能力を引き出そうか?」


「いいのですかにゃ……?」


「ああ。魔王とかだとちょっと考えるが、人魚ならば問題ないだろう」


「嬉しいですにゃ!」


 最初の客の場合は前世がドラゴンだったが、それは本人の性格がよさそうだったから引き出したわけだしな。


「よし、早速前世の能力を引き出そう」


 俺はミアの手を握り、前世のエネルギーを引き出す。


「――ふわっ……⁉ な、なんか、体が熱くなってきて、良い感じですにゃ……。今なら魚みたいに泳げる気がします!」


「多分いけると思うよ。今鑑定してみたら、技量能力がDからBになってたしな。これは遊泳にも良い作用をもたらすはずだ。記憶についてはどうする?」


「うみゅー……思い出したくないような、そうでないような……」


「…………」


 まあミアの気持ちもわかる気がした。前世の記憶が蘇るというのは、良いことばかりじゃない。その頃の忘れたかった記憶というのもまざまざと思い出すことになるなら、いっそ能力だけに留めるというのもありかもしれない。


「どうするかはミアに任せる。悪い記憶も蘇るかもしれないが、だからといって今の記憶が消えてしまうわけじゃない。ゆっくり考えてくれ」


「はいですにゃ」


 ミアは目を瞑ってじっくりと思考している様子。


 彼女はしばらく考え込んだのち、整理がついたのか目を開けた。


「鑑定士さん、お願いしますにゃ。人魚さんの記憶、思い出してみたいです」


「ああ、それなら前世の記憶を蘇らせてやろう」


 俺は再びミアの手を握り、記憶を引き出していく。


「う……」


 お、彼女の目つきが少し変わった気がした。なんていうか、どことなく憂いのある、そんな眼差しだった。


「どうだ、ミア。気分は?」


「なんとなく、フラフラするですにゃ……」


「大丈夫か? 前世のことは気になるが、話は少し時間を置いてからでも。なあ、シルビア?」


「そうですね。ミアさん、ゆっくりでいいですよ」


「……いえ、喋りたいので喋りますにゃ。私は、人魚として人間を警戒しながら生きていました。親からも、絶対に人間には近づくなと言われていました」


 まあそりゃそうだろうな。試したことはないが、人魚の肉は食べれば500年以上寿命が長くなるといわれているからだ。


「私は親の言いつけを守っていましたが、ある日、うっかり遠出をして人間の住処に近づいてしまい、気が付けば嫌らしい笑みを浮かべた人間たちに囲まれてしまいました。どうやら、姿を目撃した人から跡をつけられてたみたいで……。でも、捕まりそうになったところで、守ってくれた人がいました」


「守ってくれた人?」


「はい。絶体絶命の状況で、身を粉にして私を守ってくれた方がいたんです」


「なるほど。それはどんな人……?」


「とても勇敢で、それでいて、どこか遠い目をしている方でした。心ここにあらずというか……」


「……ほかに特徴は?」


「えっと……若いのに若くない雰囲気を持った男の人で、耳が長かったです。エルフだと思います」


「そ、それって、まさか……」


 俺は驚きのあまり声が上擦った。その男が大賢者時代の親友、エルフのレイアスだと確信したからだ。


 あいつは最初に出会ったとき、死んだ魚みたいな目をした青年という印象だった。人間に対して、敵愾心を漲らせていた。


 もちろん、俺に対してもそうだったが、俺はこいつがどうしても他人には見えなかった。


 自分と同じ匂いがしたから、強い興味を持ったんだ。


 エルフは長い寿命を持ってるっていうのもあったが、それだけじゃなかった。こいつと一緒なら、見送ることになっても問題はないかもしれないって。


 ……今思えば、本当に浅はかな考えだった。


 そいつは亡くなる寸前に俺にこう言ったんだ。誰かの死を見送り続けることが君の運命かもしれないって。


 そいつは当時、印象的だったという出会いに人魚と俺のことを挙げていた。


 そうか……レイアスが守ろうとした人魚が、この子の前世だったのか……。


 結局、最後まで守りきれなかったと言っていた。信用していた友人に騙されたせいでと唇を噛みしめていた。それで人間不信に陥ったのだろう。


 そんなあいつが、最後に俺に対してあんなことを言ったのは、本当の意味で人を許した瞬間だったのかもしれない。


「それで、ミア。守ってくれた人の友人に裏切られて捕まってしまったのに、どうして人魚から獣人になろうなんて思ったんだ? 人と接することになるのに」


「……人間がどういう生き物なのか、もっと知りたくて。ただ憎むだけじゃ、理解なんてできないって思うから……」


 ミアの目から涙が零れ落ちる。


「そうか。それで、どんな生き物なのかわかったか?」


「はい……。なんとなくですけど、わかったような気がしますにゃ!」


 涙を拭った彼女の表情にすぐ明るさが戻った。


 それは、人間という生き物がとても強くて、それでいて驚くほど脆いということを、身をもって示しているかのようだった。

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一万年生きた孤独な大賢者、前世を引き出す鑑定士となって今世こそ平穏に生きる。 名無し @nanasi774

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