第11話 前世と今世
「う……」
俺は気が付くとベッドの上にいた。どうやら大賢者時代の夢を見ていたようだ。
それにしても、この上なく心苦しい内容だった。あの頃の夢はよく見るが、エスナの夢だけは見ることがなかったのに。
「リヒテル……」
「…………」
エスナの声がしたと思ったら、彼女も隣で同じように寝ていた。
そうか、今は彼女も一緒にいるからなのか。それまでは心の扉に厳重に鍵をかけてたようなものだったからな。
それを、エスナの前世を持つシルビアに開けられたことで、一気に解放されたんだろう。ああいう内容だったのは、心の奥底ではまた置き去りにされるんじゃないかっていう不安があったからなのかもしれない。
だが、今世における俺の体は、天性の資質があったという昔の体とは違う。なので死ねない体とまではいかないだろうし、エスナに至っては長寿のエルフだ。
いずれは二人で似たようなタイミングで寿命を迎えることができると思うと、それだけで嬉しかった。
「…………」
エスナの寝顔を見ていると、俺はあることを思いついた。
眠ったままの彼女の体を抱え上げると、瞬間移動の魔法を唱える。久しぶりだからできるかどうか不安だったが、上手くいった。そこは例の岩山だ。
「う……? リヒテル……?」
「起きたか、エスナ? ここがどこかわかるか?」
「……こ、ここは……。覚えていてくださったのですね、大賢者様……」
「ああ。今だから言えるが、俺は誰とも仲良くなるつもりはなかった。だからこの岩山でお前を何度も殺そうとしたのに、それができなかった。魔王よりも恐れられた俺が」
「そうなんですね。じゃあ、私が最強ってことで……」
「いや、そこは譲らない……!」
「え……きゃああぁっ!」
俺はエスナを抱えたまま、岩山から飛び降りた。
「――どうだ、エスナ、参ったか⁉」
「……ま、ま、参りません……!」
「強情な女だ。これでもか……⁉」
俺は地面に落ちる寸前のところで急降下したかと思うと、再び浮き上がって岩肌スレスレに飛んでみせる。
「ひぃっ……む、無駄ですうぅっ!」
「まったく、お前ってやつは。ハハハッ……!」
でも、エスナはそうでなくては。俺が唯一心を許した女なのだからな……。
そのあと、俺たちは鑑定屋へと戻った。もちろん、俺のハイテンションに怒ったエスナ――シルビアからこってり絞られたのは言うまでもない。
前世の思いは大事にしたいものの、それは今世も同じだと。エスナとしての思い出があるように、シルビアとしての思い出もあるのだと。なので、前世だけに縛られてほしくないのだとも。
そうそう、今の俺たちは、あくまでもアイズとシルビアなのだからな。あんまり調子に乗るとこうなるっていう良いお手本だ。
確かに、アイズとしてやるべきことはいくらでもある。今世での両親殺し、さらには養子による乗っ取りを企んだエオルカたちにぎゃふんと言わせないといけないからな。
そのためには、ただ殺すだけじゃダメだ。あまりにも退屈すぎる。じわじわと、真綿で首を絞めるように痛めつける必要がある。
そこに繋げるべく、前世の鑑定屋を成功させ、その名を世界中に轟かせていくんだ。
そうすれば、ランパード家の跡継ぎを巡って、今は余裕のエオルカたちも焦ってなんらかの行動に出るはず。そこから少しずつ攻めていき、やつらの反応を楽しんでやるんだ――
「アイズ様」
「あ……って、なんだよ、エスナ。二人きりなのに、俺のことをアイズだなんて……」
「お・客・様ですよ!」
「……あっ……!」
考え事をしてたせいで、既に客が店の中に来ていることに気づかなかった。俺としたことが……。
エスナ――シルビアのほうをちらっと見やると、彼女は口元を押さえて笑っていた。ったく。元大賢者に向かって、本当に生意気なメイドだ……って、俺は彼女が言うように本当に前世に縛られすぎかもな。
まあ1万年も生きたんだから無理はないし、これからだってことで、俺は前を向くのだった。
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